第21話 あなたとの幸せ

 昨日の晩のこと、熱に浮かされてたけど記憶はちゃんと残ってる。


 秀くんに言ったこと……お願いしたこと、全部。


 だけど、狙ってやったわけじゃないっていうか……あの時の私は熱でぼんやりしてわけわかんなくなっちゃって、頭ん中のことがだだ漏れみたいな状態だったんだよね……。

 それにしたって、秀くんに全身を拭かせるとか何してんの私ぃ!? って感じだけど……!


 おかげでなんだか今も全身に秀くんの手の感触が残ってるみたいで、なんだかドキドキする……じゃなくて!

 秀くんに申し訳ない気持ちでいっぱいだよ……!


 秀くんはあくまで紳士的に、優しく汗を拭ってくれたけど……こんな形で初めて下着姿を晒すことになるだなんて、あまりに計算外だし!


 ……というわけで。


「昨日はありがとね、秀くん。私が眠るまでずぅっと看病してくれて」


 なかったことに・・・・・・・しました・・・・


 私は、何も覚えていない。

 世界は主観であり、覚えていない過去は存在しなかったのと同義である。


 そういうことに……してくださいっ……!


 それに……ちょっと、際どい・・・発言もしちゃったしね。


 秀くんと私の、『好き』は違う。

 それは、私の胸に秘めておかなきゃいけないことだから……今は、まだ。


「ははっ……昨日から何度も言ってるけど、大したことはしてないって」


 幸いにして、秀くんは私があの時のことを覚えてないってすっかり信じてくれてるみたい。


 騙してるみたいで、心苦しくはあるけど……ここは、飲み込んでおく。


「しかし、昨日の唯華は子供に戻ったみたいでちょっと可愛かったな」


 これはたぶん、夕方にリンゴを食べさせてもらったりした時のことだよね?


「ちょっとー、それは普段の私は可愛げがないってことー?」


 というわけで、わざとらしく唇を尖らせながら不満げに返す。


「ははっ、もちろん普段から唯華は世界一可愛いけどな」


 えへへ、世界一可愛いだって……って、危ない! 顔が緩みそうだった……!

 冗談めかしてるとはいえ、不意打ちは効いちゃうんだってぇっ……!


 秀くんの前では、クールにクールに……!


「そんな世界一可愛い私が更に可愛くなっちゃうんなら、秀くんのために定期的に熱を出しちゃおっか……」


「唯華」


 なー、って続けようとしたところで、真顔で私の両肩に手を置いた秀くんの言葉に遮られた。


「身体は、大切にな」


「えと……」


 静かな声ながら妙に迫力があって、思わずたじろいじゃう。


「くれぐれも、身体は大切に……な?」


「あ、はい……」


 有無を言わさない感じの圧力に、私は頷くしかなかった。

 昨日の晩みたいなことは二度と起こさせない、っていう秀くんの覚悟を感じるね……。


「そ、それはともかくっ」


 笑顔を浮かべようとしたけど、ちょっと強張ってるのを自覚する。


「私もすっかり良くなったし、今日こそお出掛けしよっ」


「……いや、待て」


 あ、あれ……?

 てっきり秀くんもすぐに同意してくれると思ったんだけど……。


「万一ってこともあるからな。大事を取って、今日は家でゆっくりしよう」


 あっちゃー、完全に藪蛇だったなぁ……でも、これに関しては私の自業自得だよねぇ……。


「……はぁい」


 なので、秀くんの意思を尊重して頷いておくことにした。


 それに……私のことを心配してくれての言葉なのは、間違いないんだしねっ。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



「それじゃ秀くん、何するっ? ゲーム? DVD観る? それとも、久々にボドゲでもやろっか?」


 割と強引にお出掛けを却下してしまったわけだが、幸いにして唯華はすぐに気を取り直してくれたみたいだ。


「そうだなぁ……」


 家でだって、何をするにせよ唯華となら楽しいに違いないと俺も候補を考え……かけて。


 ふと、頭をよぎったことがあった。

 そうか……唯華が、昨日のことを覚えてないなら……。


「その前に、ちょっといいか?」


「うん? どうかした?」


 表情を改める俺に、唯華は不思議そうに首を捻る。


「ちょっと、唯華に伝えたいことがあってさ」


「えっ、なになにそんな改まって。怖いなー、もしかしてお説教とか?」


 軽い調子で茶化す唯華が、昨晩言ってたこと。


 あれが、もしも普段から抱えている想いなんだとしたら。

 もしも、自分だけが何かを享受しているんだなんて……そんな、勘違いをしているのなら。


「ありがとな、唯華」


 これだけは、改めてもう一度伝えておくべきだと思った。


「えっ、っと……?」


 唐突に礼を言ったもんだから、当然ながら唯華は戸惑った様子だ。


「俺の隣に戻ってきてくれて。俺の世界を広げてくれて。俺を、結婚相手に選んでくれて……ありがとう」


「……あはっ、急にどうしたの?」


 なんて、唯華は軽く笑う。


「んっ、ちょっと改めて思う機会があってな」


 そう。

 昨日、唯華に礼を言われて……唯華に礼を言って、改めて感じたんだ。


「今、幸せだなって。唯華から、沢山の幸せをもらってるんだなってさ」


「ふふっ、相変わらず秀くんは大げさだなぁ」


 唯華は、クスリと笑う。


「でも」


 それから、笑みを更に深めた。


「それは、私だって同じだよ。秀くんのおかげで、今……すっごく、幸せだから」


「そっ……か」


 その微笑みが、本当に幸せそうなものだったからだろうか。

 思わず見惚れてしまいながら、なぜだか変に高鳴っていく己の心臓の位置に半ば無意識に手を当てる。


 唯華はこう言ってくれるけど、俺が唯華に対して何か出来ているのかは正直わからない。

 それでも……唯華の『幸せ』に、少しても貢献出来ているというのなら。


 心から、嬉しく思う。



   ◆   ◆   ◆



   ◆   ◆   ◆


「さてっ、今日はやっぱりボドゲにしよう。私、取ってくるねっ」


「あ、おぅ……サンキュ」


 今思いついたって感じで言いながら、秀くんに背を向けて……その瞬間、頬が一気に熱を持っていくのを自覚する。


 ど、どうにかギリで耐えられたぁ……!

 もう……ホントに秀くんったら、相変わら不意打ちな上に言葉がストレートなんだから……!


 でも……だからこそ、本当にそう感じてくれてるんだなぁって実感出来る。


 本当は、ちょっと不安なところもあったんだ。

 私から提示したこの結婚、秀くんにとっては実質他に選択肢がなかったから選ばざるを得なかっただけで。


 嫌々とまでは言わないまでも、色々と妥協して我慢して無理に私に合わせてくれてるんじゃないかって。


 熱に浮かされてたとはいえ唐突にお礼なんて言っちゃったのは、そんな私の懺悔みたいなものだったんだと思う。


 もちろん、妥協や我慢が全くないってわけじゃないんだろうけど……それでも、秀くんも幸せだって感じてくれているなら。

 私の存在が、少しでもそれに繋がっているのなら。


 それこそが、私にとって一番の……『幸せ』、だなぁ。

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