第66話 無人島で見たものは

 サンオイルミッションも、今度こそ無事に完遂し。


「っしゃ、俺の勝ちだな!」


「うわー、悔しい! 最後追い上げきれなかったー!」


 ゴールに設定していた島まで泳ぎ着いて、勝鬨を上げる俺と悔しげな唯華。

 最初は浅瀬の方で水の掛け合いとか浮かれたカップルみたいなことやってたんだけど、なんやかんや白熱していって遠泳勝負にまで発展したのが俺たちらしいと言えよう。


「帰りは、ゆっくり泳ごうな……」


「そうだね……」


 唯華の浮かべる微苦笑には、流石に疲労の色が見える。俺も似たようなもんだろう。


「ねっ、休憩がてらこの島の探検してみないっ?」


「いいけど……大丈夫なのか? 色んな意味で」


「うん。ここ、歩いて一周できるくらいのちっちゃい無人島なんだけど、前は人も住んでたから危険とかないし。上陸許可申請も、ちゃーんと提出済みだよっ」


「流石、手抜かりないな」


 いつの間にか事前準備も完了していたらしく、微苦笑が漏れた。


「なんなら、一泊ここでキャンプしても良かったんだけどねー」


「ただ、そうなると天気が心配ではあるかもな」


「そーそー、予定通りに帰れなくなっても困るしさ。あっ、今日の昼間は降水確率〇パーだから安心してねっ」


「キッチリとフラグまで潰してるな……」


 なんて話ながら、並んでゆったりと砂浜を歩き始める。


「でも」


 トトトッと少し早足で先行してから、唯華が振り返った。


「秀くんとなら、無人島に閉じ込められたって楽しめると思うけどねっ」


「……そうだな」


 俺も、想像してみると……唯華と二人ならどんな困難でも乗り越えられると思えたし、なんだかんだでそれも楽しそうだ。


「一生ここで二人きりで過ごすことになっても、全然平気な気がするよ」


 ……あっ。


 また、なんか恥ずかしいこと言ってしまった気がするよな……。



   ♥   ♥   ♥



「ふふっ、流石にどっかで脱出はしようよ」


「……だよな」


 背中越しに、秀くんのちょっと気まずげな声。

 私の言葉が前に向き直って歩き出しながらのものだったのは、いつも通りニヤけちゃってる顔を隠すため。


 だってもう、秀くんったらサラッと当たり前みたいにさぁ……!

 一生二人きりでもって……そんなのもう、プロポーズじゃん!

 あっ、むしろもうプロポーズはとっくに受けてた!


 なんて、秀くんから見えないのを良いことに存分にニヤニヤする私なのだった。


 それからしばらく、私が少し先行する形で海岸沿いを歩いていた私たちだったけど。


「いやぁ、しかしアレだねぇ」


「だなー」


 そのやり取りだけで、お互いが同じことを考えていることがわかった。


『思ったより何もない』


 そう……無人島らしいイベント的なものが、何も起こらない。


 現実なんてこんなもん、っていうのはそりゃそうなんだろうけど……。

 もうちょっと、テンション上がる光景とか、変なものが流れ着いてるとかあるかと思ったんだけどなぁ……。


 これじゃ、向こうの砂浜を散策しててもあんまり変わんない気がする……ということで。


「ちょうど半分くらいのとこまで来たし、後は内陸部を突っ切っていこうかっ」


 と、島の中心にある森の方を指して提案してみる。

 ちょうど、人が住んでた頃に使ってたっぽい道が見えたから。


「危険じゃないか……? 裸足だしさ」


 秀くんの心配も、ご尤も。だけど……。


「じゃんっ!」


 私は、身に着けてた防水バッグからサンダルを二つ取り出した。


「ホントに準備万端だな……」


「こんなこともあろうかと、ってね」


 感心半分呆れ半分って感じの秀くんに、胸を張って返す……と、そっと目を逸らされた。

 しまった、水着なの忘れてた……!


