第11話 台風みたいな高橋さん

 教室での、とある一幕。


「ねぇねぇ烏丸さん、烏丸さんって彼氏いるのっ?」


「いないよー」


 クラスメイトからの質問に、唯華が軽い調子で答える。


「おっ、じゃあ俺が立候補りちゃおうかな!」


「馬鹿、お前じゃ釣り合わねぇっての」


「身の程を知れ」


「雑魚が」」


「そこまで言う!?」


「ふふっ」


 おちゃらけた男子たちのやり取りに、唯華はクスクスと笑っていた。

 ぼっちの俺とは違って唯華は社交的で、転校数日で男女問わず多くの友人を得ている。


  ……と。

 当初は、そう思ってたんだけど。


 今は、その認識を少し改めている。


「烏丸さん、駅前に新しくカフェ出来たの知ってる?」


「うん、昨日オープンだっけ?」


「そうそう! 良かったら、今日の放課後とか行ってみない? あそこの経営、私んちがやってるからさ。列もスキップ出来るし、特別なメニューとかも出せちゃうよ!」


「あー……ごめんね? ウチ、結構厳し目で。寄り道とかあんまり出来ないの」


「そっかー……まぁそうだよねー、残ねーん」


 唯華は、明らかに周囲に『壁』を作っていた。


 本当の内側には踏み込ませない。

 その笑顔も、家で見せるものに比べるとどこか空虚に見える。


 それは、たぶん……。


「まー、お嬢も秀一っちゃんと似たようなもんだと思うぜ?」


 俺の隣の席に腰掛けた衛太が、小声でそんなことを囁いてきた。


「……何のことだ?」


 あの日以来なぜかそこを定位置として親しげに話しかけてくる衛太へと、こちらも小声で返す。


「いやぁ、社交的に見えて壁作ってるっぽいよなー、って目で見てたからさ」


「ナチュラルに人の心を読むなよ……」


「にしても秀一ちゃんの視線は、今日も愛しの……」


「よりにもよって教室で何を口にしようとしてんだよ……!」


 慌てて衛太の口を押さえる。


 そんな様が仲良く見えるせいか、最初の頃はクラスの皆さんが幽霊でも見るような目で俺たちのことを見てきたもんだけど。

 今となってはすっかり慣れっこで、特に注目されることもなかった。


 まぁ、それはともかく……衛太の言ったことは、想像に難くない。


 九条家同様、烏丸家も言ってしまえば『利用価値』がある家だ。

 似たようなことは、どこでも繰り返されているんだろう。


 結果、俺が選んだのは人を完全に遠ざけることで、唯華が選んだのは程々の距離感で捌くってこと。


 ……とはいえ、何事にも例外はある。


「唯華さーん! へールプ!」


「おぐふっ!?」


 横合いから突っ込んできた女子が唯華の腹部にタックルをかまし、唯華の口から呻き声が漏れた。


「助けてください唯華さん! お母さんが、今度の中間テストで赤点一つでも取ったらおこづかい半分にするって言うんですよ~!」


「そ、それはいいんだけど、どうして私は今タックルされたの……?」


「頼み事をする前に、とりあえずハグで好感度を稼いでおこうと思いまして!」


「うん、ダメージは稼げたかな……」


 微苦笑を浮かべる唯華は、完全に素の表情である。


 そんな唯華に抱きついている彼女の名は、高橋陽菜ひなさん。

 ほとんどが小学校からエスカレーターで上がってくるウチの学校では希少な外部受験組であり、いわゆる一般家庭の娘さんである。


 ついでに言えば、俺とは一年から同じクラスだ……今まで一回も話したことないけど。


 倍率の高い外部受験を乗り越えてきただけあり、成績は優秀……だった。

 少なくとも、一年の一学期までは。


「転入試験で満点近い得点を叩き出したという噂の才媛のお力を、どうぞお貸しください~!」


「高橋さんだって、首席合格で入学生代表を務めたって聞いてるけど……」


「そんなものは過去の栄光です! 私は、今を生きているのです!」


「そんな急激に成績って落ちるものなの……?」


「いえいえ、もちろんこれまでの積み重ねですとも! 私、ここ二年は勉強サボりまくってましたから!」


「胸を張って言うようなことかな……?」


「一度しか無い高校生活、全力で遊びを優先してきたことに後悔はありません!」


 まぁ、そういう感じらしい。


「わかったわかった、それじゃ勉強会でもしよっか」


「はぁっ! 唯華さん大好きですぅ!」


 全く物怖じしないこともあってか、唯華の壁も彼女に対してはほとんどないように見えた。


