第18話 『なんでも』は、なんでも
「あはっ……流石にちょっと声が出しにくいね」
「ははっ、俺も」
高橋さん提案のカラオケから帰宅してのリビング、お互いに枯れ気味の声で微苦笑を交わし合う。
かなり盛り上がって、何度もシャウトしたりしてたからな……。
「にしても秀くん、カラオケ初めてだったんだね?」
「あぁ。カラオケに限らず、あぁいう友人同士で行くような施設は大体未経験だよ。一緒に行く奴がいなかったからな」
「あはは……」
別に自虐のつもりもないけど、事実をそのまま伝えると唯華は小さく苦笑した。
「で……初めてのカラオケは、どうだった?」
「ん……正直」
俺とて、カラオケがどういうものなのかくらいは知っていた。
だからといって、別段行きたいとも行きたくないとも思っていなかったけれど。
「思ってたより、ずっと楽しかったよ……また行きたいな」
「ふふっ、なら良かった」
素直に感想を伝えると、唯華は満足げに笑った。
こないだの勉強会の時と同様、俺が友人たちとの時間を楽しんだことを嬉しく思ってくれているんだろう。
「また、皆で行こうね」
「あぁ」
「あっ、でも今度は二人だけで行くのも良いかも。そしたら、思う存分懐かしのアニソンとか入れられるしっ」
「ははっ、確かにな」
流石に高橋さんと衛太の前で昔の自分を晒すのは憚れて、比較大人しめの選曲になっていた俺たちなのだった。
もちろん、それでも十二分に楽しかったんだけど……唯華と二人のカラオケっていうのも、想像するだに楽しそうだ。
「秀くん」
と、どこか改まった調子で唯華が呼びかけてくる。
「カラオケだけじゃなくて、これからいっぱい……秀くんにとっての『初めて』、一緒に経験していこうね」
「……おぅ」
一瞬だけ
「さて、それはそうと」
幸い訝しまれた様子はなく、唯華はぽむと手を打つ。
「改めて……学年一位おめでとう、秀くん」
「あぁ、うん、ありがとう」
次の言葉はなんとなく察せられて、口元が既に苦笑を形作り始めているのを自覚した。
「ズルいなぁ、今までずっと首席だなんて情報を秘匿してただなんて」
果たして、ジト目の唯華が口にしたのは概ね予想通りの内容だった。
「別に隠してたわけじゃなくて、聞かれなかったから言わなかっただけだよ」
とりあえず、お決まりの言い訳を口にしてみる。
「大体、その情報がわかってたら唯華は今回の勝負やめてたのか?」
「あはっ、まっさかー。勝負は、相手が強大な程に燃えるからねっ!」
ニッと好戦的な笑みを浮かべる唯華。
これも、予想通りの反応だ。
「まっ、いずれにせよ今回は私の完敗ですっ!」
「言うほど点差もついてなかったけどな……」
つーか、唯華の変なとこでイージーミスする癖が発揮されてなかったら負けてたのは俺の方だ。
唯華、割と雑というか適当なところがあるんだよな……。
「でっ……
俺の方に上体を傾けながら、唯華は首を捻る。
省かれてるけど、『なんでも権』の話なのは間違いないだろう。
「そうだな……肩でも揉んでもらおうか?」
「えーっ、そんなのつまんないよ!」
適当に思いついたことを口にすると、唯華は不満げに唇を尖らせた。
「肩なんていつでも揉んであげるから、もっとこう……私が普段ならやらないような、ギリギリのラインを攻めていかなきゃ!」
「なんでも権なのに、エンターテイメント性を求められるのか……」
まぁ確かに、十年ぶりの『なんでも権』だ。
あまり適当に消費してしまうのも、味気ないってもんだろう。
「そんじゃま、しばらく考えておくよ」
「ふふっ、楽しみにしてるねっ」
無邪気に微笑んでから、唯華はなぜか俺の耳に口元を寄せる。
「ねっ、秀くん」
耳に感じられる唯華の息が、なんだか少しくすぐったい。
「なんでも権は……
「っ……」
なぜか妙に艶っぽく聞こえるその声に思わず唯華の顔を振り返ると、そこに浮かべられている笑みがやけに色っぽく見えてドキリとしてしまった。
「ところでさ」
けれど、唯華は一瞬でいつもの笑顔に戻って。
さっきのは、何かの見間違いか幻覚の類だったのか……? なんて、狐に摘まれたような気分になってくる。
「秀くん、明日って何か予定ある?」
「え? あぁ、いや……特には」
先程乱れた鼓動が未だ収まっていない中、若干ボーッとしながらの返答となってしまった。
えっと、明日は土曜……何も予定はなかった、よな? と、頭の中でもう一度スケジュールを確認し。
「それじゃ、お出掛けしない? 二人で、さ」
「あぁ、いいな。行こうか」
特に行き先も聞かないまま、快諾するのだった。
唯華と一緒なら、どこだって楽しいに決まってるんだから。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
翌朝。
今日は、秀くんと二人でお出掛け……ふふっ、楽しみ過ぎて昨日の晩はなかなか寝付けなかったくらい。
行き先の候補だってもう考えてるし、なんだか遠足の前みたいにワクワクしちゃったよね。
「おはよう、唯華」
「おはよー、秀……くん?」
朝食の準備をしながら迎えてくれた秀くんの顔を見て、妙な違和感を覚えた。
あれっ……? なんだか今日の秀くん……いつもより……格好いい?
