第80話 ふーん、エッチじゃん

「んぅ……」


 目覚めは、いつもより少しだけまどろみが強い。


 ゆっくりと目を開けていく……と、目の前に秀くんの顔があった。


 あぁ、まだ夢の中かぁ……なら、ちょっとくらい眺めてても良いよねぇ……。


 見慣れた、だけどいつまでも見飽きることなんてない顔。


 消えてしまわないよう、そっと頬に触れる。

 少しだけ汗ばんだ、しっとしりした触感。


 ちょっと手を滑らせて、唇へ。

 流石に化粧水塗る時も触るのは遠慮してたんだけど、夢だからぷにぷにって触っちゃう。


 うわぁ、凄くリアルだなぁ。

 ふふっ、本物の秀くんの唇もこんな感じなのかな?


 せっかくだし、キスの予行練習とか………………ちょっと待って流石にこれリアル過ぎない?


 それに、さっきから黙ってされるがままの秀くんだけどずっとこっちを見てて……。


「……おはよう、唯華」


 瞬間、私は悟った。


 あっ、さてはこれ夢じゃねぇな?



   ♠   ♠   ♠



「………………ごめん、完全に寝惚けてた」


「……知ってる」


 めちゃくちゃ気まずそうな唯華に対して、俺もだいぶ気まずい思いで返す。


 流石にこの状態じゃ寝れんだろうと思った昨晩だったけど、疲労の方が勝ったようでいつの間にか眠っていた。

 それでも俺の方が先に目覚め、ホールドが解除されていないことを確認してとりあえず唯華をぼーっと眺めてからの現在に至る。


「ここ、秀くんの部屋……だよね……?」


「一応……」


 何が『一応』なのかは、俺にもよくわからない。


「私、寝惚けて部屋まで間違えちゃった……?」


「たぶん……」


「……ごめんね?」


「や、別に良いんだけど……」


 良いんだけど、そろそろどいては欲しいかなー……という気持ちが通じたのかは定かじゃないけど、唯華はそっと布団を出てベッドを降りる。


「それじゃ私一旦自分の部屋に戻るからちょっとしたら朝ごはんにしよっ」


「……了解」


 早口で言い残して、唯華はそそくさと部屋を出ていったのだった。



   ◆   ◆   ◆



「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 部屋に戻ってきたかと思えば、お姉は枕に顔をうずめて足をバタバタさせ始めた。


「おはよ、お姉。何してんの?」


「脳内反省会……!」


「てかさ。夜中にふらーっと出てったかと思えば、結局今の今まで戻ってきてなかったみたいだけど……どこで何してたわけ?」


「うぅ……!」


 私の問いに、お姉は耳まで真っ赤になった顔をほんの少しだけ上げる。


「秀くんと……」


「お義兄さんと?」


「ねっ……寝てた……!」


「へぇ、朝チュンじゃん。お赤飯炊く?」


「そういう意味じゃないんだけどぉ……! ないんだけどぉ……!」


 お姉は、また枕に顔を埋めてバタバタし始めた。


 一体、どういうことなんだろう……とは、思わない。


 なぜならば・・・・・犯人は私だからである・・・・・・・・・・


 夜中にトイレに起きたお姉を部屋の外で待ち構えて、寝惚けたお姉に「そっちはお義兄さんの部屋だよ。私たちの部屋はこっち」って囁いてお義兄さんの部屋に誘導したのだ。


 ついでに言えば、言葉巧みにお姉を操り下着を外させた上でこっそり仕込んだカッターで鼻緒を切ったのも私だし、温泉行く直前にお姉のタオルをこっそり抜いといて途中で戻らせ、男女の暖簾を入れ替えたのも私である。


 勿論お姉が男湯から出てくる前にもっかい暖簾戻したのも私だし、昨日お姉たちが行ってた無人島に雇ったカップルを配置してお姉たちが来たらイチャついてもらうよう依頼したのも私。


 ラッキースケベイベント?

 そんなの、偶然発生するわけないでしょー?


 さて、ならばなぜわざわざ私がそんなことをしたのかというと……帰国後のお姉の話を聞いている間、ずっと思っていたことがあったから。


 お姉は、何度も「秀くんは私のこと『親友』としか思ってない」って言い続けてるけど……話を聞く限り、これ両思いじゃね? ってね。


 そして、実際に会ってみて確信した。

 というか、これ見てわからない人とかいる? ってレベルだった。


 ただし。

 確かに、お義兄さんは自分の気持ちについて無自覚に見える。


 そ・れ・と・もー?


 ちゃーんと気付いてるくせに、自分でそこに蓋をしちゃってるのかなー?

 だとすれば……実に暗躍しがいのある、私好みのシチュエーションだよねっ。


 そう……何を隠そうこの私、烏丸華音は。


「でもさー、一緒に寝てホントに何もなかったのー?」


「秀くんの上に乗って抱きしめて寝てた……寝惚けて秀くんの唇ぷにぷにした……」


「ふーん、エッチじゃん」


「エッチだった……」


 じれったい推しカプを、やらしい雰囲気にしたくてたまらないオタクである。

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