第88話 二人で汗だくに
嵐の夜から、一夜明けて。
どうせ今日は土曜だから、登校時の雨の心配とかは必要なかったけど……。
「おーっ、今日はカンカン照りだねーっ」
「ザ・台風一過って感じだな」
昨晩から一転、雲一つない高い青空をベランダから見上げる俺たち。
「停電、昨日のうちに復旧してくれて良かったねーっ」
「電力会社の方々の尽力にマジ感謝だな」
電気は昨晩、寝る直前くらいに復旧した。
その時、ホッとした面持ちで微笑みを交わし合った俺たちだけど……お互いの目に、ちょっとだけ残念な気持ちも宿っていたと思う。
「にしても、今日は暑くなりそうだー」
「てか、今の段階でまぁまぁ暑いわ……」
俺はちょっと苦笑しながらエアコンのリモコンを手に取って、冷房を入れた……が。
「……あれっ?」
何度電源ボタンを押してもエアコンはウンともスンとも言わず、首を捻ることになった。
リモコンの画面は付いてるから、電池切れってわけでもない。
「ちょっと、本体で操作してみるか……」
薄々嫌な予感はしつつ、本体のスイッチをオンに。
それでも、やっぱり反応はなかった。
「わっちゃー……昨日の停電で、なんか変な負荷かかっちゃったかなー?」
「っぽいな……」
停電前までは問題なく稼働してたので、きっかけはたぶんそれだろう。
「しばらく、エアコンなしかー」
「ちょいキツいかもな」
ちなみに、各々の部屋のエアコンは生きているんだからそれぞれの部屋にいればいい……という正論は。
俺たち二人、どっちも口にはしない。
なんかもう、一人の時の方がちょっと落ち着かない気さえするし……なら、どっちかの部屋で一緒に過ごせば良いのではないかと言えば。
別に口に出して約束したわけじゃないけど、暗黙の了解として。
俺たちは、互いの部屋にはあんまり長居しないようにしていた。
だって、その……ベッドがあるとこに二人でいると、その……変な気分に、ならないとも限らないというか?
そうなる可能性も、あくまで可能性としては考えられないことはないかも的な?
いや勿論、何もしないけどね?
結局俺たちは……リビングでの距離感くらいが、『ちょうどいい』。
……今は、まだ。
それに。
「だーけーどー?」
「おうよ」
お互い、不敵な笑みを浮かべ合って……。
♠ ♠ ♠
数分後。
「っは、辛ーっ!」
「激辛の名に恥じないパンチ力だな……!」
俺たちは朝食として、激辛カップ麺に挑戦していた。
「あはっ、秀くん汗だくー」
「唯華だって。もうこれ、暑くて汗かいてるのか辛くて汗かいてるのかわかんねぇな」
暑さと辛さの相乗効果で、二人共汗びっしょりだ。
暑い時こそ、辛いものを。
どうせ汗をかくなら、いっそ全力でかいてやろうの精神である。
暑さだって、唯華となら楽しむ要素の一つになるのだった。
それに、これだけ汗をかけば外から吹いてくるぬるい風でもだいぶ涼しく感じられる。
『こちそうさまっ』
ほぼ勢いのまま、俺たちは同時に激辛麺を食べ終えた。
「ふぃー、こんだけ汗かくと気持ち良いねーっ」
「だなー。でも風邪引かないよう、この後でシャワー浴びないとな」
「今シャワー浴びたら、絶対気持ちいーっ」
……ちなみに。
夏休み初期に、汗でシャツが透けて……という姿を俺に晒してしまった唯華は、それ以降は透けない素材のシャツを常用してるみたいだ。
俺としても、目のやり場に困るようなことがなくって助かっている……のは、良いんだけど。
暑さ対策だろう。
今の唯華はちょっと丈の短いTシャツにホットパンツっていう、いつも以上にラフな格好だ。
大胆に晒された、健康的な肉付きの太ももが……いやいや、水着の時はもっと大胆な露出だったんだ。
今更この程度で動揺する俺じゃない……ですよ?
……とはいえ。
「ふーっ、こうしてるとちょっと涼しーっ」
ただでさえ短いシャツの裾をパタパタさせているせいで、チラチラとおへそが……いや、それこそ先日の水着の時はずっと丸見えだったんだし……なんて考えていると。
「んふっ」
唯華が、ニンマリと笑った。
「見たいの?」
「っ!?」
ペロンと大胆にシャツの捲り上げるもんだから、完全におへその姿が顕に……!
