第99話 会長さんはどんな人?

 秀くんと共に文化祭実行委員を任された日の、放課後。


 指定の会議室に入ると、既にもうほとんどのメンバーは集まっているようで。


「あっ、秀一センパイだっ!」


 そんな声に、迎えられた。


 そして、バッと飛び出してきた華音が例によって秀くんの腕に抱きつく。


 ぐぬぬ……!

 この場じゃ、私が下手に注意出来ないのを良いことに……!


「こんなとこで会うなんてっ! これってこれって、運命じゃないですかっ?」


「転校早々、実行委員に立候補したんだ? 凄いね?」


「皆と関われる係ですし、文化祭を通じて早く仲良くなれたらなって思いましてっ」


 アプローチをスルーされても気にした様子はなく、華音は立候補した理由ををそう説明する。

 この子のことだから、本心からそう思ってるんだろう。


 表面上は愛想よくしながらも壁を作りがちな私と違って、本物の陽キャってやつだからね……。


「ねぇねぇ秀一センパイっ! 文化祭当日、一緒に回りませんかっ? 私、いーっぱいサービスしちゃいますよっ?」


「いかがわしいお店の客引きみたいな言い方はやめようね」


「あっ、もっちろん秀一センパイだったらぁ? や~らしいオプションだって、ぜーんぶ無料でっす! お持ち帰りだって、オッケー♡」


「完全にアウトになったね」


「ちょっと華音、公衆の面前で変なこと言わないの!」


 流石に看過出来なくなって、私も口を挟む。


「オッケーっ。じゃあ、次は秀一センパイと二人だけの時に言うねっ」


「それもダメに決まってるでしょ……!」


「あなたたち」


 だいぶ場が乱れてきたところで、どこか冷たくも聞こえる声が静かに室内に響いた。


 目を向けると、声の主は会議室の一番奥。

 その、中央の席に座っている人物だった。


 今期の生徒会長、確か……二年の、財前ざいぜん沙雪さゆきさん。

 ミディアムの黒髪は、彼女の性格を表しているかのように乱れの一つもない。


 スクエア型の縁無しメガネの向こうから、理知的な瞳が私たちをジッと見つめていた。


「すみません、騒がしくしてしまって」


「すみません、妹がお騒がせして……!」


 私と秀くんが同時に言って、頭を下げ……ようと、したところ。


「お二人は、お付き合いされているのですか?」


『……え?』


 予想外の言葉に、揃って動きを止めてしまった。


「腕を組んでいる、お二方のことです」


 冗談なんて言いません、って感じのいかにもお硬い雰囲気のまま会長さんはそう続ける。

 よく見ると、その視線は秀くんと華音に注がれているみたい。


 えーと……委員会内で付き合ってる人がいると風紀が乱れるとか、そういう話……かな?


「いえ、付き合っているわけではありません」


 私がそんなことを考えている中、秀くんがキッパリと断言する。


「絶賛、私の片思い中でっす!」


 んんっ……!

 事実ではあるんだろうけど、ややこしくなるから今そういうこと言わないで華音……!


 一部の女子からは、黄色い歓声も上がってるけど……。


「ほぅ」


 ほら、会長さん怒っちゃったじゃないっ。


 怒っ……怒?


「それは、どのようなきっかけで?」


「前々から秀一センパイのお話だけは伺ってて、素敵な人なんだろうなーって思ったんですけどっ。実際に会ったら、やっぱりこの人が運命の人だなって思っちゃいましたっ♡」


「ふむ……それは、一目惚れとは違うのですか?」


 いやこれ、もしかして……。


「まぁ実際、最初に一目見た瞬間ビビッと来たのは確かですけどもっ?」


「つまり、見た目が好きだと?」


「勿論それもありますけど、知れば知るほど内面もどんどん好きになってまーすっ」


「ほぅほう」


 ただ興味本位で聞いてるだけじゃない……?


「それで、九条先輩」


 キラン、と会長さんのメガネが光った……ような、気がした。


「彼女の気持ちは、オープンなようですが。応えないというのは……」


 やっぱりこの人、普通にただの恋バナ大好き女子だよねぇ……!


 ……なんて、半笑いを浮かべていたところ。


「他に、想い人がいるからですか?」


 続いた会長さんの言葉に、ザワリと胸が揺らいだ。


 秀くんが華音に反応しないのは、妹として見ているから……だと、思っていたけれど。


 思えば、こないだのプールで高橋さんの水着姿にもほとんど無反応だった。

 それが、『他に好きな人がいるから』だとすれば。


 今のところ、秀くんが唯一反応を示しているのは……それって、つまり……いやいや、あまりに少ないサンプル数で判断するのは早計が過ぎる。


 ……でも。

 秀くんに、親しい女の子なんてそんなにいないはずだしさ。


 もし、好きな人がいるのなら。

 それって、もしかして……。


「それは……」


 どうなの!?

 好きな人、いるの!? いないの!?


「許嫁が、いるからですよ」


 ん゛んっ……! 事実ともそんなに相違ない無難な回答ぅ……!


「なるほど……それでは」


 でも流石は秀くん、これは良い流れっ!

 さぁ会長さん、華音に言ったげて!


 許嫁がいる人に、あんまりベタベタすべきじゃないですよとかそういうことを!


「略奪愛ですねっ」


 ん゛んっ……!

 むしろ煽らないでぇ……!?


 会長さん、なんでキラキラした目でガッツポーズしてるのぉ……!?


「いいじゃんいいじゃん、奪っちゃいなよぉ」


「どうせ許嫁なんて、親同士が勝手に決めたものですよね?」


「今時は、ウチらも自由恋愛っしょ!」


 会議室中の女子が、私の敵に回っている……!

