第95話 トラブル発生

 ウォータースライダー、思ってたよりずっと楽しかったなぁ。


 でも、それも唯華とだからこそ……って、いつまで抱きしめてるんだ俺は!


 すぐに手を放し……た、ところで気付く。


 少し離れると、つい視線が引き寄せられてしまった背中に……あるべき『ヒモ』が、見当たらなくないか?

 それどころか……。


「唯華、こっち向いて!」


「ふぇっ!?」


 俺は咄嗟に目を瞑って唯華を半回転させ、さっきみたいにキツく抱き締めた。


 ──ふにょん


 これでどうにか、周囲から見えちゃうことはないはずふにょん?


 俺の胸の少し下辺りに当たる柔らかい感触に……俺は、己のやらかしを悟った。



   ♥   ♥   ♥



「っ、ごめっ……!」


「待って待って、今離れないで!」


 咄嗟にって感じで離れようとする秀くんを、慌てて抱き締め返す。


 今離れられたら、ホントに見えちゃう・・・・・からぁ……!


 ……『生』で押し付けてる現状と、どっちがマシなのかは若干議論の余地がある気もするけど……!


 ねぇ、大丈夫!?

 これ、傍から見たら痴女の所業じゃない!?


 耳まで真っ赤に染まっちゃってるのが自分でわかるし、流石の私もこの状況を楽しむとかそんな余裕はない……!

 ……ちょっとしか。


 いや、言ってる場合か!


「その……ありがと……今は、これがベストな体勢だと思うから……」


「や、咄嗟にやっちゃったけど、普通に唯華が腕で隠せば良い話なのでは……!?」


「結局……付ける時に、両手が必要なので……」


「あっ、そう……なの?」


 まぁ片手でやるのも不可能ではないけど、両手を使うより時間はかかる。


 幸いにして、現在周囲に人はいない。

 衛太と一葉ちゃんも、もう上がってるみたいだし。


 けど……逆に言えば、人の目のない今のうちに最速で復旧する必要があった。


 ……いや本当に、今回ばかりは現実的に考えてこれがベストな選択だから。

 私がこうしてたいとかそういうことは……ほんのちょっとだけしか、ないから!


「あの……スライダーの中で外れちゃったみたいで……」


「大丈夫わかってるから! 状況確認! 周囲にターゲットの姿は!?」


 言われて、周囲の水面を確認してみれば……。


「あっ! あった! すぐそこに浮いてる!」


「では、迅速に捕獲されたし……!」


「了解……!」


 手を伸ばして、水面に浮いてる水着を手に取って。


「……ターゲット、捕獲完了っ!」


「了解、迅速に処理されたし……!」


「それなんだけど……あの……流石に、この状態じゃ付けられないので……なんというかこう、程よく離れてもらえると……」


「……んんっ!?」



   ♠   ♠   ♠



 程よく……程よく!?


 それって、どれくらい……いや待て、時間が経つ程に唯華のリスクは上がっていく。

 ここは、とりあえず……。


「じゃあちょっとずつ離れていくから、程よいところでストップって言ってくれ……!」


「りょ,了解……」


 返事を受けて、俺は目を瞑ったまま慎重に慎重に距離を開けていく。


「スト……あっ、ごめんまだ全然無理……ス……ス……ス……ストォップ!」


 という唯華の声で、ピタリと身体を静止させた。

 柔らかい感触はほとんどなくなり、残ったのは……いや余計なことを考えるな!


 こういう時に頼りになるのが、般若心経!


 仏説摩訶般若……般若……いや何だっけ!?


 じゃ、じゃあ素数! 素数を数えよう!

 1! 2! 3! 4! 5! 6!


「……終わったよ、ありがとう」


 あっ、これただの整数だな? と気付いた辺りで、胸元からそんな声。


 恐る恐る目を開けると、とても申し訳なさそうな表情の唯華と視線が交錯する。


「あの……ホント、ごめんね……?」


「や、辛かったの唯華の方だし……そんな、謝ってもらうことなんて何も……」


 なんて、ぽしょぽしょ小声を交わし合っていたところに。


「どばっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「やんっ♡」


 ウォータースライダーから高橋さんと華音ちゃんがスポンと飛び出してきて、俺たちは二人してちょっとビクッとなった。


「ぶはぁ……! なるほどこういう感じですかぁ……! 拷問器具の中ではマシな方、という前評判に違わぬスリリングさでしたぁ……!」


 ずっと気になってるんだけど、これの前評判普通にディスりにきてない……?


「はぁっ、三途の川の向こうでお祖母様が手招きしてたぁっ……あっ、お祖母様死んでないっ。じゃあじゃあ、お祖母様……私を、助けてくれたのっ?」


 そう言う割には華音ちゃん、だいぶ余裕のある感じで飛び出してきてたような……。


「あっ、お姉たちもまだここにいたんだっ? ……って、あれっ?」


 俺たちの方を見て、華音ちゃんは首を捻った。


「なーんか二人共ぉ、やけに赤くないですかぁ? これはぁ、まさかまさかのー?」


 と、ニンマリ笑う。


「スライダーの中でぇ? エッチなこと、しちゃったとかっ?」


『してませんっ!』


 俺と唯華の叫びが重なった。


「絶対してないからね!? ……スライダーの中では」


 あの……唯華さん?

 小声で付け加えちゃうと、スライダーの外では何かエッチなことをしていたように聞こえてしまうかもしれませんよ……?


 いやまぁ俺としても、「エッチなことなど何もなかった」と胸を張って言えるかといえばアレがソレなんだども……。


「ナカではシてないもん……ナカでは……」


 あの唯華さん!? それだと、現実に起こったことよりもっとヤバいことをシていたように聞こえちゃう気がするのですが……!?



   ◆   ◆   ◆



「ふーん、何もなかったんだー?」


 なんて、白々しく言いつつも。


 勿論犯人はこの私、じれったい推しカプをやらしい雰囲気にしたくてたまらないオタクこと烏丸華音……だと思った?

 残念、今回はなんと違いまーすっ。


 二人の感じから、スライダーの中でお姉の水着が外れちゃった、とかだと思うけど……。

 そんなラッキースケベイベント、誰の意思も介在せず自然に発生することあるんだねー?


 にひっ。思わぬところで今日も事後の二人を見れて、私も大満足でーすっ♡



   ♥   ♥   ♥



 あぁもう最近の私、やからかしすぎじゃない……!?


 別に、気を抜いてるつもりはないんだけどなぁ……いや、よく考えたらそうでもない気もするな?


 さっきだって、スライダーの中じゃ水着のことなんて完全に意識になかったし。いつ外れたのかさえわからな……んんっ?

 てことは、場合によっては私……結構長い間、その……『丸出し』で秀くんに抱きしめられてた可能性もある、ってことだよね!?


 おごぁ!?

 そんなの、もうほぼ『本番』じゃん! ホント、何やってんの私ぃ!


 い、いや待て、こういう時こそポジティブシンキング。

 今回一段階恥ずかしさの実績を解除したことで、『本番』での恥ずかしさが多少は軽減される可能性が……ない、と言えなくもない。


 そう考えると、少しはポジティブな気分になれ……なれ……なれ!


 ……まったく、これっていうのもさぁ。


 秀くんと遊ぶと楽しくて楽しくて、それだけで頭がいっぱいになる。

 秀くんが隣にいると、秀くんだけで胸がいっぱいになる。


 だから、どんどんやらかしが増えちゃってるのかも。


 だって……毎日毎時毎分毎秒、もっと好きになっちゃってるんだから。


 こんな私にしてくれちゃった責任……秀くんは、取ってくれるのかなっ?

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