第9話 怪しい影?

 唯華が転入してきて、数日。


「それじゃ、またね」


「うん、また明日ー」


「ばいばいでーす」


 クラスの女子たちと手を振り合った後、唯華が教室を出ていく。


 俺とは下校も別々にしているので、普段なら俺はこの後どこかで時間を潰すなり唯華とは別のルートで帰るなりするわけだけど……。


「………………」


 明らかに唯華が教室を出たのを見た上で立ち上がった男子の存在が、引っかかった。


 今回だけなら、そういうこともあるだろうって流す。

 というか、これまでは流してきた。


 けど、彼……久世衛太くんは、唯華が転入してきて以来そんな行動を繰り返している。


 もちろん、偶然って可能性もあるだろうけど……念のため、確かめておくか。



   ◆   ◆   ◆



 学校を出た後も、久世くんは一定の距離を保ったまま唯華と同じルートを歩いていく。


 家が同じ方向なら、不思議ではない……が。


 とりあえず、まずは話しかけてみて……。


「九条のお坊ちゃんが、オレなんかに何の御用で?」


「おっと」


 と思っていたら、角を曲がったところで待ち構えられていた。


 明るい金色に染められた髪の下、鋭い目付きで睨まれれば人によっては威圧感を感じるのかもしれない。


「オレなんか付け回しても、なんも楽しくねぇだろ? 探偵ごっこは他所でやんなよ」


 しかし、いきなりこういう態度ってことは……『当たり』を引いちゃったか?


「そう言う君は、烏丸さんを付け回すのが楽しくて探偵ごっこをやってるのか?」


「チッ」


 まぁ付け回してるところまでは確定でいいだろうってことで皮肉混じりに尋ねると、舌打ちが返ってきた。


「オレが何しようと、アンタにゃ関係ないだろ?」


「関係ないかどうかは、俺が決めるさ」


 こっちも、少し強めな態度で応じることにする。


「へぇ?」


 そんな俺を見て、久世くんはどこか面白そうに鼻を鳴らした。


「言っとくけどオレ、割と家のジジョーとか無視してやっちゃうタイプよ? 後でお父さんお母さんに泣きついてもいいけどさ」


「んなダサい真似するかよ」


 つーか、こんなので家を頼ったりしたらそれこそ勘当モンだわ。


「………………」


「………………」


 正面きって睨み合う。


 俺も小さい頃から護身術の類は習っており、腕にはそれなりに自信がある。

 とはいえ向こうから手を出してこない限り、俺の方から暴力沙汰にするつもりもないが……さて。


「……ぷっ、ははっ!」


 なんて思っていると、突然久世くんが吹き出した。


「いやぁ、申し訳ない! ちょっと悪ふざけが過ぎましたわ!」


 そうして破顔する彼は、今までの敵対的な態度が幻だったかのように友好的な雰囲気だ。


「お嬢の『お相手』がヘタレ野郎かどうか、ちょっとお試しで……」


「ちょちょちょいっ……!」


 軽い調子で重要情報を漏らそうとする彼の口を、慌てて塞ぐ。


「君は、知ってる・・・・のか?」


 短く確認すると、久世くんはコクンと頷いた。


 それで、大体の疑問は氷解する。


「そうか……そういや久世っていえば、烏丸家ゆかりの家だもんな……」


 遅まきながら、その関係性も思い出した。

 俺としたことが、こんな情報を見落としていたとは……。


「おや、オレの名前を知ってくださっておいでで?」


「クラスメイトの名前くらい流石に知ってるっての」


「関わらない、関わらせない、が信条で有名な一匹狼さんとは思えない台詞ッスねー。てっきり、他人に全く興味がないのかと」


「そんな信条を掲げた覚えもなければ、別に他人に興味がないわけでもないよ……」


 つーか、俺の話はどうでもいい。


「確認だけど、君はつまり唯華のボディガード的な役割ってことでいいのかな?」


「ご推察の通りで」


 確認すると、久世くんはあっさりと頷く。


「前の学校じゃボディガード役は姉ちゃんが負ってたんスけど、お嬢が転入してくるクラスにたまたまオレが在籍しているってことで今回白羽の矢が立ったんスよねー」


「ごめん、てっきりその……」


「お嬢のストーカー的なアレかと?」


「まぁ……」


 うーん、これは恥ずかしい空回りをしちゃったようだ……。


「にしても、坊っちゃん」


「坊っちゃんはやめてくれ……あと、その微妙な敬語も」


「オッケー。心得たぜ、秀いっちゃん」


「秀いっちゃん……?」


 急に態度を軟化させ、親指を立てる久世くん。


 その謎の呼称は何なんだ……?


「にしても秀いっちゃん、よくオレがお嬢をつけてるって気付いたな? 極力人の視線が外れたタイミングで動いてたつもりだし、人目も避けてたし、よっぽどお嬢を……あぁ」


 言葉の途中で、久世くんはなぜか一人で納得したような表情となった。


「つまり秀いっちゃんは、常にお嬢のことを目で追ってるわけだ」


 そして、ニマリと笑う。


「別に、常にってわけじゃ……君の動きに気付いたのも、たまたまだよ」


 まぁ、実際にはついつい目で追ってしまっているわけなんだけど……。

 それを認めるのは妙に恥ずかしくて、そんな言い訳を口にする。


「それじゃ久世くん、悪かっ……」


「おいおい。水臭いじゃねぇかブラザー」


 改めて謝罪しようとすると、なぜか親しげに肩を抱かれた。


「オレぁ、個人的にアンタが気に入ったんだ。オレと睨み合って一歩も引かねぇとは、大したもんだよ」


「社交界は、もっと恐ろしい奴らの魔窟だからな……」


「ははっ、なるほど納得だ」


 軽く笑いながら、頷いて。


「というわけでオレのことも、気安く衛太と呼んでくれ」


「別にいいけど……」


 唯華のボディガードってことなら、余計な勘ぐりもしなくていいだろう……けども。


「オッケー! 今この瞬間から、オレたちは相棒ってやつだぜ!」


 この人、距離感の詰め方がえげつないな……!?



   ◆   ◆   ◆



「ということがあったんだよ」


 その夜、一連の出来事を唯華に話すと。


「ふっ、あははははははははっ!」


 何やらツボに入ったらしく、バカウケだった。

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