第96話 好きだから

 結局あの『事件』の後も、プールで一日遊び倒し。


「はーっ、目一杯遊んだーっ」


「流石にクタクタだな……」


 帰ってきた俺たちは、心地良い疲労感と共にソファに身を投げ出していた。


「あっ、そうだっ」


 ふと、唯華が何かを思いついた様子。


「秀くん、マッサージしてあげるねー。運動後は、疲労物質が停滞しないようにマッサージでリンパや血液の流れを促進させるのが良いんだよっ」


「や、いいよそんな。唯華だって疲れてるだろ?」


「だから私がやった後は、秀くんも私にやって?」


「それならまぁ……」


 と、一瞬納得してしまったけど。


 あれ……?

 これ、ホントに大丈夫なやつか……?


「私のやり方、見といてねー。まずは、足からっ」


 唯華はスッと跪くと、俺の右足を持ち上げた。


 そして、足の裏を指で揉んでいく。

 足の裏の次は、ふくらはぎ……と、この辺りまでは良いんだけども。


「次、太ももねー」


 これ……俺も唯華に、やるんだよな……?


 い、いやしかし、これは医療行為の一種……邪な考えを抱くんじゃない……!


「次、上半身ー」


 俺が密かに煩悩と戦っている間にも、唯華は手際よくマッサージを施してくれて。


「はいっ、完了っと!」


 程なく、一通り終えてポンと手を打つ。


「それじゃ次、私もお願いねー」


 そして、唯華は特に思うところもなさそうな顔でソファに身を預けた。


 受けたからには、返さなければいけない。

 ただそれだけのことであり、何もやましいことなどない……などと、俺は自分自身への謎の言い訳を脳内で繰り返しながら。


「……それじゃ、足の裏からな」


「はいはーい、よろしくー」


 ぷらんと投げ出された唯華の足に、そっと触れる。


 ……なんかこの時点で、何やらいけないことをしている気分になってしまうけれど。

 心頭滅却し、唯華の足の裏に指を当て少し力を込める……と。


「あははっ!? ちょっ、それじゃくすぐったいだけだからーっ。もっと力入れてっ」


「……了解」


 下手に力を込めると、壊れてしまうんじゃないかって……勿論、そんなはずはないってわかってはいるのだけれど。

 少し、躊躇してしまった。


 とはいえ、ちゃんと力を込めないとマッサージにならないもんな……。


「んっ、良い感じ……!」


 ちょっとずつ力を強めていくと、唯華にもご満足いただけたようだ。


 続けて、ふくらはぎ。

 俺のより幾分柔らかいそこの筋肉を揉みほぐしていく。


 そして……太もも。

 流石に触れるのは躊躇して、そっと視線を上げると。


「? どうかした?」


 何も問題ありません、って顔の唯華と目が合った。


「……や、なんでも」


 そう……実際、問題なんて何もない。

 これは、あくまでマッサージなんだから。


 変なことを考えるから、変な感じになってしまうんだ。

 決していやらしい触れ方にはならないよう、俺はしっかり力を込めてしなやかな筋肉を揉みほぐしていく。


「んっ……気持ち良いっ……」


 たとえ唯華の声が妙に艶めかしく聞こえるような気がしたとしても、いやらしいことなど一ミリもないのである……たぶん。


「じゃあ次、上半身な」


 一通り太ももを揉みほぐした後、俺はちょっとホッとした気分で唯華の背後に回る。


 勿論唯華に触れるのはどこにだって緊張するけれど、デリケートゾーンに近いところよりは幾分マシだろう……なんて思いながら唯華の肩、続けて二の腕を揉んでいると。


「そういえば二の腕ってさー」


 唯華が、何気ない調子で切り出してくる。


「おっぱいと同じくらいの柔らかさ、って言うじゃない?」


「ごふっ!?」


 こんな時に何の話だ……!?


 いや、こんな時だからこその話題ではあるんだろうけども……!


「どう? 同じ・・、かなっ?」


 例の件について、自ら触れてくスタイルですか……!?



   ♥   ♥   ♥



 はい、昼はやらかしました、


 とても反省していますし、再発防止に努めます。


 が……! それはそれとして、使えるものは使っていく……!

 感触がまだ記憶に残っているだろう今のうちに反芻してもらい、ドキドキさせちゃいましょう!


 ……ドキドキ、ちょっとくらいはしてくれるよね?


「それとも……こっちも、もっかい触んないと思い出せないかなーっ?」


「い、いや、そんなことは……!」


 私が自分の胸をちょっと持ち上げると、秀くんは露骨に動揺した様子を見せる。


「えっと……結構違う、というか……二の腕の方が鍛えられてる感じがするというか……幾分硬い感触かと存じますが……」


 だけど真面目に答えてくれるところが、ホントに真摯だよねー。


 そういうとこ……大好きっ!


「ふーん? やっぱり……『こっち』の感触も、ちゃーんと覚えてるんだっ?」


「すみません……流石に、そう簡単には記憶から消えてくれず……」


 私は、あくまでイタズラ中ですって顔を継続する……けども。


「別に、謝ることなんで何もないでしょ? 私のやらかしなんだしさ。ホントごめんねー、粗末なモノを押し付けちゃってー」


「いえ……その……何と申しますか……粗末などということはなく……大変……ご立派、ではあらせられたと……存じはしますけども……」


 それはそれとして……昼のやらかしが鮮明に甦って私もめちゃくちゃ恥ずかしい、この自爆スタイル……!


 か、顔から火が出そう……!



   ♠   ♠   ♠



「ふふっ、そうだった。秀くんの、好きなサイズだもんねーっ?」


「……まぁ……はい」


 唯華は、いつも通りイタズラっぽい笑みを浮かべながら俺をからかってくる。


 本当に、いつも通り……子供の頃と、変わりなく。

 仮にも男を相手にしてんだってもうちょい意識してくれって、何度言っても無駄なのかもしれないな……。


 きっと、唯華にとって俺は『異性』の枠じゃないんだろうから。

 性別を超えた『親友』として見なしてくれているというのは、本当に心から嬉しい。


 それは、本心からのこと……なのに。


 一緒に過ごすうちに、どんどん欲が出てきてしまう。


 もっと、唯華を見ていたい。

 もっと、唯華に触れていたい。


 もっと、俺のことを見てほしい。

 もっと……違う感情も、向けてほしい。


 俺は、ずっと誤魔化してきた。

 自分の気持ちを、これは違うからとか、相手のは違うから、とか。


 今の関係が壊れるのを恐れて。

 勿論、今だってそれは凄く怖い。


 ずっとこのままでいいじゃないか、って日和ってる自分もいるのは確かだった。

 だって、今が凄く……この上なく、楽しい日々なんだから。


 でも……願わくば。


 唯華にも、俺と同じ気持ちを抱いて貰えれば最高だ。


 だから……これからは、少しずつでも行動してみようと思う。

 プールで俺が華音ちゃんに宣言したあの言葉は、彼女に諦めてもらうための方便……なんて、わけはなくて。


 俺は、唯華のことが好きだから。

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