「ん? どうかしたか?」
「あっ、うぅん! 別に!」
慌てて首を横に振りながらも、考える。
えっ、なんだろう、どこが違うのかな。
髪はいつも通りキッチリとセットされてるし、別にメイクとかしているわけでもなし……なのに、妙にキラキラ輝いて見えるような……?
「……唯華?」
引き続き顔をぼんやり眺めてしまったせいで、流石に不審感を持たれっちゃったみたい。
「もしかして、体調悪いか?」
「えっ? いやいや、全然そんなことないよ! 元気元気!」
心配げな秀くんに、手足を振って元気アピール。
実際に体調は問題ないし、余計な心配はかけたくなかった。
「顔、ちょっと赤いぞ?」
「ふふっ、それは秀くんの魅力にやられてるから……」
「今そういうのいいから」
冗談めかして流そうとしたら、真面目な調子で遮られちゃった。
「声もちょっと枯れ気味だし」
「昨日目一杯歌ったからでしょ?」
もう、秀くんったら昔っから心配性なんだから……。
「いいから熱、測ってみ?」
「えー……?」
「ほれ」
渋る私に対して、秀くんは半ば無理矢理に体温計を手渡してくる。
こういう強引さは、もっと別のところで発揮してほしいんだけどなぁ……まぁいいや、実際に熱がないことがわかれば納得してくれるでしょ。
そう思って、体温計をセット。
──ピピッ
数秒で、測定完了の音が鳴った。
「ほらこの通り、全然………………あれぇ?」
秀くんに見せると同時に私もその数値を確認して、疑問の声を上げることになっちゃった。
「37.5°C……?」
「やっぱ、そこそこあるじゃねぇか」
「うぐ……」
数値で示されてしまった以上、反論出来なかった。
今日の秀くんへの違和感も、熱のせいだったかぁ……。
「や、でも全然元気だしお出掛けには支障ないよ? 微熱微熱っ」
実際、自覚症状的にはちょっとボーッとするかな? って程度だし。
「なに言ってんだ、今日はゆっくり休んでろ。上がったテンションで熱に気付かないまま遊んで見事に悪化させてたの、流石にこの歳になって繰り返すなっての」
「むぅ……」
「ほぅ……そこまで渋るなら奥の手を使おうか」
それでも私が承諾しないでいると、秀くんは私にズビシと指を突きつけた。
「なんでも権を行使する。今日は一日、大人しく寝てることっ」
「うっ……!」
こういう使われ方しちゃったかぁ……!
予想外だけど、『なんでも権』は『なんでも』だもんねぇ……。
「……はぁい」
結局私は、不承不承ながら頷くしなかった。
……なんて、表面上は渋々感を演じてるけど。
あぁ……嬉しいなぁ、って。
心の中に、暖かい気持ちが広がっていくのを感じる。
私自身でさえ気付いてなかった私の不調に気付いてくれたってことは、私のことを普段からよく見てくれてる証拠。
真面目に諭してくれるのは、それだけ私のことを真剣に心配してくれているから。
好きな人からのそんな真っ直ぐな想いが、嬉しくないわけがない。
ふふっ……それにね。
もちろん、お出掛けできないのは残念。
でも、不謹慎かもだけど……今はむしろ、秀くんが看病してくれるのがちょっと楽しみだったりっ。
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