「あっ、これ結構涼しいかもー」
「はしたないからやめなさい……!」
「ふふっ、お祖母様みたいなこと言うじゃーん」
先日の海で、散々見たはずだけど……逆に。
あの時よりも全体的に露出は少ないからこそ、出ている部分についつい目がいってしまう。
「秀くん、おへそフェチなんだー? へー、なんだかエッチだねー?」
「別に、そういうわけじゃ……」
と、俺をからかうモードの唯華だったけど。
「ひゃんっ!?」
突如、悲鳴と共に跳び上がった。
「どうした……!?」
「何かが、背中に入ってきて……! ヤダヤダヤダ、蜘蛛じゃないのこれ!?」
と、いうことらしい。
「秀くん、取って取って取ってー!」
「………………俺が!?」
想定外の言葉すぎて、一瞬理解が追い付かなかった。
「だって自分じゃ見えないし、私蜘蛛触れないもーん! 秀くん、早くお願ーいっ!」
「あっ、おぅ……」
色々と言いたいことはあったけど、とりあえず今は涙目の唯華の救出を最優先とする。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ見る……ぞ?」
唯華の背後に回った俺は、慎重にシャツの襟口を引っ張って中を覗こうとする……と。
「そんなんじゃ見えないでしょ!」
「!?」
唯華自身の手によりグイッと襟口が引っ張られ、大きく視界が開けてしまった……!
思わず下着の線に……目を、やるなっての!
「ねっ、ほらいるでしょブラ紐のとこぉっ!」
んんっ……!
まさにその辺りでしたか……!
しゃーなしで……余計なことは考えず無心で、目をやると。
確かに、モゾモゾと動く小さな蜘蛛の姿を発見することが出来た。
俺はそっと手を伸ばし、蜘蛛を指で捕まえ……ようと、したところ。
「んぅっ……」
「っ……!」
背中にちょっと触ってしまったみたいで、唯華が大きく身じろぎし。
俺は変なところを触ってしまわないよう、慌てて手を引き抜く。
「あ、あんまり動かないでほしいんだけど……」
「ごめん……こないだ海でも思ったけど、私背中が弱いみたい……」
その情報は、本当に俺が知って良いものなんだろうか……。
「ひゃぁん!?」
「今度はどうした……!?」
「ヤダ、お尻の方に来ちゃったぁ! ほら、こっち! 取って取って!」
「んんっ……!? 流石に、ホットパンツの中に俺が手を突っ込むのはちょっと……! だいぶマズいと思うのですが……! いやだからって、脱ごうとしないで!? あっ! 出てきた出てきた! これで脱がなくても取れるから!」
「えっ……? ひゃぁん!? やっぱ蜘蛛じゃーん!? 取って取ってー!」
「オーケーオーケー、捕まえ……たっ! うぉっ、今度は俺のシャツの中に!? このっ……! 今度こそ……! よしっ! ……ほら、外に逃したからもう大丈夫!」
なんて、てんやわんやで蜘蛛を逃し。
「はぁっ……秀くん、ありがとー……」
「どういたしまして……」
俺も唯華も、ちょっとぐったり気味だった。
流石に、暑い中で騒ぎすぎたな……と、しばしそのままぼんやりしていたところ。
ピンポーン、とインターフォンの音が鳴った。
『はーい……?』
俺たちは、揃って玄関へと向かう。
別に二人で行く必要なんてないんだけど、二人共判断力が鈍っていた。
そう……判断力が……鈍って、いたんだ……。
『はい……』
二人並んで、玄関の扉を開けると。
「グッモーニー……! ……ン」
そこに立っていたのは、華音ちゃんだった。
涼しげな白いワンピース姿で、手にはスイカを持っている。
あと、なぜか元気な挨拶が途中で萎んでいった。
かと思えば……何やら、とても良い笑みを浮かべて。
「これはこれは、おっ邪魔しましたーっ」
と、そのまま向こうから扉が閉められた。
『……?』
俺たちは、怪訝な顔を見合わせて。
『っ!?』
その瞬間、理解した。
今の俺たちの姿はというと……汗だくな上に着衣は乱れてて、ちょっと息も荒らげている……という状態で。
つまりは、その……『最中』に慌てて服を着て出てきた……という風にも、見えなくはなかった。
俺たちは、慌てて再び玄関の扉を開ける。
「華音ちゃん、ちょっと待って!」
「誤解だから! そういうんじゃないから!」
既に立ち去り始めていた背中に声を掛けると、華音ちゃんはクルリと振り返った。
その顔には、やっぱりとても良い笑顔が浮かんでいる。
「いやいや、事前に連絡せずに来ちゃった私が悪いんでっ! 改めてまた午後にでも……あっ。朝から、ということは……もしかしてぇ? 今日は一日中のつもり……って、ことかなっ? オッケー! 日を改めるねっ!」
「何かを察さないで!? 改める必要ないから!」
「ていうか、妹に『そういう』気遣いされるのなんか心にクるからやめて……!」
この後、二人でめちゃめちゃ華音ちゃんに事情を説明した。
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