SS2 昨日、推しが結婚した

 昨日、兄夫婦推しが結婚しました。


 本日、お二人はそのご報告のために実家ウチに訪れてらっしゃいます。

 兄さんはお爺ちゃんのところへお話しに行ったので、今はリビングに私と義姉さんの二人だけ。


「義姉さん、改めて……ご結婚、おめでとうございます」


「ありがとう、一葉ちゃん」


 心よりの笑顔でお祝いの言葉を送ると、義姉さんも微笑んでくださいます。


「それにしても、一時期はどうなることかと……義姉さん、ご無事で良かったです」


 先日、血相を変えた兄さんが突然帰って来た時は何かと思いました。


 しかも、義姉さんが攫われただなんて。

 本当にどうなることかと思いましたが……兄さんが無事取り戻してくれたようで、何よりでした。


 ただ……。


「あはは……その節は、ご心配おかけしました。私が勘違いしてただけで、実際には危機でも何でもなかったんだけどね」


「それなのですが、結局のところ何があったのですか? 兄さんに聞いても、『何も問題なかったよ』と言うばかりで……」


「あー……たぶん、私の恥ずかしい勘違いを言わないでくれてるんだろうね。実は……」


「あの、恥ずかしいということでしたら無理にはお聞きしませんが……」


「ん、一葉ちゃんも凄く心配してくれてたんでしょ? 聞く権利はあると思うから」


 そう前置いて、義姉さんが話し始めた内容は……。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



「というわけでね、色々あったけど……そのおかげで、お婆様とも和解出来たの」


 あの日のことを、一通り話し終えて。


「……えっ!?」


 思わず驚きの声を上げちゃったのは、一葉ちゃんの目からつぅと涙が溢れ出たからだった。

 ただ、なぜか顔に浮かぶのはアルカイックスマイル。


「一葉ちゃん、どこか痛いの!? それとも、もしかして今の話に何か嫌とことかあった……!?」


 慌てて尋ねるけれど、原因がわからず私はオロオロするばかり。


「ご安心ください……ちょっとしたオーバードーズが発生しているだけですので」


「それはあんまり安心出来なくない……?」


 ゆっくり首を横に振る一葉ちゃんだけど、言っている意味はよくわからなかった。


「義姉さん」


 そう言いながら一葉ちゃんはポケットに手を入れて、取り出したのは……財布?


「申し訳ございません……今、手持ちがこれだけしかございませんため」


 そして、私の方に一万円札をスッと差し出してくるけれど……。


「えっ? どうしたの急に? それ、何のお金……?」


「何って……課金ですが?」


 えっ、なんでそんな「当然ですよね?」みたいな顔なの……?


「課金って、どういうこと……?」


「え……?」


 私の返しに、一葉ちゃんはいかにも意外そうに目をパチクリ瞬かせる。


「ま、まさか……」


 それから、なぜかわなわなと震え始めた。


「課金システムが……存在、しないのですか……!?」


「えーと……存在するかしないかで言うと、存在しないんじゃないかな。たぶんだけど」


「いけません、義姉さん! コンテンツの安売りは、巡り巡って業界を衰退させます!」


「何の話……?」


「それでは、グッズを! グッズを購入しますので!」


「グッズって何……? どういうこと……?」


「大丈夫です! 推しが日常的に使っている感のあるものが望ましいとの声にも理解は示しますが、私的にはお二人のご尊顔がドンッとプリントされたTシャツとかでも全然オッケー派ですので!」


「なんで、それなら流石にありますよね的なテンションなの……?」


 どうしよう、本格的に一葉ちゃんが何を言っているのかわからない……。


「……ハッ!?」


 かと思えば、一葉ちゃんはなんか突然我に返った様子に。


「……申し訳ございません、少々取り乱しました」


「そ、そう……」


 正気を取り戻してくれた? みたいで良かったけど……大丈夫なのかな……?


「くっ……! ですが、課金出来ないとなれば私のこの気持ちはどうやって公式に届ければ……!」


 何やら、悔しげに拳を握る一葉ちゃんだけど。


「……そうか!」


 今度は、天啓を得たみたいな表情に。


「なければ……作ればいい」


 悟りを開いた人って、こんな感じの顔になるのかなぁ……?


「義姉さん」


「あ、はい?」


 今度は何を言い出すのかと、思わず敬語で返事してしまった。


「ご結婚祝いの品ということでしたら……受け取っていただけますよね?」


「あ、うん、それはもちろん」


 だけど今度こそはちゃんと私にもわかる話で、それなら断る理由はない。


「これなら課金出来る上に、私が贈ったグッズが実質公式グッズになるという神返礼まで……! 全力案件ですね……!」


 ブツブツと呟く一葉ちゃんだけど、目は輝いてるから大丈夫……かなぁ?


「すみません、義姉さん! 所用が出来ましたため、本日はこれにて失礼致します! 」


「あ、はい……」


 結局私の理解が及ばないまま、一葉ちゃんはリビングを出ていってしまった。


 それと、ほぼ入れ違いで。


「なんか今、すげぇ鼻息の荒い一葉とすれ違ったんだけど……何かあったの?」


 戻ってきた秀くんが、そう尋ねてくるけれど。


「たぶん何かあったとは思うんだけど、私には何があったのかわからない……かな」


「……?」


 秀くんは不思議そうな顔をしているけれど、私にはそう答えることしか出来なかった。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 後日。

 一葉からの、結婚祝いの品物が届いた。


 オシャレなペア食器セットで、俺と唯華のイニシャルが自然な感じでデザインの中に溶け込んでいる。


 訊けば、一葉自らがデザインしたのだとか。

 妹の意外な才能に感心しつつ、ありがたく使わせてもらっていた。


 なお、一緒に届いた俺と唯華の顔写真がデカデカとプリントされたシャツについては丁重にクローゼットに収納させていただいている。






―――――――――――――――――――――

実験的に、タイトルを少し変えてみました。

今後ちょいちょい変えていくかもしれませんが、内容に変わりはございません。

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