第54話 イタズラな君
今日の『お出掛け』先は、少し遠くのショッピングモール。
「ねぇ、これとかどうかなっ?」
「ん、似合うよ」
登山ウェアを身体に当ててこっちに見せてくる唯華に、俺は微笑んで返す。
実際、似合うと思う……けど。
「ただ、流石にゴツすぎないか……? 山登りっていっても、なだらかなハイキングコースだろ?」
「ダメダメ、登山を甘く見ちゃ! いざという時を想定して、キッチリ対策した上で臨まないとっ!」
「まぁ、その心がけは大切だと思うけどさ……」
本日、俺たちは衛太・高橋さんと一緒に行く旅行に向けての買い出しに来ているのだった。
「あと、帽子もいるよねっ。これとこれ、どっちがいいと思うっ?」
旅行が楽しみだからか、今日の唯華はいつも以上にテンションが高い。
「唯華の髪には、こっちの色が合うんじゃないかな」
「あはっ、じゃあこれにしよっと。あっ、せっかくだし秀くんはこっちの色違いのにしない? リンクコーデっ」
「確かに、これくらいならたまたまデザインが被ったって言えるしな」
「そんじゃ、けってーい!」
「そういや俺、リュックって持ってないわ」
「あっ、私もスーツケースしか持ってないやっ」
「んじゃ、次はあっち見に行こうぜっ」
「はーいっ」
そして、それは俺自身にも言えることだ。
何しろ、家族以外との旅行なんて小中の修学旅行以来。
その修学旅行では、極力他の班員の邪魔にならないよう空気に徹してたしな……。
『友達』との旅行……想像さえしてなかったそれを、どうやら思った以上に楽しみにしているらしい俺なのだった。
♥ ♥ ♥
「ふふっ」
「うん……? どうした?」
ふと笑った私に、秀くんが疑問の目を向けてくる。
「なんでもないよーっと」
「なんでもある時のやつじゃん」
「じゃ、乙女のヒミツってことで」
「ははっ、なら仕方ないな」
私が笑った理由……それは、なんだかとっても嬉しくなったから。
だって今日の秀くんは見るからにはしゃいじゃって、可愛くて。
何より……その理由が、私以外との『友達』との旅行が楽しみだからっていうのがありありと伝わってくるんだもの。
そんなの、嬉しいに決まってるよね……んんっ?
「っ……!」
♠ ♠ ♠
「ん……?」
今の今まで笑ってた唯華が突然ギクリと表情を強張らせ、かと思えばサッと陳列棚の下のスペースに身を隠した。
急にどうしたんだ……? と、思っていると。
「あっ、九条くん!」
答えが、声をかけてきた。
「さては九条くんも、旅行の準備ですねー?」
「うん、そうなんだ。高橋さんも?」
「もっちろんです!」
どうやら唯華は、先に高橋さんを発見して咄嗟に隠れたらしい。
ナイス判断だ。
尤も……一緒に旅行に行くことはわかってるんだし、たまたま会ったって線でも良かった気もするけど。
現にこうして、高橋さんとたまたま遭遇して……。
「ふ、はははっ!?」
突然太ももにくすぐったさを感じて、思わず笑い声を上げてしまった。
そっと下に目線を向けると、イタズラっぽい笑みを浮かべて手で空気をくすぐるような仕草をしている唯華と目が合う。
「急にどうしたんです?」
そして、当然ながら高橋さんに訝しまれた。
「あれですか? やっぱり九条くんともなれば、突然高笑いを上げたくなる瞬間があるものなんですか?」
「んんっ、実はそうなんだよねぇ……!」
やっぱりって何……? とは思ったものの、ワンチャン誤魔化せる可能性に賭けることにする。
「そうなんですねー」
幸いにして、本当に誤魔化せたらしい。
今回は、高橋さんの俺たちに対する謎のイメージに助けられたな……。
「流石は九条くん、高笑いしそうな人ランキング堂々の第一位ですね!」
「俺そんなランキング入ってたの!? しかも一位で!?」
「というか私も実際に高笑いする人を見るのは初めてですので、本日大幅に順位を上げ見事一位にランクインしました」
「じゃあそれは、高橋さんの脳内にだけあるランキングなんじゃないの……?」
「えっ? あはは、いやですねー九条くん。こんなお馬鹿なランキング、私以外の人が興味を持つわけないじゃないですかー」
「うん、まぁ、うん……」
「あぁ、今日からは『高笑いした人ランキング』と呼ばねばなりませんね。九条くん、現在単独トップどころか唯一のランカーですよっ」
「うん、まぁ、うん……ふっ」
「あっ、今また出かけてました!? 出かけて引っ込んだ感じでしたよね!? くしゃみ的なアレなんですかっ?」
「ま、まぁそんな感じかな……」
「はえー、上流階級の方々の身体は神秘的ですねー」
すまない、学校の皆……俺は今、現在進行系で皆に対する誤解を発信してしまっているかもしれない……。
けど俺は今もくすぐりに必死に耐えているのであり、真の戦犯は烏丸唯華であることだけはお伝えしておきたい……。
「それでは九条くんの高笑いをお邪魔するのも申し訳ないですし、私はこれで失礼しますねっ」
それは存分に邪魔してくれていいけどね……という言葉を、どうにか飲み込んだ。
「また、旅行でお会いしましょーっ」
「うん、楽しみにしてるよ」
「もっちろん、私もですっ」
手を振り合って、去っていく高橋さんと別れる。
どうやら俺を見つけたから声を掛けてくれただけで、このコーナーに用があるわけじゃなかったらしい。
「……ふぅ」
しばらく高橋さんの背中を見送った後、深い溜息が漏れた。
「ふふっ、バレずに済んだね」
なんて笑いながら、唯華が出てくる。
「バレたいのかバレたくないのか、どっちなんだよ……」
というか、普通の人が相手だったら普通にバレてたと思うけど……。
「ん……咄嗟に隠れちゃったけど、よく考えたら高橋さんになら私たちのことバレてもいいかなって思って」
「……それはまぁ確かにな」
軽いノリに見えて……まぁ軽いノリではあるんだけど、高橋さんが人の秘密を吹聴するような人じゃないことはもう十分わかっている。
それに、高橋さんなら「そういうこともあるんですねー」ってな感じであっさり納得してくれそうな気もするし。
「まっ、今回はバレなかったらまた今度ね」
「ただ、この辺回ってたらまた出くわすんじゃないか……?」
何しろ目的が完全に一緒なんだし、必然的に買うものも似通ってくるだろう。
「その時はその時だけど……高橋さんの買い物の邪魔になっても悪いし、こっちのお会計は一回済ませてもう一つの旅行の準備を先に済ませちゃわない?」
皆で行くのとは別に計画している、俺たち二人だけでの旅行。
その行き先は、海で。
「水着、見に行こうよっ」
ということらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます