第28話 今日は家に推しがいる
子供の頃の私は、唯華さん……ゆーくんのことが、あまり好きではありませんでした。
大好きな兄さんを、いつも連れて行ってしまう存在だから。
優しい兄さんはそれでもちゃんと私との時間も取ってくれましたが、ゆーくん出現前に比べてその頻度が落ちたのは明らかです。
だから、ゆーくんが引っ越してしまうという話を聞いた時。
正直に言えば……嬉しい、と思ってしまったのです。
ですが、当時の兄さんの落ち込みっぷりは私の幼心にもハッキリ刻まれている程で。
長い年月を経て、ようやくその陰も見せなくなってきたというのに。
十年も経ってようやく戻ってきたかと思えば、結婚ですって?
どれ程、兄さんの人生を掻き回すというのでしょう。
そんな怒りを持って……私はこんな結婚認めないって言ってやつつもりで行った、両家顔合わせの席でした。
そこで、唯華さんは……義姉さんと、兄さんは。
「秀くんっ、トマト好きだよねっ? 私の分もあげるねっ」
「ははっ、唯華が食べたくないだけだろそれ」
まるで幼い頃からずぅっと一緒にいたかのように、自然と話していたのです。
ただ、もちろん何もかもが昔と同じというわけではなくて。
「ねぇ、秀くん」
かつて男子のようにガサツで女性らしさの欠片もなかった義姉さんは、美しく成長しており。
「私ね、秀くんにまた会えて」
彼女が兄さんに向ける目に宿る感情は、決してただの友情だけではなくて。
「本当に、嬉しいなっ!」
恋する乙女のものでした。
「あぁ……俺もだよ」
一方で、兄さんの方は……少なくとも表面上は、友情のみを感じているように見えます。
ですが、成長した義姉さんの女性らしさを意識してしまい……そんな自分を、律しているようにも見えました。
たぶん、お互いに相手が自分に対して抱いている感情は純粋な『友情』だと思ってらっしゃって。
きっと、それだけじゃない。
この少し歪な関係性に気付いた瞬間、私の心は決まったのです。
「激エモ案件やんけぇ……!」
推せる! と。
◆ ◆ ◆
こうして、推しカップルを遠くから見守る限界オタクが誕生しました。
普段のお二人を間近で観察出来ないのはとても残念ですが……ある意味、ちょうど良いとも言えましょう。
供給過多だと心臓が保たないので、今日のようにたまにボーナスデーが訪れるくらいで良いのです。
「ん……? どうした一葉、気分でも悪いのか?」
「いえ、むしろ気分は絶好調です」
私が俯いてしまっていたせいで心配をかけてしまったようで、スンと真顔で背筋を伸ばします。
「そ、そうか……」
納得いただけたようで、兄さんは義姉さんの方に視線を戻し。
「あれ……唯華、何やってんだ?」
上半身を大きく捻って顔を逸らしている義姉さんに、疑問を呈します。
「や、ちょっと鼻の頭が痒くて……」
と、義姉さんはおっしゃいますが。
見ずとも、私にはわかります。
義姉さんは、先程の兄さんの義姉さんのことが「何よりも大切」発言を受けて緩みきってしまった頬を必死に戻している最中なのです……!
兄さんからたまに繰り出されるクリティカルヒットにより、義姉さんの乙女心がノックアウト寸前なのです……!
はぁっ、尊みぃ……!
「ん゛んっ! はぁっ、痒かった!」
ですが、基本的には主導権は義姉さんにあると言って良いでしょう。
さぁ義姉さん、彼シャツの次はどのような手を用いて兄さんを陥落せしめんと画策されるのですか……!?
「………………」
む……? どうしたのですか、私の方などチラリと窺って。
「ごめん、ちょっと冷えてきたからシャワー浴びてきてもいいかな?」
かと思えば、兄さんの方に視線を戻してそう尋ねます。
「あぁ、もちろん」
「あと、一葉ちゃん。シャワーの後に着る服、借りてもいいかな?」
なるほど、先程の視線はそういうことでしたか。
彼シャツだけでは飽き足らず、シャワーで上気した姿で更にアピールするという算段ですね?
いいでしょう、そのためならば私のせくしーこれくしょんなどいくらでも使ってください。
「……えぇ、喜んで」
言葉通り、喜びを噛み締めて私は頷いたのでした。
◆ ◆ ◆
……ですが、しばらく後。
「……どういうことでしょう、これは」
私は、思わずそう漏らしていました。
義姉さんが選んだのは分厚いトレーナーで、明らかに露出が減っています。
ですが、その時点では私もさほど疑問には思っていませんでした。
なるほど、露出を増やすだけが手ではないということですね?
そこから、どう展開していくおつもりなのでしょう?
と、むしろ義姉さんがどんな作戦を立てているのかワクワクしていたのですけれど。
「そうそう、あったな! 空飛ぶお寿司事件!」
「秀くんがお皿ひっくり返しちゃって、一つだけ残ったお寿司が宙を舞ってさ」
「なんでかわかんないけど、俺はボーッとそれを見上げてて」
『口の中にダイレクトイン!』
「私がビックリして固まってる中で、秀くんは普通にモグモグしてさ。そんで、何事もなかったかのように『うん、美味しい』って」
「我ながら、その状況で味の感想かいって感じだよな」
「秀くんって、時々謎の大物感があったよね」
「いや、あん時はあの状況でどうすればいいかわかんなくてパニクった結果なんだよな……」
一向に色気のある雰囲気になることもなく、思い出話で盛り上がるお二人。
気が置けない幼馴染感が良く出ており、これはこれでエモいのですが……。
私が独自に調査し算出した計算式に当てはめれば、既に義姉さんが二回は
何か障害でもあるのでしょうか……?
だとすれば……少々、主義には反しますが。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「義姉さん」
「うん? 何かな?」
秀くんがトイレに立ったタイミングで、一葉ちゃんが話しかけてくれる。
良かった、私とは口もききたくないって感じではないみたい。
「何かあったのですか?」
「うん……?」
ただ、その問いかけの意味はちょっとよくわからなかった。
「ごめん、何のことかな……?」
「帰って早々イチャコラしたかと思えばすかさず彼シャツなどという飛び道具まで用いていた義姉さんが、ここしばらく随分と大人しいではないですか……と思いまして」
えっと……これは、嫌味……なのかな?
「あー……ごめんね、さっきは一葉ちゃんの見てる前で。今後はちゃんと自重するから……」
「は!?」
突如、クワッと目を見開いて叫ぶ一葉ちゃん。
「自重など、とんでもない!」
んんっ……?
「私の存在は、ガン無視でオーケーです! 空気だと思っていてください! 大丈夫です、元より私は義姉さんたちの部屋の壁とか天井になりたいと思っているタイプですので!」
私はこれ、何を言われているのかな……?
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