第70話 二番目に、私のことも愛してくださいっ♡

 ──来ちゃった♡


 二人での旅行二日目、別荘に戻るとそんな台詞と共に唯華の妹……華音かのんさんがいて。


「お姉、会いたかったよーっ」


「たかだか数ヶ月離れてただけでしょ……それに、通話ではいつも話してるし」


「それでも寂しいっていう妹心を演じてるんじゃーんっ」


「演じてるんじゃん……」


 唯華に抱きついたかと思えばチュッと頬にキスをして、そのままスリスリ頬を擦り寄せる華音さん。

 されるがままで、唯華は苦笑気味に笑っている。


 俺たちの旅には、妹が待ち受けていなければならないって決まりでもあるのか……?

 なんて考えて、俺もちょっと苦笑気味だった。


「えーと……初めまして、華音さん。九条秀一です」


 とりあえず名乗り返すと、華音さんは唯華から離れてクルッとこちらを向く。


「はいっ、よっろしくお願いしまーっす!」


「っとと……」


 それから今度は俺に抱きついてきて、その勢いに半歩よろめいてしまった。


 思わぬ行動にちょっと驚いている俺の頬にも、華音さんはチュッとキスする。


「ちょちょ、華音!? いきなり何してんの!?」


「何って……挨拶だけど?」


 顔を強張らせる唯華に対して、華音さんはキョトンと不思議そうな表情だ。


「日本じゃそういう挨拶はしないから! ほら、さっさと離れなさいっ!」


「えーっ? お義兄さんはこういうの、イヤ?」


「ははっ……構わないよ。華音さんにとっては、こういう挨拶の方が自然なんだよね?」


「そーそーっ! 流石はお義兄さん、良いこと言うよねっ!」


「ぐむむ……! そんなこと言って、ホントは秀くんも嬉しいんじゃないのっ……?」


「そりゃ、義妹いもうとに好意的に接されて悪い気はしないさ」


「そういう意味じゃなくてぇ……! ……あれっ? っていうか秀くん、なんでナチュラルに華音の頭を撫でてるの!? ナチュラル過ぎて違和感に気付くの遅れたよ!?」


「っとと……そういや昔の一葉かずはもよくこんな風にくっていてきてたよなー、って思い出してたらつい……ごめんね、華音さん」


 完全に無意識に撫でてしまっていたらしく、慌てて手を離す。


 いくら義妹いもうととはいえ、いきなり頭を撫でるのは失礼が過ぎるよな……。


「全然、謝ることないよ? むしろ、もっと撫でてくれるの希望っ!」


「ははっ、華音さんは甘えん坊さんなのかな?」


「ふふっ、そうなのーっ。それにそれに、ずっとお兄ちゃんがほしかったしっ」



   ♥   ♥   ♥



 あれっ、華音って私の妹だよね……!?

 なんか、秀くんとの方が本当の兄妹っぽくない……!?


 ちょっと私、どっちにも妬いてるっていう複雑な心境なんだけど……!


「……んふっ」


 なんて思っていたら、私をチラリと見て華音はなぜかイタズラっぽい笑みを浮かべる。


 でも、すぐに秀くんの方に向き直った。


「想像してたよりずーっと恰好良いねっ、お義兄さん♡ とっても私好みだなー。あっ、ちなみにちなみにっ。私は好きになった人の顔が好みになるタイプでーすっ♡」


「……? えーと、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 確かに秀くんは恰好良いけど……! 華音、なんでちょっと頬を染めてるの……!?


「ねねっ? お義兄さんにとっての一番は、やっぱお姉だよねーっ?」


「そうだね」


 ん゛んっ……!

 ノータイムで頷いてくれる秀くんの気持ちが嬉しい……!


 嬉しいけども、それはそうと……!


「私はねー、二人の邪魔をするつもりなんて少しもないのっ。だからね? 二番目でいい。二番目でいいから……」


 華音は、何の話をしてるの!?

 あと、いつまで秀くん抱きついてるつもり!?


「お義兄さん……二番目に、私のことも愛してくださいっ♡」


「ちょっと華音、何言ってるの!? ていうか、いい加減離れなさいって!」


 流石に看過出来なくなって、華音を秀くんから引き離す。


「二番目に、か……」


 秀くんは、何やら噛みしめるように華音の言葉を繰り返した。


「そうだね。華音さんとも、愛を育んでいければいいなって俺も思うよ」


 秀くんの言葉が、間違いなく『家族として』って意味なのはわかる。


 わかるけど……同時に。

 私には、もう一つわかることがあった。


「やたっ、嬉しいなーっ! じゃあじゃあ、まずはその硬い呼び方を変えてほしいかもっ」


「それじゃ、華音ちゃんって呼んでいいかな?」


 ねぇ、華音……なんで。


「ん……今は、それで良しとしておきますかっ」


 なんで、恋する乙女の顔してるの!?



   ◆   ◆   ◆


 私ことアカウント名『ワンリーフ』と、華音さん……アカウント名『親友カプ大好き侍』の間には、浅からぬ因縁があります。

 最初は、推しを同担していたことがきっかけで相互フォロワーとなりました。


 その頃には、とても良好な関係だったと言えましょう。

 推しについて一晩語り明かしたことだってありました。


 ですが……やがて、判明するのです。

 一点だけ……けれど、致命的なまでに。


 私たちの間には、到底埋められない深い溝があることを。


 あの女、親友カプ大好き侍は……。



   ♠   ♠   ♠



 ──ヴヴヴヴッ


「ちょっと失礼」


 バイブが鳴ったんで、俺はスマホを取り出し確認する。


 すると、差出人は一葉で……。


『兄さん、お気をつけください! その女は、ヒロインを差し置きバリクソに自分を投影させたオリキャラを推しと絡ませる同人誌を描くタイプのオタクです! そして、兄さん最推し古参勢でもあることが判明しました! あっ、でも最古参は勿論この私ですのでその点はお忘れなく!』


 ……なんて?

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