第74話 お姉のことなら、何でもわかるんだねっ?

 色々・・ありつつも海で目一杯遊んだ俺たちは、夕方からは近くのお祭りにいくことになった。

 これは華音ちゃんの提案で、浴衣まで用意してくれていた。


 先に藍色の浴衣へと着替え終えた俺は、現在別荘の前で二人を待っているところだ。


「秀くん、お待たせー」


「お待たでーっす」


 二人の声に、振り返ると。


 まず、涼やかな青地に黄色い花柄が描かれた浴衣を着た唯華の姿が目に入って……そのまま、引き寄せられた。

 お見合いの席で再会した時にも思ったけど、唯華は普段着ないだけで和装も見事に着こなす。


 いつもの華やかな雰囲気が少しだけ抑えられ、代わりにいつも以上に大人びた印象だ。

 髪もアップに纏められていて、チラリと覗くうなじが……。


「お義兄さんお義兄さんっ。私の浴衣……どうかなっ?」


 クルリとその場で一回転する華音ちゃんの声で、ハッと我に返る。

 いかんいかん、完全に見惚れてた……。


「うん、とっても良く似合ってて可愛いよ」


「んふふっ、ありがとーっ」


 華音ちゃんの浴衣は、白地に青い花の柄。

 華音ちゃんの可愛さが引き立てられてて、良く似合ってると素直に思う。


「あーっと……唯華も、よく似合ってる」


「……そ、ありがと」


 それから唯華の浴衣姿も褒めると、返事はなんだか少し素っ気なく感じられた。

 なんか、ついでに褒めたみたいに思われたか?


 ……いや違う気がするな、これは怒ってるとか拗ねてるって表情じゃなくて……恥ずかしそう?

 照れてる、ってことでいいのかな?


「……それじゃ、行こうか」


 とにもかくにも、コホンと咳払いを挟んで歩き出す。


「はーいっ」


 と、華音ちゃんがまた腕に抱きついてきた。


「水着でオッケーだったんだし? 浴衣じゃ駄目なんてことはないよねーっ?」


 俺が何か言う前に、先んじてそう言って見上げてくる。


 うーん……確かにそう言われると否定しづらいな……やっぱり、海の時にもうちょっと強めに言っておくべきだったか……なんて、考えていたところ。


「……じゃ、私はこっちね」


「んおっ……!?」


 唯華まで俺の腕を取って、思わず驚きの声を上げてしまった。


 君は、華音ちゃんを止める立場だったのでは……!?


 ……まぁでも、唯華も元々こういうイタズラするところはあるし。


 どうせ華音ちゃんを止められないなら、むしろ乗っかっることで俺の気を華音ちゃんから逸らそうって方向性に切り替えたのかもな。

 実際、唯華との距離感が気になって仕方ないし……。


 グイッと身体全体で俺の腕を掻き抱く華音ちゃんに比べれば、唯華はそっと腕だけ絡めて寄り添う感じで控えめではある。

 密着度は低いものの、今の清楚な雰囲気にそれがマッチしてて……なんか、余計にドキドキしてしまう。


「華音、道ってこのまま真っ直ぐで良いの?」


「そそっ。私、日本のお祭りって初めてだから楽しみーっ」


 ……って、ちょっと待ってくれ。

 これ、このままお祭りまで行くの?


 えっ、このまま行くの!?


