第100話 あなたはお客さん

 文化祭実行委員の顔合わせあった日の夜、自宅にて。


「実行委員、楽しかったねーっ」


「もっとお硬い場なのかと思ってたけど、ざっくばらんって感じだったよな」


 今日の集まりについて、俺は唯華とそんな風に振り返っていた。


「やっぱ、会長さんが楽しい人なのが大きいよね」


「それな。雰囲気とのギャップもあって、冗談も冴え渡ってたし」


「実行委員主催のイベント、『ベストメガネスト選手権』を提案したりねー」


「……まぁあれ自体は、本気の目だったけどな」


「私メガネフェチなので、って大真面目な顔で言ってたしね……」


「まぁ、それはそれで面白そうな企画ではあったけど」


「だよねー、何審査するんだろー」


 唯華と共に、クスリと笑いを漏らす。


「あっ、そうだ」


 そこでふと、唯華は何かを思いついたような表情を浮かべた。


「クラスの方のやつなんだけどさー」


「何か気になることでも?」


 本日のHRでは、あの後クラスでの出し物についても話し合った。

 皆から活発に意見も出てきたけれど、議論は円滑に進んで今日のうちに決定まで漕ぎつけられて。


 協議結果は、『コスプレ喫茶』である。


「私、接客って初めてだからちょっと不安かもー」


「唯華なら問題ないと思うけど……」


 愛想も良いし、コミュニケーション能力もかなり高い方だし。


 というかそれを言うなら、むしろ問題がありそうなのは俺の方だろう。

 俺も、接客なんて初めてだし……営業スマイルの練習でもしとこうかな……。


「だから、一回練習させてくれないっ?」


「そういうことなら付き合うよ」


 唯華の表情的に、本当に不安というよりは『そういう遊びをやってみたい』という気配を感じるけども。

 どっちにしろ、俺に否があるはずはない。


「じゃあ私接客やるから、秀くんお客さんやってね」


「はいよ」


 なんか、コント漫才の入り方みたいだな……とかどうでもいいことを俺が思う中、唯華はコホンと咳払いした後にニコリと笑みを浮かべる。


「いらっしゃいませー、ご注文伺いまーす」


「ショートケーキセットをお願いします」


「セットのお飲み物は如何致しますか?」


「アールグレイのストレートを、アイスで」


「かしこまりましたーっ」


 注文を受けた唯華は、その場でクルリと一回転。


「お待たせ致しましたっ」


「ありがとうございます」


 俺の前に何かを置く仕草を取る唯華に、軽く頭を下げる。


「お会計、お願いします」


「五百円でございまーす」


「はい、五百円」


「ありがとうございました、またのお越しをっ」


 エア硬貨を手渡すと、唯華はしっかりとお辞儀して一通りやり取りは完了。


「ほら、何の問題もなかったろ?」


「うーん……」


 スムーズな接客だったと思うけど、唯華は何やら不満顔だ。


「秀くん、不合格」


「客側が……!?」


 どうやら、問題があるのは俺の方だったらしい。


「良いお客さん過ぎーっ。もっと厄介客をやってくれないと、練習にならないでしょ?」


「あぁ、そういうことね……」


 まぁ、言わんとしていることはわかる。


「それじゃもう一回……いらっしゃいませー、ご注文伺いまーす」


 厄介客、厄介客ねぇ……と、どんな風に演じるか考えて。


「……君を、お持ち帰りでっ♪」


 衛太の姿を想像しながら、チャラく言ってみる。

 なお奴の名誉のため付け加えておくが、実際にはお店で迷惑行為を行うような男ではない。


 ともあれ、俺のクソ客っぷりに対して唯華は……ニコリと微笑んで。


「はいっ、喜んでーっ♪」


「喜んじゃったら駄目だろ……」


「だってわたくし、もうお客様のモノですしー?」


「俺の設定、俺自身のままなの……?」


 ニンマリ笑う唯華に、俺の方は半笑いが漏れた。


「うーん……ていうかさー。なーんか、まだまだ刺激が足りないよねー? 次は、もうちょっとこう強引な感じでどうぞっ」


「なんか趣旨が変わってきてないか……?」


 ……まぁ、でも。

 これも、ある意味ではちょうど良い機会なのかもしれない。


「いらっしゃいませー、ご注文伺いまーす」


 三度目の営業スマイルに対して、俺は……立ち上がって距離を詰め、左手を唯華の肩に添える。

 それから彼女の頬にそっと手を当てて、間近で目を見つめながら。


「君を、食べちゃいたいな」


 ……言った瞬間、頬が熱を持ったのを自覚する。


 台詞のチョイスから何から、恥ずかしすぎる……!

 アプローチって、こういうことじゃないよなぁたぶん……!


「た……んふっ」


 ほら、唯華も笑っちゃってる。


「それではお客様」


 その笑みのまま、今度は唯華の方から更に距離を詰めてきた。


「ご注文承りましたので……今夜、ベッドでお待ちしておりますねっ?」


 そして、俺の耳元でそっと囁く。


「……すみませんでした」


 どう返して良いかわからずとりあず謝る俺。


「ふふっ、なんで謝るのー?」


 唯華が笑った拍子に耳に吐息が当たって、ゾクリと背中に妙な感覚が走った。


 ていうか単純に、距離が近い……!


 ほとんど触れ合いそうな距離のまま唯華はなぜか離れることもなく、俺だけが無限に心音を高鳴らせていくのだった。



   ♥   ♥   ♥



 っぶなぁ!

 ギリ耐えれたぁ……!


 いや実際には耐えれてない……!


 今私、顔真っ赤になってるから秀くんから離れられない……!

 でも、触れ合いそうな距離に秀くんがいるっていう状況に更にドキドキが高鳴っちゃうっていう無限ループ……!


 だってもう秀くんに「君を食べちゃいたい」なんて言われたら……ノータイムで「食べちゃぅてっ♡」って言いそうになっちゃうでしょ!

  ていうか、ちょっと出てたし!


 はーもう秀くんったら、こないだの壁ドンといいなんだかちょっと確変入ってない……!?

 いっそ、今夜……ホントに来てくれたって、いいんだよっ?


 そしたらそしたら……ひゃぁっ!?

 想像するだけで、もう……あっ、ダメだこれこのままじゃ永久にこのポジションから離れられない。


 私的にはそれも望むところではあるけど、そろそろ秀くんから不審に思われちゃうかもだし心を落ち着けるために……仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意……。

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