第30話 家族が打ち解けた日

「推しから直接語っていただく推しの話、最高ぉ……! 義姉さんの想いが端々から感じられて、尊みが過ぎますぅ……! はぁっ、解釈一致ぃ……! はぁはぁ、うぉぇっ……!」


 唯華の話を聞いて、何やら感極まった? 様子でブツブツ呟いている一葉。


「よっ。二人共、何の話してんだ?」


 しばらく廊下で様子を窺ってた俺は、話が一段落したっぽいところで部屋に足を踏み入れる。


「うん。一葉ちゃんが、今日の私たちが何してたかって話を聞いてくれてたの」


「ははっ、そんなもん聞いて面白いか?」


「面白いを通り越して危うく昇天しそうですがぁ!?」


「面白いの先って、昇天に繋がるもんなのか……? つーか一葉、そのテンション何なんだ……?」


「っ……!」


 一葉は口数の少ない、物静かな女の子である。

 ……という俺の印象からかなり外れたテンションに思わず尋ねてしまうと、一葉はハッとした表情に。


「……さ、先程から失礼をぶちかまし続けてしまっており申し訳ございません」


 頬を赤くし、恥じ入るように俯いた。


「その……ご覧いただけたかと思いますが、私はとある条件下・・・・・・になると少々暴走気味になるところがありまして」


「あー、そういやそうだっけ」


「はぇっ!?」


 実家にいた頃のことを思い出して納得する俺のことを、ガバッと顔を上げた一葉が物凄い形相で見つめてくる。


「兄さん、知っていたのですか!?」


「うん、まぁ、条件とやらは知らんけど。深夜とかに、たまに楽しそうな叫び声が聞こえてくるなーとは思ってた」


「そ、そうだったのですね……」


 家族に聞こえているとは思ってなかったのか、一葉の顔の赤みが一層増した。


「……すみません」


 それが一転、徐々に青褪め始める。


「気持ち悪いですよね……気を使っていただく必要はありませんので、やはりこれまで通り一定の距離を保っていければと……」


「あはっ、だーめ」


 震える声で言う一葉を、唯華が笑い飛ばした。


「別に気持ち悪くなんてないし……せっかく誤解も解けたんだから、これからはもっともっと一葉ちゃんと仲良くしていきたいな」


「義姉さん……!」


 唯華の言葉に、一葉は感極まったような表情に。


「義姉さん、大好きですっ!」


「おっと」


 勢いよく胸に飛び込んだ一葉を、唯華が危うげなく抱きとめる。


「ふふっ……私も大好きだよ、一葉ちゃん」


 と、唯華は優しい笑みを浮かべながら一葉の頭を撫でた。


 ……おやおや? なんか俺、ちょっと疎外感?


「あ、兄さんのこともちゃんと好きですよ」


 どうやら俺の感情が伝わったらしく、一葉は顔を上げてそう言うけども。


「ついで感が凄いな……」


「いえ、本当に。義姉さんとの再会がなければ、ワンチャンいずれヨスガるのもアリかと思っていたくらいですので」


「うん……うん?」


 どうしよう、妹の言っていることがたまによくわからない。

 一応、喜んでいいやつなんだよな……?


「あっ、もちろん今はそんなこと欠片も考えていませんので。ご安心ください、義姉さん」


「えーと……何に安心すればいいのかはよくわからないけど、とりあえず安心しておくことにするね」


 どうやら、唯華もよくわかっていないみたいだ。


「ま、ともかく」


 話がなんかごちゃっとしてきたところで、唯華がパンと手を叩く。


「これからはいっぱい一緒にお喋りしようね、一葉ちゃん」


「はい……はい! これからは、私……!」


 再び、感極まったような表情となる一葉。


「たまにお喋りもする壁や天井でありたいと思います!」


『なんて?』


 妖怪の類かな? という感じで、結局言っていることはよくわからなかったけど……一葉がとても嬉しそうな笑顔を浮かべているので、良しとさせていただきたいところである。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 それから私たちは、兄さんも交えて沢山おしゃべりしました。

 それは、本当に楽しい時間で……気が付けば兄さんが定めていた寝る時間をいつの間にか大幅に過ぎていて、三人で苦笑してしまったくらいです。


 そして……明けた、翌朝。


「兄さん、義姉さん」


 玄関先で、今日も『思い出の場所周回ツアー』の続きに行かれるお二人を見送ります。


「今回は公式からの沢山の供給、ありがとうございました」


「公式……?」


「供給……?」


 ペコリと頭を下げながらお礼を伝えると、お二人は何とも言えないような表情で首を捻りました。


「それでは……行ってらっしゃい」


 気にせず、私は手を振ります。


「あぁ、うん……行ってきます」


「行ってきますっ」


 すると、二人も笑顔となって手を振り返してくれて……踵を、返しました。


 昨晩が楽しかっただけに、少しずつ遠ざかっていく背中を見送るのはやはり名残惜し……。


「今日も楽しみだねっ、秀くん!」


「っ!?」


 おほぉっ!?

 義姉さん、いきなり兄さんの腕に抱き着くとは大胆な!


 兄さんの動揺っぷりから察するに、このレベルのボディタッチは何気に結構レアイベントなのでは……!?


「あ、あぁ、そうだな……」


 流石に、そろそろ声が聞こえなくなってきましたが……はい、何事かを囁き合って?


 義姉さんは楽しそうですが、兄さんは苦笑気味……おおっ!? 兄さんから義姉さんへの頭ポンポン、いただきましたぁっ!


 少し顔を俯けて兄さんからは見えないようにしているようですが、こちらからだと義姉さんの緩んだ頬が丸見えです……!


「ほぐっ……!?」


 去り際に突如の尊みを投下されて、私は思わず胸を押さえました。


 危ない危ない……油断してるところに来たものですから、心臓が止まるかと……。


「ふぅ……どうにか落ち着いてきました……」


 一緒におしゃべりするのも、もちろんとっても楽しかったですけれど。


 やっぱり、あのお二人は二人でいる時が一番尊いものですね。


「……それにしても、兄さんという人は」


 そんなことを考えているうちに、ふと苦笑してしまいました。


 冗談めかしているとはいえ、義姉さんのアプローチは割と露骨なものだと思うのですけれど。


 兄さんのニブチンは、いつ義姉さんの本当の気持ち気付くのか……いつまでも気付かず今の距離感のままいてほしい気持ちがあるのも事実ではあるものの、義姉さんのことを思えば早く気付いてあげてほしいものですねぇ……。

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