第110話 カップル限定イベント

「んーっ、揚げアイス美味しーっ」


「考えてみればこれ、文化祭以外では食べない謎の食べ物だよな……」


 一葉たちのクラスのカジノで遊んだ後も、俺と唯華は宣伝の札を下げながら普通に文化祭を楽しんでいた。


「おっ」


 行く先にあった看板を見て、ちょっとしたイタズラを思いつく。


「お化け屋敷だ。入ってみるか?」


「……秀くんの、イジワルっ」


 ニッと笑って言うと、ちょっと拗ねた表情の唯華に睨まれて……可愛い。


 なるほど、好きな子に意地悪したくなる心理というのはこういうことなのかもしれない。

 なんて、十八にもなって小学生男子の心理を理解した俺だった……と、そこで。


「唯華」


「っ」


 小さく呼びかけながら、唯華の肩を抱き寄せる。

 前から歩いてきていた男性と軽く接触しそうなコースだったので、咄嗟の判断だった。


「っと、ごめん」


 不意に触ってしまったことを謝罪しながら、肩から手を離す。


「んふっ、謝ることなんて何もないでしょ? ありがとねっ」


 俺の意図を全部理解してくれてるらしい唯華は、ニコリと微笑みを浮かべた。


 だけど俺が手を離しても、唯華は離れることはなく。


「人が多いしー? ぶつっかっちゃわないよう、くっついて歩かないとねーっ?」


 なんて言いながら、俺の腕を掻き抱く。


「……かもな」


 新婚旅行の時に散々やった体勢だから、もう慣れた……なんてことは、少しもなくて。

 唯華の体温が間近に感じられるだけで、ドキドキしてしまう。


 だけどそれを表に出さないよう、どうにか平静な顔を意識して形作っていたところ。


「すみません、写真撮らせてもらっていいですかー?」


「そのコス、鬼似合ってますねーっ」


 他校生らしき女性二人組が、スマホ片手に話しかけてくる。


「構いませんよ」


「ポーズの指定とかありますかー?」


 実のところこの手の依頼は本日五件目で、俺も唯華もすっかり慣れたものである。


「そのままでお願いしまーすっ」


「失礼して……っと」


 パシャリ。

 スマホのシャッター音が鳴った。


『ありがとうございましたっ!』


「いえ、お安い御用です」


「ウチのクラスでコスプレ喫茶やってるんで、よろしければお越しくださいねっ」


「はい、絶対行きます!」


「わー、楽しみだなーっ」


 俺と唯華の宣伝に、女性二人は色良い反応を返してくれる。

 一応、広告塔の役割もそれなりに果たせているのではないだろうか。


「すっごいお似合いのカップルだったよねーっ」


「かーっ、眼福でしたわーっ」


 去り際、二人のそんな声が耳に入ってきた。


「……私たち、さ」


 すぐ傍で、唯華が見上げてくる。


「カップルに、見えるんだね」


「……まぁ、この構図ならな」


 俺たちの関係が露見するリスクを考えれば、速やかに離れるべきなんだろうけれど。


「でも、その方が目立って宣伝効果あるっぽいよねー?」


「……かもな」


 そんな言い訳を口にして。

 俺たちは、腕を組んだまま歩き始めた。


「そこのお二人さん、ただいまカップル限定イベントやってるんですけどいかがですかぁ? チェキを撮ってもらうだけの、簡単なお仕事でーすっ」


 通りかかった教室の中から、そんな呼び込みをされる。


「メッセと一緒に飾るんで、宣伝にもなると思いますよっ」


 俺たちが首から下げた札を見て、そう付け足された。


「宣伝になるなら……ねぇ?」


「……だな」


 やっぱり都合の良い言い訳を使って、俺たちは頷き合う。


「それでは二名様、ご案内でーすっ」


 だが、この判断は早計だった。


 俺たちは、もっと詳細まで確認すべきだったんだ。


「こちら、カップル限定ジュースでーす!」


『ん゛んっ……!?』


 席について出された飲み物を見て、俺たちは思わず唸った。

 なにしろ、コップは一つで……絡み合ったストローが二つ付いているという、『そういうやつ』だったんだから。


「お二人で飲んでいる場面をチェキさせていただきまーすっ。あっ、キスシーンの撮影をご希望されるカップル様もいらっしゃいますがいかがなさいますかー?」


『ジュ、ジュースで……!』


 選択肢は、実質一つだった。


「それではどうぞっ」


 と、カメラを構える店員さん。


 あまり待たせるのも悪いから……なんて、また都合の良い言い訳を用意して。


 俺は、唯華と一つ頷き合ってストローに口を近づけていく。


 なーに、この程度なんてことはない。

 俺はこれまでに、もっと大きな試練を乗り越えてきたいや近い近い近い可愛い美しい!


「撮影しまーすっ」


 パシャリ。

 シャッター音が鳴って、俺は内心安堵する。


 これで、口を離しても……。


「お持ち帰り用にもう一枚撮影致しますので、そのままでお願いしますねーっ」


 ん゛んっ……!

 そういうのもあるんですねぇ……!



   ♥   ♥   ♥



「んふっ、これもアルバムに飾っちゃおうねー?」


「……だな」


 試練の時を乗り越え、私はどうにかイタズラっぽい笑みを形作りながら貰った写真をヒラヒラ振る。


 だって、さっきの距離なんて……キスの一歩手前くらいだったもん……!


 キス……キスかぁ……いつか出来る時……来るのかなぁ?


 秀くんとキス……おひゃぁっ!? 想像するだけで、心臓が弾け飛んじゃいそう……!


「唯華」


「うん?」


 密かに妄想してたとこに小声で呼びかけられて、慌てて取り繕った表情で秀くんを見上げる。

 すると秀くんは、私の顔に手を伸ばしてきて……んおっ!? あ、顎クイ!?


 えっ、これはまさかのホントにキスタイム!?


 秀くんも、さっきのでキスゲージがマックスなの!?


「ここ、ジュース跳ねてるよ」


 ……ですよねー、知ってた。


 顎を拭ってくれた秀くんに、思わず半笑いが漏れそうになったのをどうにか抑え。


「んふっ」


 もう一度、イタズラ顔を形作る。


「キス、されちゃうのかと思ったー」


「そ、そんなことするわけないだろっ」


 途端に慌てる秀くんが可愛くて、ニヤニヤ眺めながら。


 ……ですよねー。

 キスなんて……するわけ、ないよね。


 秀くんにとって、私はそういう・・・・対象じゃないんだから。


 私は……今すぐにだって、したいと思ってるのにな。



   ♠   ♠   ♠



 そう……間違っても、キスなんてするわけはない。

 唯華が、そう望んでくれない限りは。


 ……だけど、


 もしも、望んでくれるのなら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る