第75話 はぐれるとマズいから

 かき氷を食べ終えた後も、三人で色々と屋台を回っていた中。


「花火、そろそろじゃないか?」


「あっ、ホントだ」


 秀くんの言葉に私もスマホで確認すると、もうすぐ花火が始まる時間だった。


「お義兄さんとお姉は先に行っといて? 私、もうちょい食べ物確保しときたいからっ」


 と、華音はあっさり秀くんの腕を離す。


「はいよー」


 それに、私は軽く頷いて返すけど。


「一人で大丈夫? 俺たちも一緒に行った方がいいんじゃないかな?」


「もう、お義兄さんったらっ。私、迷子になるほど子供じゃないよーっ?」


「そっちもあるかもだけど……一人になると、ナンパとか凄そうだから」


 秀くんの懸念に、華音は目をパチクリと瞬かせた。

 それから、ここぞとばかりにニマーッと笑い……私は、もうその先の展開まで全部読めた気がする。


「ほっほーん? それってそれってぇ? お義兄さんはー、私のことをー? 凄くナンパされちゃうくらい、超可愛いとか思っちゃってるってことっ?」


「そりゃそうでしょ、実際に凄く可愛いんだから」


「あ、おぅ……」


 秀くんが普通に返すと、華音はちょっとたじろいだ様子を見せた。


「こ、これが噂の、無自覚のやつ……」


 私は、少し頬を染めて呟く華音の肩にポンッと手を置いて優しく微笑む。


 ね? 効くでしょ?

 そんな思いを込めて。


 にしても、やっぱり私の予想通りの展開になったよねー。

 こちとら、伊達に何度も食らってきてないってもんですよ。


「どういうこと……?」


 そんな私たちを見て、秀くんは眉根を寄せている。

 ホンっト、そういうとこだよっ?


「ままままっ。ご心配はありがとだけど、私もナンパ対策くらいは考えてますんでーっ」


「あっ……」


 華音は気を取り直した様子で、秀くんの返事を待つことなく人混みの中へと消えていく。

 そして見えなくなる直前、私に向けて一つウインクを残していった。


 これって……花火の間は二人きりにしてくれるってこと、だよね……?

 私の邪魔をしないっていうのも、嘘じゃないんだねぇ……。


「ホントに大丈夫かな……?」


 引き留めようとして間に合わなかったのか、中途半端に前に出た秀くんの手は宙ぶらりん。

 心配そうな目を、私に向けてくる。


 それに対して、私はジト目を返した。


「ねぇ……秀くんさ。なんか、全体的に華音に対して甘くない?」


「まぁ俺は妹に弱いとこあるから、ついつい甘やかしちゃってる可能性はあるかもな」


「私の妹なんだけど……」


「つまり、俺の妹でもあるわけだろ?」


「うん、まぁ……うん……」


 合っては、いるんだけどねぇ……秀くんの場合、ガチで血の繋がった妹扱いしてる節があるよね。

 普通、会って一日目の義妹いもうとをそうは見做せなくない……?


「まぁ、本人の自主性を尊重するか……」


 とりあえず今回の件について、秀くんの中ではそう落ち着いたらしい。


「それで、花火どこで見る?」


 気持ちを切り替えた様子で、尋ねてくる。


「華音が、向こうにある神社が穴場かも? って言ってたよ。私たちのとこに来る前に、この辺を下調べしてきたんだってさ」


「じゃ、そこだな。華音ちゃんもそこで見るつもりで言ったんだろうし」


 二人で歩き出して……凄く名残惜しい気持ちはありつつも、そろそろドキドキが限界を迎えそうだったから。そっと、秀くんの腕を離す……と。


「っ……!?」


 離れた直後に、秀くんがギュッと手を握ってくれて。

 思わず、変な声が出そうになっちゃった。


「……はぐれるとマズいから」


 前を向いたまま、秀くんはどこかぶっきらぼうに言う。


「ん……そうだねっ」


 それに答えて、私は秀くんの手をそっと握り返したのだった。



   ♠   ♠   ♠



「なぁ、ホントにこっちで合ってる? どんどん人が少なくなってきてるような……」


「人が少ないからこそ穴場なんじゃない?」


「あぁ、まぁそりゃそうか……」


 そんな益体もない話をしながら、俺たちは気持ちいつもよりゆっくり歩いていた。

 芋洗い状態もとっくに脱して……もう、はぐれる心配はないだろう。


 それでも、俺たちは手を繋いだままだった。

 なんとなく離すタイミングを逃しただけで、深い意味なんてない……きっと。


「ここ、だよな?」


「うん、だと思う」


 程なく、少し寂れた神社に辿り着いて……。


 ──パンッ! パパパンッ!


 折しも、そのタイミングで花火が打ち上がり始めた。


「わーっ、きれーっ!」


 夜空を見上げ、目を細めて歓声を上げる唯華。


 最初は俺も、同じ方向を見ていた。

 けど、ふとした瞬間に唯華に目を向けて……気付けば、花火に照らされるその横顔に見惚れてしまっていた。


「すっごい連続で上がるようになってきたねっ?」


「えっ? あ、うん」


 こっちを向く唯華に、慌てて返事を取り繕って俺もまた空を見上げる。


「……これでようやく、あの時の約束を果たせるな」


 俺だけが感じている謎の気まずさを誤魔化すため、子供の頃の話を振ってみた。


「……覚えててくれたんだ」


 すると、唯華は少しだけ目を見開く。


「そりゃ勿論。ゆーくん、あんなに泣いてたし」


「そこは覚えててくれなくて良いんだけどぉ……!?」


 冗談めかして返すと、唯華はわざとらしく「ぐぬぬ」と唸った。


「あからさまに風邪引いてんのに、お祭り行くんだーって聞かなかったよなー」


「だって花火、すっごく楽しみにしてたんだもん……! ……でもさ。だからってあの時、秀くんまでお祭り行くの中止にしなくても良かったのに。秀くんだって、凄く楽しみにしてたでしょ? 家の人と行くとか……」


「ゆーくんと一緒じゃないと、意味ないから」


 あの時と同じ言葉を返す。そして俺たちは、来年必ず一緒に行こうって約束して……それが果たされる前に、別れが訪れた。


「今度こそ」


「……うん」


 言葉少なに、二人並んで花火を見上げる。


 結局、花火が終わるまで俺たちの手はずっと繋がれたままで。

 それは、子供の頃の話をしたためにあの頃の感覚に戻っていたから。


 そういうことに、しておこうと思う。

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