第101話 あなたの周りに

 文化祭実行委員として活動する日々は、慌ただしく過ぎ去っていく。


「九条くーん、採寸のために被服室を使いたいんで申請を……」


「うん、出してあるよ。はいこれ、鍵」


「おっ、流石。仕事が早いね、ありがとーっ」


「スマン、九条。ウチの班、ちょーっと進捗に遅れが出始めるかもしれない」


「早めに報告してくれてありがとう。何かあったのかな?」


「今日、伊達の奴が柔道部の練習試合で片足骨折したらしくって。力仕事系が出来そうにないんだよね。伊達の馬鹿力を前提に運用してたとこあったからさー」


「なるほど、そりゃ大変だ……衛太! 向こうのヘルプに入ってもらっていいかっ?」


「はいはーい、こっちの引き継ぎは誰にすればいいんだい?」


「交代で伊達くんに入ってもらう。彼、足を骨折らしくって。そっちは座り仕事だろ?」


「了解でーす」


「サンキュー九条くん、すぐに対応してくれて」


「それが俺の仕事だからね。引き続きよろしくお願いします」


「九条っちー。装飾班、工程二十三まで終わった報告でーす」


「ありがとう、天海さん。凄いね、どんどん巻きで終わってる」


「九条っちが余裕持ってスケジュール組んでくれてるかんねー。んで、このまま次の工程入っちゃっていい感じなの?」


「そうだな……それだと結局近いうちに小道具班待ちになっちゃうと思うから、自分たちのとこだけで完結する作業を繰り上げて進めといてくれる?」


「りょーかいでーす」


「九条くん、私今から買い出し行ってくんだけど。他の班で何か足りないものとかあれば、一緒に買って来るよ? 何かある?」


「ありがとう、助かるよ。烏丸さーん! 白鳥さんが買い出し行ってくれるんだけど、各班で不足してるもの、しそうなものリストってすぐ出せそうかなー?」


「ガムテ一、マジック黒二、赤一、あと買い忘れてるのがさっき判明したんで、折り紙一〇セットお願いできると助かりまーす」


「はーい、メモメモっと……」


 と、こんな感じである。


 一応小さい頃からリーダーとしての教育的なは受けてきたんだけど、当然ながら実際にやるのとは大違いだ。

 痒いところに手が届く完璧な補佐をしてくれる唯華を筆頭に、優秀な皆に大いに助けられている。


「今のうちに、書類仕事片付けとくか……」


 一旦報告や相談も途切れたところで、自分の作業に入る。


「烏丸さんって、もうどの衣装にするか決めたー?」


「うーん、この二つまで絞ったんだけどまだ迷っててー」


 手を動かしながら、そんな会話を聞くともなしに聞く。


 唯華が何の衣装で迷っているのか、俺もまだ聞いてないけれど。

 唯華なら、何を着ても似合うんだろうなぁ……っと、いかんいかん。


 色々想像して、ちょっと頬が緩みそうになってしまった。


「迷っちゃうよねー。実際に着てから決めたいけど、そういうわけにもいかないしー」


「……あっ」


「うん? どうかした?」


「や、衣装といえばね? 衣装レンタルの発注書、印刷するの忘れてたなって。ありがとね、思い出させてくれてっ」


「あはっ、ウチなんもしてないしー」


 なんて会話が、引き続き耳に入ってきて。


「……?」


 俺は内心、首を捻っていた。


 衣装レンタルの発注書含め、書類は唯華が完璧に揃えてくれている。

 なんでそんな、無意味な嘘を……?


 あえて自分のミスを晒すことで、親近感を持ってもらおうっていう処世術的なやつ……とか?


 という、俺の小さな疑問は。


「九条さん、今大丈夫ッスかー?」


「うん、大丈夫だよ。何かあった?」


「あったっつーか、なかったっつーか。用具入れの箒が一本減ってんスけどー」


「あちゃー、どっかのクラスのに紛れ込んじゃったか……ありがとう、各クラスに確認しとくよ。後はこっちで巻き取るから」


「あざーッス」


「九条くん九条くんっ! 聞いてくださいっ!」


「高橋さん……うん、何かな?」


「皆と話してて思い付いたんですが、店内にバルーンアートを飾るっていうのはどうでしょう! あっ、バルーンアートっていうのは庶民の遊びで、風船を捻ったりして……」


「そこは知ってるから大丈夫だよ」


「やっぱり、今から追加となると厳しいですかねーっ?」


「……いや。バルーンならそんな予備費も食わないし、スケジュールにもかなり余裕がある。コンセプトに合わせればより店内の雰囲気が良くなるし、グッドアイディアだと思うよ。ただ今からとなると、習熟度の問題があるかもね。教えられる人がいればいいんだけど、動画とかを参考にすればいけるか……?」


「あっ、それなら私が! めちゃくちゃ得意なんで、今から実際にやってみますね!」


「……まず、さっき思いついたのになんでスッと鞄から風船と空気入れが出てくるの?」


「いっつも鞄に入れて持ち歩いてるんですよーっ。ふっ……とアイデアが降りてきたら、それをすぐ『作品』にするためにっ」


「なんかもう、このムーブの時点で任せていいような気がしてきたぞ……でも、高橋さんだしワンチャン……んんっ!?」


「ここを、こうしてー……こうこうこう! はいっ、完成です! 作品名、『人の業』」


「現代アート過ぎて何を表しているのかは全くわからないけど、物凄い技術なのは確かだ……! 高橋さん、今現在から君をバルンアート班の指南役に任命します! メンバーも、適役そうな人をすぐ選定するから!」


「何なら、私一人で全部作っても構いませんがっ?」


「すぐメンバーを集めるから、デザインから皆で話し合って協力して作ってね……!」


 ってな感じで、忙しさで唯華の件は忘却の彼方となっていくのだった。


「九条さーん」


「九条ー」


「はいはーい、順番に聞いていきまーす」


 いやぁ、にしても忙しい。


 忙しい……けれど。

 こんなにも文化祭準備期間が充実してるのなんて初めてだよなぁ。



   ♥   ♥   ♥



 忙しそうで……だけど、とっても充実した顔の秀くんをそっと眺める。


 最初はまだちょっとビクビクしてた人もいたクラスの皆だけど、今の秀くんはどんな時でも穏やかに話を聞いてくれるってもうわかってくれてて。

 秀くんは、今やすっかりクラスの中心って感じ。


 皆に囲まれてる光景が嬉しくて、思わず頬が緩んじゃうよねっ。


 ……それから、もう一つ。


 さっき衣装について話してた時に思いついたイタズラについて考えながら、密かにニンマリ笑う私なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る