第90話 あなたの大きさ
エアコン故障、二日目。
「流石にこの時間はまだ涼しいねー」
「風も気持ち良いよな」
「それに、外で食べるとなんだかそれだけでテンション上がっちゃう!」
「うん、なんとなくいつもより美味しく感じる気がするよ」
俺たちは簡易テーブルと椅子をベランダに持ち出し、そこで朝食を取っていた。
唯華発案の、『テラス席』。
今日はクロワッサンにスクランブルエッグにサラダと、カフェでの朝食気分だ。朝の、ひんやりした風が心地良い。
「あっ、そうだ!」
ふと、また唯華が何かを思いついた表情となる。
「ここにハンモック張ってお昼寝するのも、気持ちよさそうじゃないっ?」
「おー、確かに。ちょとしたキャンプ気分? 的な?」
「的な的なっ」
ホント……どんな状況でも楽しみに変えてしまう唯華の姿勢には脱帽だ。
「んふっ」
なんて思ってたら、唯華はイタズラを思いついた時の笑みを浮かべる。
「一緒のハンモックで、お昼寝……しちゃう?」
「し……ちゃいませんっ」
一瞬否定の言葉が遅れたのは、その場面を想像してしまったから……というのと、もう一つ。
関連して、こないだの旅行で『事故』により一緒の布団で一夜明かしてしまったことを思い出してしまったからだった。
「そっかー、ざんねーん」
唯華はもう全然平気そうな顔だけど、俺は未だにあの時のことを思い出すとドギマギしてしまうんだよな……。
「あー……っと。とはいえ、昼からは流石に外じゃ暑いかもな」
「んー、それは確かに?」
その気まずさを誤魔化すのも兼ねて懸念点を口にすると、唯華もコテンと首を横に傾ける。それから、雲一つない青空を見上げた。
「今日も、良い天気だもんねー」
「ま、おかげで洗濯物は爆速で乾きそうだけど」
「暑い日はそれ助かるよねーっ。何回でも洗濯機回せちゃうっ」
「むしろ、目一杯洗濯物干しとかないとなんか損した気分になるまである」
「私もそれあるーっ。今日は、布団も干しちゃおっと」
「そうだな、俺も後で布団干しとこう」
なんて他愛もない会話を交わす中で、ようやく俺の気まずさも薄れてきたところで。
『ごちそうさまでしたっ』
ちょっと新鮮な気分での朝食を終えて、同時に手を合わせる俺たち。
それとほぼ同時に、ピンポーンとインターフォンの音が鳴った。
「あっ、私が出るね。たぶん、私が注文した荷物が届いたんだと思うから」
「了解、んじゃ俺ここ片しとくわ」
「ありがと、お願いねーっ」
家の中へと戻る唯華に続いて、俺もテーブルと椅子を折り畳んでリビングへ。
所定の位置に戻したところで、唯華が戻ってきた。
その手には、ダンボール箱が抱えられている。
「やっぱり私が頼んだ荷物だったー」
「何を頼んだんだ?」
「じゃーんっ!」
尋ねると、唯華は段ボール箱を開け……中に入っていたのは。
「毛糸、か」
「そーっ。冬に向けて、そろそろ用意しとこうと思ってっ」
なんて、唯華は鼻歌交じりに毛糸を取り出す。
「編み物も出来るんだ?」
「んっふっふー」
おっ? これは、かなり自信アリって顔だな?
「春先のちょっと寒い日に私がよく着てたカーディガン、覚えてる?」
「勿論。あの、桜色のやつだろ?」
「イェスっ! 実はあれ……私の、手編みなのでーす!」
「えっ、そうなんだ?」
これは素直に驚きだ。
てっきり店で買ったものだと思ってたし、今思い起こしてみても店で売ってるやつに勝るとも劣らない出来だったと思う。
あのヤンチャだった、ゆーくんが編み物……と考えると、数分で飽きて投げ出す姿しか想像出来なかったけれど。
今の唯華であれば……。
「確かに唯華って手先器用だし、毎日コツコツやる系の作業得意だよな」
「そーそー、ソシャゲのデイリー消化とかねっ?」
茶化す調子ではあるけれど、編み物をする姿がとてもしっくり来ると思った。
♥ ♥ ♥
「編み物は、暇だった時にちょっと試しにやってみるかーって思いつき程度で始めたんだけど。これが、意外とハマっちゃって」
なお、これはウソである。
だって……好きな人に自分の手作りのものを身に着けてもらいたいから、ずっと練習してただなんて。
ちょーっとだけ、重いような気がしなくもないじゃない?
でも、その努力もようやく報われる機会が……いや、まだだ。
「というわけで秀くん、採寸させてっ?」
何気ない調子で尋ねてみるけど、内心ではちょっとドキドキしている私。
「俺にも何か編んでくれるのか?」
「あったり前でしょっ。まずはセーターからでいい? 今からちょいちょいやってったら、ちょうど冬前くらいに完成すると思うから」
「ありがとう、嬉しいよ」
そもそも手編みの衣類を贈る時点で、ちょっと重い女なんじゃ……って懸念もあったんだけど、秀くんはホントに嬉しそうに思ってくれてる顔っ。
良かったー!
