第94話 もっとギュッと

 華音ちゃんとの一件の後は、皆で普通に目一杯遊んだ。


 競泳プールで(俺と唯華が)全力で競走し、飛び込み台では(俺と唯華のみ)一番高いとこに挑戦して、プール内でのビーチバレーでは(主に俺と唯華が)白熱した勝負を繰り広げ(なお今回は胸まで水に浸かっていたため、胸揺れ問題は大丈夫だった)、疲れてきたら(これは全員で)それぞれ浮き輪に乗って流れるプールで流されるままに流された。


 そして、現在は。


「いぇーい! って、思ったより遅くなーい? ……うぉっ!?」


「ふふっ、このくらい速度で動じるこの九条一葉ではありませんよ……んんっ!? いえちょっとこれは流石に……!?」


 と、なんか不穏な声を残しつつ……一つの浮き輪に乗ってウォータースライダーの中に消えていった、衛太と一葉を見送ったところだった。


「えっ、と……次、ホントに俺と烏丸さんの組み合わせでいいの……?」


 順番を次に控えた俺は、全員に問いかける。


「私は、全然問題ないよー」


 ぶっちゃけ一番問いかけたかった唯華が、真っ先に頷いてしまった。


 いやあの、唯華さん……?

 一つの浮き輪に二人で乗るということはですね、水着にも拘わらずとんでもない密着度になるということでですね……。


 俺も、ちゃんと後ろから抱きしめられる自信がないと申しますか……。

 あっ、そっか唯華に後ろに行ってもらえばいやその方が問題だな色んな意味で……!


「もー、秀一センパイったらっ。ジャンケンで決まった結果なんですから、今更ウダウダ言っちゃメッですよっ?」


「それはまぁそうなんですけど、唯華さんさえよろしければ私と唯華さんの組み合わせに変更でも構いませんよ?」


 俺に指を突きつけてくる華音ちゃんと、たぶん華音ちゃんに気を使ってくれてるんだろう高橋さん。

 高橋さんの申し出は、ぶっちゃけ俺にとってもありがたいものではあった。


 勿論俺にも、唯華と一緒に楽しみたいって気持ちはある。


 ある、けども……!

 お触り問題のことを考えると、華音ちゃんとの方がある意味気楽ではあるよな……。


「陽菜センパイっ、お気遣いセンキューでっす! でもでもっ、今日の私は陽菜センパイと一緒に乗りたいなっ! お近づき記念っ、的な的なっ?」


「おぉっ、的な的ななら仕方ありませんねっ!」


 素直に後輩から慕われて、高橋さんも気分は悪くなさそう……というか、めちゃめちゃ嬉しそうだった。

 これはもう、決定の流れだな……。


「さぁ九条くん、さっさとレッツラゴーしちゃってくださいっ! 私だって、臨死体験出来るというこのウォータースライダーを早く体感したいんですからっ!」


 俺の背中を押す高橋さんだけど……今更ながら、そもそもこのウォータースライダーは乗って大丈夫なやつなのか?

 俺たち以外に並んでる人もいないし……。


「それではこちらで浮き輪に乗って、ここ両手で支えておいてくださいねー」


「あ、はい……」


 話し合いが一段落したと見たか、係員さんの案内が始まってしまった。

 半ばなし崩し的に、唯華と一つの浮き輪に乗り込むことに。


「私が支えとくから、九条くんは後ろからギュッてしといてね? ちゃんとくっついてないと、すぐ水中分解しちゃうらしいから」


「……このくらい?」


 慎重に、唯華の腹部へと腕を回す。


「それじゃ全然、水中分解っ! もっともっとギュッと!」


「……これくらい?」


「まだまだ!」


「……流石にこれで」


「もう一声!」


「………………」


「うん、たぶん良い感じっ!」


 ……いやこれ、めちゃくちゃガッツリ抱きしめちゃってるんだけど大丈夫!?

 ウォータースライダーとか以前に、その、絵面とか……!



   ♥   ♥   ♥



 おっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


 秀くんの力強さが! ダイレクトに!

 厚い胸板が! 密着! している!


 でも仕方ないよねー。


 水中分解しないためだし?

 あー、仕方ないなー……にゅふっ。


 人によってはちょっと乱暴に感じるくらいかもな強さだけど、私はむしろこれくらいが好きっ!

 なんか、「俺のモノ!」って全身で主張してくれてるみたいだもーんっ!


 いくら凄いウォータースライダーって言っても、この状態じゃ秀くんの方に気を取られてちゃんと楽しめないかもねーっ?


「それじゃいくよ? せー、のっ」


 掛け声と共に手を離すと、瞬く間に身体が加速していく。


 とはいえ……。


「触れ込みの割には、こんなもん? って感じではあるよねー」


「いや待て、一葉と衛太もこの辺りまでは余裕そうだっ……たぁ!?」


 開始から数秒、グンと急激に加速度が増した。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 叫ぶ秀くんと、歓声を上げる私。


「あははははははははははははーっ! まだ速くなるんだっ! 水の勢いもめちゃめちゃ激しいし、なんも見えないし、こんなの私たち氾濫した川を流される小枝じゃーんっ!」


「例えの割には楽しそうだな……!」


「めーっちゃ楽しーっ!」


「昔から、ホラーは苦手なのに絶叫系は得意だったもんな……」


「物理の恐怖はエンタメだもーん!」


「ホラーもエンタメなんだが……」


「それより秀くん、浮き輪の角度を調整したら多少は姿勢を制御できたりしないっ?」


「よしきた……! ……んんっ!? いやダメだ! 気付いてなかったけど、いつの間にか浮き輪隊員とはぐれてる……!」


「あはっ、じゃあ残る隊員だけでどうにかしないとだっ」


「そういうこと……! でも、二人の動きを合わせれば多少はいけると思う!」


「よし、次右、あっ、もう左、また左……!」


「いちいち口に出してたら間に合わないから、お互いの判断で合わせよう!」


「承知!」


「……おっ?」


「……おぉっ?」


「なんかこれ……」


「いけそう……だよねっ?」


「よっしゃ、もう一息!」


「よいしょー!」


『お……おおぉっ!』


「俺たちは今、水に流されてるんじゃない……!」


「水を……『支配』したねっ!」


 濁流の中を自在に駆ける爽快感ったら……!

 これ、ハマっちゃいそー!


 私たちは、最高のテンションで……!


「はははははははははははははっ!」


「あははははははははははははっ!」


 ゴール!

 スライダーを飛び出して、ドボン! と勢いよくプールに飛び込んだ。


 ひゅーっ、解放かーん!


 心なしか、胸の辺りもいつもよりスッキリしてるような気が………………んんっ?

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