第51話 囁き合う二人

「……うん、これにしよう」


 ミステリのコーナーでオススメできそうな本をしばらく見定めていた俺は、一冊に決めてそれを手に取った。

 俺も前に借りて読んだことあるけど、トリックが意外なもので話の筋も面白かったはず……うん、パラパラッと見てみた限り記憶に間違いはないっぽいな。


 一つ頷いて、集合場所であるカウンター前のソファに向かう。


 ……と、その途中。


「………………」


 ふと目に入ってきた光景に、思わず立ち止まってしまった。


 唯華が、本を選んでいる。

 ただ、それだけだ。


 でも……窓の外から差し込む光を背景に、真剣な表情で本に目を落とすその姿があまりにも……。


「……?」


 ふと唯華が顔を上げ、俺の方を見てちょっと首を捻る。


 それから、本を手にしたままスススッと歩み寄ってきた。


「なんで、そんなところに突っ立ってるの?」


 おかしそうに微笑んで、唯華は俺の間近で囁く。


 うん、いや、図書館だから静かにしないとだし、わかるんだけどこの距離は……。

 心を落ち着けようと少し深めに呼吸すると、制汗剤だろうか? 少しだけ甘い爽やかな香りも感じられて、なんだか余計に落ち着かない気分だ。


 あぁいやそれより、唯華の質問に答えないと……。


「ちょっと、見惚れてた」


 ……あっ、やべ。

 動揺して、マジの答えを口に出してしまった……!


「……? 何に?」


「……唯華に」


 あそこまで言ってしまったら誤魔化すのも難しく、ここも正直に答える。


 一枚の絵画みたいに綺麗で……とまでは、流石に言わないけども。


 ……うん。

 改めて思い出すと俺、なんかキモいな……。


「……へぇ」


 一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、唯華はニンマリと笑う。


「いや、その、絵になるな、って意味でな? あの、綺麗で!」


 俺、なんかどんどん墓穴掘ってないか……!?

 動揺して、結局全部言っちゃった気がする……!



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



「そっかそっかー、綺麗で絵になる私に見惚れちゃったんだー?」


「……はい」


 さっき以上に身を寄せて、秀くんの耳元で囁く。


 それは、小悪魔っぽさを演出するため……でも、あったけど……。


 ここまで接近することで、赤くなっちゃってるだろう顔を見られないようにするというウルトラC……!


 え? 秀くんが、私に? 見惚れ? え?

 と、頭の中では大混乱だった。


 秀くん、ホントこういうの突然ぶっ込んで来るよね……!

 ちゃんと事前に言っといてくれないと、心の準備が出来ないでしょぉ……!


 ……あと。


「と、ところで、それが唯華のオススメ本?」


「うん、そうだよー」


 私が秀くんの耳元で囁いているということは、秀くんも私の耳元で囁くということであり……。


「だいぶ分厚いな」


「うん、長編大作。でも、内容は軽めだから秀くんならサクッと読めると思うな。コメディ要素もある方が好きでしょ?」


「あぁ、そりゃ楽しみだ」


「秀くんのオススメは、それ?」


「あぁ。内容は、読んでのお楽しみ」


「ふふっ……私がミステリは何の前情報も無しで読みたい派なの、覚えてくれてたんだ?」


「そりゃもちろん」


 秀くんが耳元で囁く度になんかゾワゾワッて快感が走って、会話が頭に入ってこないんだけど……!


 汗のせいかな? いつもより強く感じられる秀くんの匂いが、余計に私を惑わせる。

 ずっとこうしていたいという気持ちと、恥ずかしくて今すぐ逃げ出したい気持ちがせめぎ合っていた。


 こないだ一葉ちゃんに紹介してもらったASMR、私には良さがイマイチわからなかったんだけど……これか……!

 これは、確かにハマっちゃいそうかも……!


 はぁっ……秀くん声のASMRと秀くんの香りアロマ、セットで販売してくれないかなぁ……そしたら毎晩使うのに………………や、変な意味じゃなくてね? うん。

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