第56話 旅行の始まり
皆での旅行、当日の朝。
遅刻者はなく、集合場所である駅前の広場には今回の参加メンバーが既に揃っていた。
「いやぁ、絶好の旅行日和ですねぇ!」
「めちゃくちゃ曇ってるけどね……」
曇天の元、溌剌と言う高橋さんに対して唯華が苦笑を返す。
「いえいえ! むしろ、だからこそですよっ! この夏場にカンカン照りの中で旅行なんて苦行と化しかねませんものっ!」
「なるほど、それは確かにそうかもなにゃー」
指を立てて力説する高橋さんに、衛太が頷いた。
「まぁ今日は移動のほとんどが電車ですし、山で降られちゃ目も当てられませんので快晴に越したことはないんですけどねっ!」
「お、おぅ……」
そして、速攻で前言を翻した高橋さんに衛太も乾いた笑みとなった。
「だ、け、どっ」
一方、高橋さんはニコリと笑う。
「私たちが旅立つ今日この日は、どんな天気だって一番の旅行日和ですよっ」
「うん……そうだね」
素敵な考えだと、これには俺も同意した。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
『おーっ!』
手を振り上げる高橋さんに、唯華と衛太が追随する。
『………………』
一人だけ手を上げていない俺に、視線と無言の圧が集中した。
「お、おーっ」
しゃーなしでノッてみたけど……これ、一人でやると余計に恥ずいな……。
「ふふっ、こういうのは変に恥ずかしがらずにノリでやった方が恥ずかしくないんだよ」
「……そうだね」
クスリと笑う唯華に、苦笑混じりに同意する俺なのだった。
♠ ♠ ♠
それから、駅構内に移動して。
「えっ!?」
ICカードで改札を抜ける俺たちを見て、なぜか高橋さんが酷く驚いた声を上げた。
「どうかした……?」
「皆さん……!」
尋ねる唯華を指差し、高橋さんは何やらわなわなと震えている。
「電車の乗り方、知ってたんですか!?」
『そりゃね……』
俺たち三人の苦笑と声が重なった。
「絶対、ピンポーン! って引っかかると思ってたのにー! 『あら、どうしたのかしら? 故障ですの?』って戸惑うやつだと思ったのにー!」
なんだか悔しそうにしている高橋さん。
期待に添えなくて申し訳ないけど、まず仮にその状況になったとしても俺たちの中に「あら、どうしたのかしら?」とか言うような人いないでしょ……。
「確かに、私も漫画とかではその展開見たことあるけど……」
「あれって、上流階級あるあるじゃないんですかっ!?」
「よっぽどの箱入りとかじゃない限り、電車の乗り方くらい知ってるんじゃないかな……」
「唯華さん、箱に入ってなかったんですか!?」
「うん、まぁ、私は割と箱から飛び出すタイプだったから……」
未だに、高橋さんの俺たちに対する謎のイメージは払拭されていないらしい。
♠ ♠ ♠
といった一幕もありつつ、無事に電車に乗り込んで。
「ホイートストンブリッジ」
「じ、じ……judgement!」
「流石はお嬢、ネイティブ発音ってやつだねぇ……と、と? ……あっ、等速円運動?」
「運動量保存の法則」
「凄いね、さっきからずっとノータイム回答だ九条くん……く、く、空、空集合!」
「う? う、う……うー……うつくしうて居たり?」
「それアリなの? 拾うとしても『いとうつくしうて居たり』でワンセットじゃない?」
「そっちの判定的にはアリですが、竹取物語は中学で習うので久世くんアウトです!」
「ぐえー、そうだっけ……?」
「私が鮮明に覚えているということが、中学校で出てきた証左です!」
頭に手をやる衛太に、高橋さんは自信満々で頷く。
現在、俺たちは電車のボックス席にて『高校で習う言葉しりとり』に興じていた。
「久世くん、またドベ2ですねーっ」
「そう言う高橋さんはまたドベだけどな……」
「あはっ、そうでしたーっ」
このルール、高橋さんは審判として優秀だけど高校の履修内容が曖昧なために本人はめちゃくちゃ弱い。
高橋さんの提案で始めたわけだけど、なんでこのルールにしたんだろう……まぁ、本人は楽しそうだからいいんだろうけど。
「あっ、お菓子なくなっちゃいますねっ。それじゃ、次はー……」
備え付けのテーブルに広げられたお菓子が減ってきたのを見て、高橋さんが自分のリュックを漁る。
やたらデカいリュックだと思ってたけど、どうやらお菓子が沢山詰め込まれているらしい……なんて思ったタイミングで、電車のアナウンスが流れて。
「っと、次で降りないと。片して片してっ」
『はーい』
唯華の声に、出したものを片付けてゴミをまとめる。
「もっと時間を持て余すかと思ったけど、全然そんなことなかったな……」
むしろあっという間だったように思えて、俺はふとそう漏らした。
「お友達と過ごす楽しい時間は、いつだってあっという間に過ぎちゃうものですねっ!」
「そうだね……本当に」
以前の俺だったら、きっと別の言葉を返していただろう。
でも、今は心から同意できた。
♠ ♠ ♠
と、いった感じで。俺たちの旅は、順調な滑り出しだった。
……少なくとも、この時点までは。
♠ ♠ ♠
電車を乗り継ぎ、目的地にたどり着いた俺たち。
最初は、談笑しながら楽しく山を登ってたんだけど……。
「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 誰ですか、どんな天気だって一番の旅行日和とか言ってたお馬鹿さんはぁ! ファッキンフェザーですーっ!」
さっき俺が名言だと思った言葉は、発言者本人によって否定されていた。
数分前に降り始めた雨は、どんどん激しさを増してきている。
幸いなのは宿泊予定のロッジの近くまでは来ていたことと、比較的体力自慢なメンツが揃っていることだろう。
「高橋さん、今日泊まるのあそこで合ってるかなっ!?」
「そのはずでーす!」
高橋さんに確認を取って、眼の前のロッジまでラストスパート。
「鍵、すぐ出せる!?」
「玄関は開けといてもらってるはずですー!」
「……そんな不用心なことある?」
「いえ……」
高橋さんは何か言いかけてみたいだけど、とりあえず最初に辿り着いた俺がドアノブに手をかける。
するとたしかに鍵は掛かっていないようで、あっさりとドアは開いた。
そして……。
「お待ちしておりました、皆様」
「……はいっ!?」
出迎えの声に俺が驚いた理由は、主に二つ。
一つは、単純に中に人がいるとは思ってなかったから。
そして、それ以上に。
出迎えてくれた、なぜかメイド服姿の女の子が……。
「一葉!?」
我が妹、九条一葉だったためである。
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