「じゃあはい、腕上げてー」
メジャーを手に取った私の指示に従い、秀くんは腕を並行に上げてくれる。
首、肩幅、胸、お腹、と順番にメジャーを当てていき……んふっ、これが今の秀くんの身体のサイズなんだー?
なんて、また一つ新しく秀くんのことを詳しく知れたことに私は内心でニヤニヤ笑っていた。
だけど、満足するにはまだ早い。
今回の作戦の本番は……むしろ、ここからなんだもんねっ。
♠ ♠ ♠
唯華がメジャーを当てている間、極力動かないよう姿勢を維持して。
「オッケー、採寸完了っ」
一通り測り終えたらしく、唯華は満足げに頷く。
「じゃあ次、私のも測ってー」
そして、メジャーを俺に差し出し………………んんっ!?
ちょっと待って、俺の聞き間違いじゃなければ……!
「えっ、俺が唯華のを測るの……!?」
「だって、自分じゃ測りづらいじゃない?」
「それはそうかもだけど……」
んんっ、やっぱり聞き間違いじゃなかったか……!
出来れば聞き間違いであって欲しかったというか……それは、その……許されるのか!?
色んな意味で!
「さっきの私と同じ感じでお願いねー」
とはいえ、当の唯華が平気な顔をしてるんだ。
俺だけが過剰に反応してしまうのも、なんというか……変なことを考えているようで、よろしくないだろう。
……全く考えていないのかと言えば、嘘になるのだけれど。
「……了解」
不承不承ながら、俺はメジャーを受け取って。
まずは、唯華の首にそっとメジャーを巻いて数字を記憶する。
続いて、肩幅。
それから……。
「……こっから先は、自分でやった方が良いんじゃないか?」
「こっから先が、自分だとやりづらいんでしょ?」
「……まぁ、そうなんだけど」
「次、バストお願いねっ♪」
唯華は、ニマッと笑って声を弾ませる。
さては、最初から動揺する俺を見て楽しむ作戦か……?
ならば俺は、無心で……。
「んっ……」
「っ、ごめんなんか変なとこ触っちゃったかっ?」
メジャーを唯華の胸にそっと当てた瞬間妙に艶めかしい声が上がったもんだから、俺は慌てて離れて両手を上げる。
「あっ、大丈夫大丈夫。ちょっと擦れてくすぐったかっただけだから」
……ちょっとメジャーが触れただけで、そんなにくすぐったいものなんだろうか?
「今、ブラ付けてないからさー」
「そうなの!?」
えっ、ちょっと待って、じゃあ俺は今、Tシャツ一枚でしか隔てられてない唯華の胸に、メジャーでとはいえ触れてしまったってこと……!?
「暑いからねー」
「そ、そういうもんなんだ……」
女性の、というか唯華の事情は唯華にしかわからないから納得するしかないけども。
「というわけで問題ないから、もっかいお願いね」
問題はだいぶあるんじゃないですかね……!?
「どうしたの?」
けれど、唯華はやっぱり平気そうな顔。
……まぁ確かに、『親友』を採寸するという状況自体は何ら不自然ではないんだけども。
「……じゃあ、測るから」
「ほいほい、いくつー?」
「は、はちじゅう……えーと……」
この情報は、ホントに俺が知っちゃって良いやつなのか!?
♥ ♥ ♥
必死に動揺を抑えている様子の秀くんから、自分のバストのサイズを聞いて。
「そっかー、前回測った時から変わらずだねー」
「……ソウナンデスネ」
何気なく言うと、秀くんはめちゃくちゃ気まずそうに返してくる。
そんな秀くんの耳に、唇を寄せて。
「秀くんの好きなサイズのまま、だねっ?」
「………………ソウデスネ」
囁きかけると、さっき以上に気まずげな声。
華音の誘導尋問の結果、秀くんは『私くらい』のバストが好みだと判明している。
ちょっとくらい上下しても大丈夫な感じみたいだけど……ちゃんと、秀くん好みのサイズをキープしとかないとだよねっ。
……さて、それはそうと。
今ノーブラなの、すっかり忘れてたぁっ!!
後に引けなくて平気なフリしてるけど、私なんか結構凄いことしちゃってない……!?
秀くんの手が、Tシャツ一枚でしか隔てられてない胸に、触れるか触れないのとこで動いてて……すっごく、ドキドキしちゃったよね……!
……まぁ、実際には指先一つさえ触れなかったんだけど。
秀くんも、男の子なんだしさー。
手が滑っちゃったー、って感じでちょっとくらい触ってくれても全然良いのにねー?
「じゃ、次お腹回りねっ」
「……ハイ」
期せずして最大の山場となったバスト採寸も終えて。
引き続き、ギクシャクとロボットみたいな動きで私のお腹にメジャーを当てていく秀くんの姿を楽しんでいたところ……。
──ヴヴヴッ
「あっ、私のスマホだ」
「ん? 俺のも震えた気がするぞ……?」
バイブ音が聞こえたから、テーブルの上に置いてあった自分のスマホを手に取る。
秀くんも、ほぼ同時に同じ動き。
すると、高橋さんからメッセージが来ていて──
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