「さっ、これで大丈夫でしょ?」


「オッケー、そこまで準備してくれてたんなら行こうか」


 恥ずかしさをドヤ顔で誤魔化す私に、秀くんも今度こそ頷いてくれる。


 そうして私たちは、サンダルを履いて意気揚々と森の方へと歩き出した。


「水着で森の中を歩くっていうのも、なんだか新鮮だねー」


「海岸より涼しくて気持ち良いな」


 なんて言いながら歩くこと……しばらく。


 ──ガサガサッ!


『っ!』


 少し向こうの茂みが不自然に揺れて、私たちは同時にちょっと身構えた。


 ただ、何かが飛び出してくるような気配はなさそう。


「……野生動物かな? 見に行ってみよっか?」


「それは流石に危ないだろ……」


「毒持ってるような危険な動物は生息してないはずだから、最悪でも痛いで済むでしょ」


「痛いまでは許容する姿勢も問題だと思うんだが……」


 ワクワクして小声で提案する私に、秀くんは慎重論。


「……俺が前で行くから」


 けど、結局そう言って先に歩き始めてくれた。


「唯華の肌に傷なんて付けるわけにはいかないからな……」


 それは私に言ったっていうより、自分に言い聞かせるような口調。

 こういう時、サラッと守ってくれるのが今の秀くんの頼もしさだよね。


 でも、勿論秀くんに怪我をさせるわけにもいかないから……足音を立てないよう、慎重に慎重に……と、近づいていって。


「っ!?」


 茂みの方を覗き込んだ秀くんが、なぜか固まった。


「……?」


 何か危険な動物がいた、って風でもないみたいだけど……?

 と、私も秀くんの背中の横からひょいを顔を覗かせて見てみると。


「んっ……! ちゅっ……」


「はぁっ……!」


 水着姿の若い男女が、声を押し殺して……その、濃厚に口付けを交わしており……まぁなんというか……。

 ……致す、直前のようだった。


 盛り上がってるみたいで、私たちの存在には気付いてないみたいだけど……。


『………………』


 私と秀くんは同時に顔を見合わせ……すぐに、猛烈な勢いでこれまた同時に逸らした。


 そしてさっき以上に慎重に、だけど出来る限り迅速にその場を離れたのだった。



   ♥   ♥   ♥



 茂みを出たら、今度はダッシュで一気に砂浜まで駆け抜けた私たち。


『……ふ、ははっ』


 それが何の笑いなのか、たぶんお互いわかってない。


「お、俺たち以外にも来てる人がいたんだなっ」


「だねー」


 いやだって、今の私たちもあの人たちと変わらない恰好っていうか……何なら私の方がさっきの女の人より露出度高いくらいで……。

 それってつまり、その……『その気』さえあればすぐに『そういうこと』に到れるっていうのが、なんかこう目の前に示されてしまった感があるというか……。


 チラリと目を向けると、秀くんの逞しい胸板が目に入ってきて……どうしても、そこに掻き抱かれる自分の姿を想像してしまう。

 私たちも、いつかあんな風に……あぁもう、想像するだけで恥ずかしいけど……!


 でも……それはきっと、すごく幸せな瞬間なんだろうなとも思う。


「ん゛んっ……! 帰りも、競争すっか!」


「さんせーっ!」


 悶々してる時は、思いっきり身体を動かすに限るよね!

 というわけで秀くんのナイス提案に、私たちは来た時以上のデッドヒートを繰り広げて今度は私が僅差で勝った。


 最後に勝敗を分けたのは、煩悩の強さの差だったのかもしれない。






―――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

書籍版2巻、今回は以下のお店でSS付きの特典がございます。

メロンブックス様:書き下ろしSSリーフレット「何でもない夏の夕方」

ゲーマーズ様:書き下ろしSSペーパー「夜のコンビニで」

アニメイト様:書き下ろしSSペーパー「瞳を見つめて」


どれも楽しんでいただけるものに仕上げたつもりですので、よろしくお願い致します。

書籍版2巻、来週7/29(金)に刊行です。

https://sneakerbunko.jp/product/danshidato/322204000963.html

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