 どうも高橋さんは怖いもの知らずというか大胆というか、割と人間関係に繊細な『事情』が絡んでくるウチの学校にあって誰にでも変わらずこういう態度だ。

 それゆえ家を重んじる系の人たちからは煙たがられているっぽいけど、この学校じゃ希少なその態度を好ましく思う人も多いのだとか。


 それも、彼女の明るい人柄ゆえだろう。


「ちなみに私、二年生の前半辺りから若干理解が怪しい説が有力なのでよろしくお願いします!」


「ははっ……ちゃんと自己分析出来てるのは良いことだよね……」


 ……なんかアホっぽいから許されている、という説もあるとかないとか。


「あっ、そうだ! 九条くんに久世くん!」


「んぉっ……!?」


 若干失礼なことを考えていたタイミングで話しかけられて、思わずちょっと叫んでしまった。


「せっかくですし、お二人も一緒に勉強会どうですかっ?」


『えっ……?』


 突然のお誘いに、俺と衛太の声が重なる。


「えっ、っと……」


「なんで俺たちも……?」


 流石の衛太も、だいぶ戸惑い気味に見えた。


「え? だって、お二人とも唯華さんのお友達ですよね?」


 一方、高橋さんの口調は当然とばかりのもの。

 さては、この人……『友達の友達は友達』理論の使い手か……!?


「ふふっ」


 チラリと視線を向けると、唯華はクスッと笑うのみ。

 どうするかは俺に任せる、ってことだろう。


 さて、それじゃあ……。


「……わかった、俺も参加させてもらうよ」


「はいっ、大歓迎です!」


「んお? そういう流れなら、俺も行くかなー」


「はいー!」


 俺たちの参加表明に、高橋さんは嬉しそうに頷く。


「あっ、そういえば!」


 かと思えば、何かを思い出したように手を打った。


「確か九条くんって、一人暮らしでしたよねっ?」


「うん? うん、まぁ……」


 以前どっかでうっかり漏らしてしまったせいで、俺が一人暮らしって情報は割と知れ渡っている……らしい。


 まぁ、今となっちゃ一人暮らしって状況自体が変わってるわけだけど。


「いいですねぇ一人暮らし! 私、大学からは一人暮らししようと思っててぇ!」


「そ、そうなんだ……」


「一人暮らしって、どんな感じですかっ? やっぱり色々と大変ですかねっ?」


「まぁ最初は大変だけど、慣れるとそこまででもないかな……」


「なるほど!」


 うん、あの、ちょっと待ってくれ。


 俺と高橋さん、今日が初会話だよな……?


「もしよければなんですけど……勉強会、九条くんのお宅で開催させていただけませんかっ? 実際に一人暮らしのお部屋を見てみたくて!」


 いやこの人、衛太以上に距離感の詰め方がエゲつないな!?


『お、おぅ……』


 唯華、衛太ときて俺の周りに人がいるのにも慣れてきた感があるクラスメイトの皆さんも、流石にビックリしちゃってる様子である。


 それが逆に、企みとは無縁に思えて唯華も心を許しやすいんだろうとは思うけども……。


「あー……っと」


 さて、どう言って断るか。

 今はもう一人暮らしじゃないから……っていうのが事実に即した返答なんだけど、本当のことを言うわけにもいかないしなぁ……。


「いいんじゃない? 九条くんのお宅、私も見てみたいなー」


「っ!?」


 返答に迷っていたら唯華から思わぬキラーパスが飛んできて、思わず唯華をガン見してしまった。

 唯華はニコリと綺麗な笑みを浮かべているけど、その中にイタズラっぽい雰囲気も垣間見えることが俺にはわかる。


 ウチに招けってことか……ったく、しゃぁねぇなぁ……。


「わかったよ、じゃあウチでやろうか」


「やったー! ありがとうございまーす!」


 苦笑気味に頷いて返すと、高橋さんは両手を挙げて喜びを示した。


 家に招くってことは、俺たちの関係性について気付かれるリスクを負うということになる。

 それでも、唯華がそれを望むなら。


 ──やっぱり、秀くんにも一人くらいはそういう相手がいた方がいいと思うよ


 唯華は俺にそう言ってくれたけど……唯華にも、そういう存在がいてくれればと俺も願っていて。


 高橋さんがそうなってくれればと……少しくらいは、彼女と友好を深めるのに協力しようと思ったのだった。

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