第12話 あなただけ
「さて……始めるか」
「おーっ」
キュッとビニール手袋を装着しながら言う俺に、唯華が手を挙げて賛同を示す。
明日は、高橋さんを招いての勉強会。
ここを『一人暮らし』に見せるため、色々と片付けねばならない。
しっかし、なんで唯華はこんな状況を望んだんだろうな……?
聞いてみても「秀くんの驚く顔が見たくて」ってイタズラっぽく笑うだけだったけど……俺には、何か裏の意図があるように思えてならなかった。
とはいえ唯華に言う気がなさそうな以上、今はあんまり考えても仕方ないだろう。
ひとまず、準備を進めるだけだ。
「んじゃ、唯華は自分の私物を自分の部屋へ。俺は、
「いいけど……」
粘着式クリーナーを掲げて見せると、唯華は軽く首を捻った。
「普段から秀くんがこまめに掃除してくれてるし、別に全然綺麗じゃない?」
「いや」
唯華の疑問に対して、俺はゆっくり首を横に振る。
「例えば……」
そして、ソファに目を凝らし……そこに付いていた髪の毛を一本、手にとった。
「ほら、これ」
やや茶味ががった長いそれは、一目で唯華のものとわかる。
「こういう痕跡も、徹底的に消しとかないとな」
「高橋さん、そんな細かいところまで気にするかな……?」
「万一ってことがあるからさ」
「まぁ、それで秀くんの気が済むなら良いと思うけど」
軽く苦笑する唯華。
それから、俺たちはそれぞれの作業を開始した。
唯華はリビングの私物を集めて回り、俺はひたすらにコロコロを転がす。
「………………」
ひたすらにコロコロを転がす。
「………………」
ひたすらにコロコロを転がす。
「………………」
ひたすらにコロコロを転がす。
「………………」
……うん。
こだわってるのは、他ならぬ俺自身ではあるものの。
いかんせん……地味!
流石に、ちょっと退屈になってきたな……なんて、思い始めたところだった。
「ボクらの友情はー♪ 永久不滅ー♪」
唯華が口ずさむ歌が聞こえてくる。
昔、二人でよく見てたアニメの主題歌だ。
「絶体絶命なんて、へっちゃらさ♪」
『ボクとキミが揃ったなら、絶対無敵ー♪』
俺も、唯華に合わせて口ずさむ。
十年ぶりくらいだけど、口が覚えてるみたいでスルッとスムーズに出てきた。
チラッと唯華に目を向けると、微笑む彼女と目が合う。
俺も、小さく笑った。
『どんな敵でもかかってこーい♪』
あぁ……思い出した。
昔、ゆーくんと遊んで泥んこになった罰としてよく庭の草むしりとかさせられたんだけど。
いっつも、ゆーくんも手伝ってくれて。
退屈な草むしりだって、こうやって一緒に歌いながらやったらあっという間に感じたなぁ……。
『ボクらは』
「いつで、もー?」
……ん?
急に唯華の歌が止まったな。
おかげで調子が狂って、最後が疑問形っぽくなってしまった。
「……ねぇ、秀くん」
「うん?」
やけに低い声で呼びかけられた気がして、何気なく振り返る。
すると唯華は、ちょうど自分の部屋から戻ってきたところだったらしく。
「これ」
なぜか能面のような無表情で、何か……髪の毛? を、俺の方へと掲げて見せていた。
「誰の髪なのかな?」
「はいっ!?」
全く予想もしてなかった展開に、思わず声が裏返る。
誰のって……いや、誰のだよ!?
唯華の髪より明らかに長い、恐らくは女性のものだろう……けど……。
「おかしいよねー? 越してきてから、まだ私たちと引越し業者さんしか足を踏み入れてないはずなのに。まさか秀くん、私がいない間を狙って……」
「ちょ、ちょっと待って! マジのガチで心当たりがないんだが!?」
引っ越しの業者さんは男の人だったし、唯華の言う通りマジで混入経路どこよ!?
「え、えーと、可能性としては……えー、なんだろな……」
「……ぷっ、ははっ」
焦って頭をフル回転させていると、突如唯華が破顔した。
さっきまでの無表情っぷりが、まるで幻だったみたいだ。
「なんちゃってね、冗談だよ」
「お、おぅ……」
どこからどこまでが……?
「たぶんこれ、高橋さんの髪だと思う。こないだタックルされた時に、制服についちゃってたみたい。さっき発見して、ちょっとしたイタズラを思いついたってわけ」
「心臓に悪い冗談はやめてくれよ……」
この調子だと、ウチを勉強会の会場に導いたのもホントにただのイタズラだったのかもな……。
「ごめんごめん、あんなに焦るなんて思わなくてさ。事実無根なんだし、もっとドッシリ構えてたらいいのに」
「そうは言ってもだなぁ……」
ぶっちゃけ、さっきの唯華結構怖かったし……。
「それに、安心してよ」
クスリと笑いながら、唯華は肩をすくめた。
「私は、重さとは無縁の女。浮気の一度や二度くらいは寛容に……」
「ねぇよ」
これも冗談なんだろうと、笑いながら切って捨てる。
「俺には唯華だけだ。そこは、今後一生変わらないって誓える」
流石に口にするのは、少し恥ずかしかったけど。
でも、これは本心からの言葉でもあった。
唯華を裏切るような真似なんて、絶対にしない。
一方の唯華は、驚いたように目をパチクリと瞬かせて……。
「ふふっ……良き心がけ、褒めてつかわすっ」
そう言いながら、ビシッと俺を指差す。
「ん、それじゃ、私物を置いてくるね」
それから、やけにそそくさと自分の部屋へと戻っていった。
……あれ?
さっき置きにいったばっかだし、今何も持ってなくなかったか……?
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
部屋のドアを閉めた瞬間に胸を押さえ、私はそのままドアを背にして座り込んだ。
「ふ、不意打ちはズルいってぇ……!」
俺には唯華だけ、なんて真っ直ぐこっちを見ながら言われたら……!
す、凄く顔がニヤけちゃうでしょ……!
「う、ふふふふっ」
あ、駄目だ顔が戻らない。
もちろん最初から秀くんの浮気なんて疑ってないけど、実際に言葉にしてもらえると格別に嬉しくなっちゃうよね。
秀くんが万一他の女の人と……なんて考えると、想像するだけで胸が張り裂けそうになるけど……そんな未来は絶対に訪れないって、改めて確信出来た。
「もちろん私も……秀くんだけ、だよ」
十年前から変わらず、一生ずっとね!
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