第50話 気の合う二人

「いやー、あっついねー」


 額の汗を拭いながらそう言う唯華だけど、顔には笑みが浮かんでいた。


「そう言う割には楽しそうだな」


 俺の方は若干辟易としながら、熱されたアスファルトの上を歩いて行く。


「だって私、夏好きだもん」


「そういや、昔からそうだったっけ……なんか理由とかあるの?」


「なんか、夏って元気を貰えるような気がするんだよね。ほら、世界全体が『生きてるーっ!』感じがしない?」


「あぁ、それはなんかわかるかも」


 例えば、さっきから鳴り止まない蝉時雨。

 太陽に向かって咲き誇る向日葵たち。

 青々と葉を茂らせている木々。


 冬に比べて圧倒的に騒がしくて華やかなこの景色は、生命の力強さをこれでもかって表現してる感じだ。

 そう考えると、この暑さもなんだか愛しく……は、流石になってこないけども。


 でも、確かに元気を貰えるような気はする。

 唯華のこういうポジティブな考え方は俺も見習いたいところだな。


「あれ? 図書館、こっちじゃなかった?」


 交差点に差し掛かったところで、俺と唯華で別々の方向に踏み出しかけて唯華が首を捻った。


「あぁ、言ってなかったっけ。図書館、移転したんだよ」


「へー、そうなんだ?」


「新しいとこ、めっちゃ綺麗だよ」


「前のは、十年前の時点でだいぶボロかったもんねー」


 なんて会話している通り、今回の目的地は図書館だ。

 ついついエアコンの効いた部屋に引きこもりがちになってしまう季節だけど、それも不健康だろうとある程度意識的に外出するようにしていた。


 それに図書館なら一緒にいるところを誰かに見られたとしても、たまたま会ったとか言い訳しやすいだろう。


「おーっ、ホントだ新しいねーっ」


 図書館に到着し、唯華がはしゃいだ声を上げる。


 建物内に足を踏み入れると涼しい空気が迎えてくれて、思わず「ふーっ」と声が漏れた。


「涼しいーっ」


 唯華も、心地よさそうに目を細める。

 頬を伝って顎から滴り落ちた汗がシャツの胸元に染み込んでいって……なんだかいけないものを見てしまった気がして、俺はそっと目を逸らした。


「うん? どうかした?」


「いや、別に? ほら、入り口こっちだよ」


「あいあーい」


 それを誤魔化すため、少し早足で図書コーナーへと向かう俺なのだった。



   ◆   ◆   ◆



「図書館って、この香りが良いよねー」


「あぁ、本屋さんともまた違ってなんか落ち着くよな」


「あと、単純に景色も好きっ」


「わかる。見渡す限りに本が並んでるの、見てるだけでワクワクするよ」


 小声でそんなことを囁き合いながら、俺と唯華は並んで図書館の中をゆったり回っていた。

 声量の都合上だいぶくっつき気味なんで、密かにちょっと緊張している俺である。


「ねねっ、せっかくだしお互いにオススメの本を紹介し合わない?」


「あぁ、いいなそれ」


 唯華の提案に、俺も微笑んで頷いた。


 唯華のオススメなら信頼できるし、どんなのをオススメしてくれるのか楽しみだ。


「そんじゃ、どっちがよりグッドなオススメを発見できるか勝負だっ」


「それどうやって判定するんだよ……」


 冗談めかす唯華に、微苦笑を返す。


「オススメが見つかったら、カウンター前のソファに集合ね」


「了解」


 頷き合って、俺たちはそれぞれ反対方向へと踏み出した。


 さて……俺の方は、どうするか。

 普段よく読むジャンルだとオススメなのはもうウチにあるし、かといってあんまり詳しくないジャンルを攻めるっていうのも趣旨に反するしなぁ……。


 なんて、ぼんやりと考えながらゆっくりと図書館内を歩いているだけでなんだか楽しかった。



   ◆   ◆   ◆


 よし、この辺りにしよう。


 結局図書館内をほぼ一周した後、俺は目的の棚を見定めた。

 オススメするならこれかな……と、手を伸ばす。


『あっ……』


 すると、隣にいた人も同時に手を伸ばしてきて触れ合ってしまった。


『すみませ……』


 謝罪の言葉が重なり、また同時に消えていく。


「唯華?」


「秀くん?」


 二人で、少し驚いた顔を見合わせた。


 どうやらお互い、考えに没頭して相手に気付いてなかったみたいだ。


「同じとこに辿り着いちゃったね」


「……だな」


 はにかむ唯華に、苦笑を返す。


 とはいえ考えてみれば、この結果は必然と言えるのかもしれない。

 お互いのオススメなら信頼できるっていうのは、好みが似てるからこそだもんな……。


「じゃあ、オススメしてほしいジャンルを指定し合うか」


「ん、そうしよっ」


 今度は、俺の提案に唯華が頷いた。


「私は、ミステリの気分かなー」


「了解。俺は……そうだな、ファンタジー希望」


「かしこまりっ」


 ピッと冗談めかして敬礼のポーズを取る唯華。


 そうして、俺たちはまた別々の方向に歩き出したのだった。

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