 いや、もちろん皆は秀くんの『許嫁』に当たるのが私だってことは知らないんだけどさぁ……!


 んんっ、どうしようなこの雰囲気……!

 ここで「そういうのよくないと思いますよ」とか言おうものなら、下手こくと空気読めない女扱いで今後の委員会活動に支障が出かねない……!


 どうにかこの場を穏便に収める方法は……!?


「すみません、皆さん」


 おっと、秀くんに秘策アリ?


「僕にとって、許嫁は大切な人なので……彼女を裏切るようなことは、出来ません」


 やだもう秀くんったら、こんな公衆の面前で……!

 もっと言ってほし危なっ!?


 今私、完っ全に緩みきった顔してたよね!?

 このタイミングでこの表情の女なんて、それが『許嫁』で確定じゃん……!


 皆の注目が秀くんと華音に集まってて良かったぁ……!


 ……ちなみに、その皆はといえば。

 秀くんの宣言に対してまた黄色い歓声を上げ、なら仕方ないよね派、好きな人だとは言ってないしワンチャンあんじゃね派、いっそ私と付き合いませんか派に分かれて議論が……ちょっと待って最後の何!?


 なんか、サラッとまたライバル増えてない!?

 確かにさっきの秀くん、とっても格好良かったけどぉ……!


 ……って、言ってる場合じゃない。

 論調が分かれてカオスってる今がチャーンス!


「ところで会長さん、時間って大丈夫ですか?」


 主張し過ぎず、モブKがふと気付きましたって感じで口にすると、会長さんはハッとした表情となって壁の時計を見た。


 現在、定刻をそこそこ過ぎた辺り。


「失礼、アイスブレイクが少々盛り上がり過ぎてしまいましたね」


 あぁこれ、アイスブレイクだったんだ……。

 確かに、初めて会ったはずのメンバーたちがもう馴染み始めてるけど……。


 でも、話題のチョイスは絶対に会長さんの趣味ですよね?


「それでは、改めまして。皆さん、お集まりいただきありがとうございます。本日は私、生徒会の財前が司会進行を務めさせていただきます。まずは、実行委員の皆さんに主にお願いしたことについてですが──」


 メガネをクイッと上げ直して真面目モードになった会長さんは淀みなく、そしてわかりやすく説明を進めてくれた。


「続きまして、最初の議題は──」


 そして、流石の切れ者っぷりで議論を纏めていく。


 ふぅ……華音のせいで、一時はどうなることかと思ったじゃない……という気持ちを込めて華音にジト目を向けると、テヘペロッ☆ とウインクが返ってきた。


 まったくもう……可愛いんだからっ。



   ♠   ♠   ♠



 基本は立候補制で集まってるメンバーだけあって、スムーズに議論は進行していく。


 そして、本日最後の議題も……。


「それでは実行委員主催のイベントは、『ベストカップルコンテスト』に決定とします」


 財前会長はホワイトボードに書かれた幾つものアイデアの中から、『ベストカップルコンテスト』の文字列をキュッと丸で囲んだ。


 文化祭当日、メインステージでは各クラスや部活、個人申込みによる様々なイベントが行われる。

 毎年そのうち一枠は文化祭実行委員にも割り当てられており、今年の出し物も無事決まった。


 ちなみに、このアイデアの発案者は……。


「やたっ。皆さん、ご支持ありがとうございまーすっ」


 パタパタと皆に手を振っている華音ちゃんだ。

 それに、財前会長が興味を示したのも大きかったかもしれない。


 勿論彼女の独断で決めたわけじゃなく、公平に議論して皆の合意の元に決まったものだけど……この人の趣味趣向は、俺にも有利に働くかも・・・・・・・・・・しれないな・・・・・


「それでは皆さん、本日はお疲れ様でした」


 会長の号令で、解散の運びとなる。


 三々五々、皆が散っていく中。


「秀くん、先帰ってるね」


 そっと耳打ちしてくる唯華に、小さく頷いて返す。

 同じクラスの実行委員同士だし、この程度のやり取りじゃ殊更人目を引くようなこともなかった。


「秀一センパイっ、一緒に帰りましょーっ」


 なお、華音ちゃんがまた腕に抱きついてきた際にはめちゃめちゃ人目を引いた。


「ごめん、ちょっと財前会長にお話があるんだ」


「えーっ? 私より、会長サンの方がいいのーっ?」


 と、不満気に唇を尖らせる華音ちゃん。


「明日なら、一緒に帰れるからさ」


「ホントっ? やたっ」


 けど、代案を示すと一転して笑顔が戻った。

 約束する形にはなっちゃったけど、やむを得ない。


 ここで変に粘られて、財前会長に帰られちゃ元も子もないからな。

 そう……財前会長に話があるというのは、華音ちゃんに先に帰ってもらうための方便ではない・・・・


「それじゃ秀一センパイ、また明日っ。楽しみにしてますねっ」


「うん、また明日」


 笑顔でブンブン手を振る華音ちゃんに、小さく手を振り返す。


 ごめんね、華音ちゃん……さっきの約束、『唯華と三人で』って意味なんだ……と、心の中で謝りながら。

 なんだかんだ三人で楽しく帰れると思うし、三人なら周囲から変に勘繰られることもないだろう……たぶん。


「さて、と」


 改めて、財前会長の元へと向かう。


 実行委員としての役割は果たし、ここからは俺個人の時間として使わせてもらう。


「失礼します、財前会長。ちょっとよろしいですか? つかぬことを伺いますが──」

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