第14話 別れの日の約束

 これは、幼い日の私の記憶。




「もう……行っちゃうんだね」


「……うん」


 涙声で確認してくる秀くんに、返すボク……私の声も、震えていたと思う。


 引っ越し当日。

 幼いながら、これが少なくとも年単位での別れになることはお互いわかってた。


「ゆーくん……これ」


 と、秀くんが握り拳を差し出してくる。


 彼が手を開くと、手の中にあったのはカプセルトイで……秀くんの大好きなヒーロー、クレセントマンが顔を覗かせた。

 それは秀くんが集めてる中でも飛び切りレアなやつで、一番の宝物なんだって、前に言っていたのをよく覚えてる。


「ゆーくんに、あげるね」


「えっ……?」


 だから、秀くんのその言葉にはとっても驚いた。


「そ、そんな大切なもの、ボクもらえないよっ!」


「ゆーくんに、もらってほしいんだ」


 慌てて首を横に振っても、秀くんは手を引っ込めない。


「これを、僕だと思って……僕のこと、忘れないで、ね?」


「もちろん!」


 私は、即座に頷いた。


 お父様の事業の都合で海外に行くことになって、その後帰国がいつになるかは事業の展開次第。

 それでも、何年経とうと絶対に秀くんのことを忘れたりなんてしない自信があった。


「えと……でも……あっ、そうだ!」


 だけど秀くんから一方的に宝物を受け取るのは流石に気が引けていた私の頭に、閃いたアイデア。


「じゃあ……交換! 交換っこしよう!」


 私は、慌ててあちこちのポケットをまさぐりながらそう提案した。


「ほら……そう、これと!」


 ポケットの中から引っ掴んだものが何かを確認することもなく、私は秀くんへと差し出す。


「……げっ」


 そして、思わず呻いちゃった。


 何しろ、この手に載っているのは石ころだったから。

 隕石でも宝石もない、いつ拾ったかも覚えていないただの石。


 というか引っ越し当日の服のポケットに、なぜそこらで拾ったと思われる石ころが入っているのか。


「こ、これを! ボクだと思って! 離れててもずっと変わらない、ボクらの絆の証だよ!」


 だけどもう引っ込みがつかなくて、ヤケクソ気味にそう続ける。


「うんっ! ありがとう、ゆーくん!」


 怒るどころか、秀くんは微笑んで石を受け取ってくれた。


 そして、代わりにクレセントマンを私へと手渡す。

 明らかに、釣り合いの取れてなすぎる交換。


「ふふっ、嬉しいな……!」


 なのに秀くんは、心から嬉しそうに笑っている。


 きっと、私の手から貰えるなら本当に何でも良かったんだ。

 そこまで彼に想われていることが嬉しくて……同時に、胸が張り裂けそうだった。


 この頃には、私は自分の胸にあるこの感情の正体に気付いていた。

 それは、ただの友情じゃないんだって。


 だけど今は、それを伝えるわけにはいかない。


 別れのこの瞬間に言っても秀くんを困らせるだけだし……何より、秀くんは私のことを男の子だと思ってるんだから。

 私が、これまでずっとそんな風に振る舞っていたせいで。


 だけど……それは、今日で終わりにしようって。

 今、突然決めた。


 そして。


「ボクが戻ってきたら……そしたら、もう一度会えたら! 今度はずっと一緒にいようね……! 一生、ずっと一緒に……!」


 本当にそうなることを願って、震える声で口にする。


「うん……! 今度こそ、ゆーくんとずっと一緒……! 絶対、約束する……!」


 お互いに、零れそうになる涙を堪えながら。


 私達は、最後に固い握手を交わ合って別れた。



   ◆   ◆   ◆



 その後、私たちは十年もの時を別々に過ごすことになる。


 だけど、無事に再会を果たして。


 今度こそは……ねぇ、秀くん。

 あの日の約束通り、一生一緒に……いて、くれるのかな?


「……うん? どうかしたか?」


 そんな願いを込めて秀くんの顔をジッと見ていると、秀くんは不思議そうに首を捻った。


「や……秀くんの方は、流石にもうあんな石ころ捨てちゃったでしょ? って思ってさ」


 そんな話で誤魔化す。

 だって……さっきの質問を実際に口にするのは、流石に重すぎるでしょ……。


「あれ? もしかして、気付いてなかったのか?」


 と、秀くんはなぜか意外そうな表情。


「ほら、これ」


 と、スマホを取り出して一つだけ付いているストラップをピンと弾く。


「あっ……!」


 今まで、なんかストラップ付いてるなーくらいにしか認識してなかったけど……それは、確かによく見れば。

 細い紐で幾重にも括られ、ストラップに繋がれているのは……。


 隕石でも宝石もない、あの時の石だった。


「ずっと、肌見放さず持ってたよ。俺が友達の一人もいない状況でもなんともなかったのは、ゆーくんがこうしていつも一緒にいてくれたからだ」


 石を見ながら、秀くんは小さく微笑む。


「そっ……か」


 石に向けられるその優しげな視線が、まるで私へのものであるように感じられて。

 胸が、ドキドキと高鳴る。


 それに……あんな石ころだけど、少しでも秀くんの救いになっていたっていうなら。


 こんなに嬉しいことはなくて……思わず、ちょっと泣きそうになっちゃった。


「やー、しかしアレだよなー」


 ふと、秀くんがどこか遠いところを見るような目になる。


「戻ってきたら今度こそずっと一緒、一生ずっと……って、あの時約束したけどさ」


 その約束、秀くんは今どう思ってるんだろう……って考えると、さっきとは違う意味で胸がドキドキしてきた。


「結婚って形で一生一緒にいることになるなんて、思ってもみなかったよなー」


「っ……!」


 当たり前みたいに、『一生一緒』だって言ってくれて……私の、一番欲しかった言葉をくれて。


「あ、はっ……!」


 さっき以上に泣きそうになっちゃうのをどうにか堪えて、笑顔を作る。


「ホントに、そうだよねっ」


 秀くんには、そう返したけれど。


 当時の私は、ちゃーんと……再会したら秀くんのお嫁さんにしてください、っていう意味で……言ったん、だからねっ?

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