 そんなの……。



   ♠   ♠   ♠



「おぉ……両手に花だ……」


「こんな絵に描いたような両手に花って実在するんだね……」


「ウィキの『両手に花』のページに載せておくべき絵面だな」


「パワーストーンの広告の撮影じゃなくて……?」


 まぁ、こうなるに決まってるよなぁ……。


 着飾った二人はいつも以上に目立つし、そんな二人が一人の男の腕を抱いているとなると尚更だ。

 俺これ傍から見たら、姉妹を両方侍らせてるヤバい奴よな……。


「ねねねっ。お義兄さん、かき氷買おうよっ。私、ブルーハワイ食べてみたいのっ!」


 と、俺の腕を引く華音ちゃんに周囲を気にするような素振りはない。


「私は、イチゴにしよっと」


 反対側の唯華も同様だった。

 まぁこの美人姉妹が揃ってたら尚更目立つだろうし、慣れっこってところか。


「秀くんは?」


 最初はちょっと居心地悪そうにしてた唯華だけど、この距離感にも慣れてきたようで間近から見上げてくる。

 未だに慣れないのは俺だけか……。


「……俺はやめとくよ」


 両腕が塞がってるこの状態じゃ持ちづらいからな……まぁ、今回かき氷を買わないのにはもう一つ理由もあるんだけど。


「はい、イチゴとブルーハワイねっ。毎度ありっ」


『ありがとうございまーす』


 一方、片腕が塞がっているにも関わらず二人は器用にお金を取り出し屋台のおじさんからかき氷を受け取っている。


「んーっ、冷たくて美味しっ! ブルーハワイって、こんな味なんだーっ!」


「華音、あんまり一気に食べると頭キーンってなっちゃうから気を付けなよ?」


「はーい」


 そして二人共、やっぱり俺の腕に抱きついたままでかき氷を食べ始めた。


 それ、食べづらくない……?


「お義兄さん、見て見てっ」


 腕をクイと引かれて目をやると、華音ちゃんはチロリと舌を出す。


「いひょ、かわっふぇふ?」


 ……色、変わってる? かな?


「うん、青くなってるよ」


「にひっ」


 見たまま伝えると、華音ちゃんは嬉しそうに笑った。


「これ、やってみたかったんだーっ♪」


 と、ご満悦の様子だ。


「はいっ、お義兄さんもっ」


 それを微笑ましい気持ちで眺めていたら、青く染まった氷がたっぷり載ったスプーンストローが目の前に差し出され……今にもこぼれ落ちそうだったから、俺は半ば反射的に口に入れた。


 口の中に、ひんやりとした感覚と懐かしい甘ったるさが広がっていく。

 そういや、俺もかき氷なんて食べるの子供の頃以来な気がするな。


「ねねっ、お義兄さんも舌見せて見せてっ?」


 飲み込んだところで、華音ちゃんの要請に従って舌を出して見せる。


「わっ、ホントに青ーい! こんな風になるんだーっ」


 華音ちゃんは目を見開き、おかしそうに破顔した。

 それを、今度はイタズラっぽいものに変化させ。


「おそろ、だねっ」


「ははっ、そうだね」


 青い舌を覗かせる華音ちゃんに、微笑んで返す……と、反対側から視線を感じた。


「………………」


 見ると、唯華からジト目を向けられていた。

 うーむ……華音ちゃんは回し飲みとか気にしないタイプみたいだけど、確かにそこは俺の方で気遣うべきだったか……?


「私のは、あげないんだからねっ」


 べーっと出てきた舌の色は、イチゴシロップに染まっていつもより少し赤かった。



   ♠   ♠   ♠



 それからしばらく、かき氷を食べる二人と歩いて……華音ちゃんが全部食べ終わる頃。


「……秀くん、やっぱり半分あげるね?」


 と、唯華がどこか気まずげにかき氷のカップを差し出してくる。


「ははっ、だと思った」


 俺がかき氷を買わなかったのは、この展開を読んでいたからっていうのもあったのだ。


 唯華が持つカップのストローに口を付けて、溶けかけのかき氷をずぞぞっと吸い上げる。

 ちょっとお行儀が悪いけど、両腕が塞がっているので仕方ない。


「唯華、昔っから冷たいの好きなのにあんま食べれないもんな」


「だって、身体が冷えてきちゃうんだもん……うぅ、ちょっと寒っ……」


「ほら、俺の巾着開けて。俺、手ぇ塞がってるから」


「うん? ……わっ、羽織り持ってきてくれてたんだっ?」


「お祭りに行くって時点で、十分に想定できた事態だったからな」


「さっすが、準備良いーっ! ありがとねーっ!」


「……ん?」


 唯華が羽織りを取り出すのを眺めていたら、ふと視線を感じた。


 逆側を見ると、こっちを見ていたらしい華音ちゃんと目が合う。

 なぜだか、とても嬉しそうに笑っていた。


「お義兄さんはー? お姉のことなら、何でもわかるんだねっ?」


「流石に、何でもわからないけどね……」


 むしろ、毎日新しい一面を発見しているような気さえするよ。


 本当に、何でも……今、どんな気持ちで俺の腕を抱いているのかとか。


 全部わかったら、色々と悩むこともなくなるのかな。

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