第76話 背中、凄くおっきくなったよね

「やーっ、ごめんごめん! 色々目移りして食べ歩きしてたら、いつの間にか花火終わる時間になっちゃっててっ! あはっ、どんだけ食い意地張ってんだって話だよねーっ!」


 花火終了直後に神社に現れた華音ちゃんが、はにかんで頬を掻く。


「迷子になってたわけじゃないなら良かったよ」


「だからー、そんな子供じゃないってばーっ」


「ははっ、ごめんごめん。ナンパも、大丈夫だった?」


「うんっ、二人と別れてすぐにこれ買ったからっ」


 と、華音ちゃんは頭の横に付けているキツネのお面をピンと指で弾く。

 なるほど、確かにあれを被ってたらナンパ避けになるか……でも華音ちゃんの場合スタイルも凄く良いから、お面被ってても声掛けられそうだけど……。


「それじゃ、帰ろ帰ろっ!」


 話はそれで終わりとばかりに、また腕に抱きついてくる華音ちゃん。

 どうも、この子はこの距離感がデフォっぽいな……。


「そうだね、慣れない下駄で疲れちゃったし」


 唯華もやっぱり説得を諦めたのか、もう何も言わないみたいだ。

 そして、今度は俺の腕を取る様子もない。


「……ふーん?」


 そんな姉を見て、華音ちゃんはなぜかニンマリと笑う。


「どうかした……?」


「ん、なーんでもっ」


 聞いても、そうはぐらかされるだけだった。


「ところでお姉、下駄の鼻緒が切れそうで危ないよー?」


「えっ……?」


 ふとした調子で言いながら俺から離れた華音ちゃんが、唯華の隣にしゃがんで下駄の鼻緒を摘んで軽く引っ張る……と、ブチッと実際にそこが切れた。


「あちゃ……ごっめん、トドメ刺しちゃったみたい」


「や、歩いてる時に切れてたら危なかったからむしろありがたいけど……」


 いかにもやらかしちゃったという顔で謝る華音ちゃんに、そうフォローするも。


「……直し方わかる人、いる?」


 ちょっと途方に暮れた感じで、唯華が自分の足元を指した。


「お義兄さん、出番だ出番っ! よくある、さっと応急処置するやーつ!」


「確かに時代劇とかでよく見るけど、やり方を知ってるわけじゃないんだよねぇ……」


 というか、唯華が知らない時点でたぶんこの中の誰も知らないと思う。


「仕方ない……ほら」


「えっ……?」


 唯華に背中を向けてをしゃがむと、唯華はなぜかちょっと呆けた声を上げた。


「やっ、そんなそんな! 悪いからいいよ!」


 それから、パタパタと勢いよく手を横に振る。


「今更、こんなので遠慮するような仲でもないだろ?」


「それは……でも……ほら、ケンケンで帰るから大丈夫だし!」


「普通に無理だろ……」


 ていうか、おんぶくらいで何をそんなに躊躇してるんだ……?


「いいじゃんお姉、おぶってもらいなよーっ」


「ちょちょっ、この状態で押さないで……!?」


 華音ちゃんに背中を押された唯華が、片足跳びで近づいてきた後に半ば転ぶような形で俺の背におぶさってきて………………んんっ!?


 い、いや、気のせい・・・・だ……今は、唯華の安全が最優先……!


「それじゃ、立つぞ」


「う、うん……」


 妙に……そう、必要以上に恥ずかしが・・・・・・・・・・っている・・・・ように思える唯華が小さく頷くのを確認してから、立ち上がる。

 そして、華音ちゃんを伴って歩き始めた。


 華音ちゃんも流石にこの状況じゃ腕に抱きついてくるようなこともなく、普通に俺の隣を歩いている。


「……秀くんの背中、凄くおっきくなったよね」


「子供の頃に比べりゃ、そりゃな」


 そういや昔も、唯華……ゆーくんを、こんな風によく背負ってたなぁ……と思い出す。

 ゆーくん、無茶をしがちで足を怪我するのとかしょっちゅうだったから。


 子供の頃は唯華の方が背も高くて、ぶっちゃけ背負うのに苦労したもんだけど。


「秀くん、大丈夫? 私、重くない?」


「全然。むしろ、子供の頃より軽くなったんじゃないか? ちゃんと食べてる?」


「ふふっ、それは秀くんが一番よく知ってるでしょ」


「確かにな」


 強がりでも何でもなく、今は背負うのに何の苦もなかった。

 それが、なんだか少し誇らしい。


「でも秀くん、結構汗かいちゃってない? やっぱり重いんじゃないの?」


「それは別の理由で……てか、汗臭いよな? それはごめん」


「んーん、全然臭くなんてないよ。むしろ……良い匂い、かも」


「流石にそんなことはないだろ……」


「ホントなのになー?」


 なんて雑談しているうちに、気も紛れてきたところで。


「そういえばさー」


 なぜかニコニコ笑って俺たちのやり取りを眺めていた華音ちゃんが、ふとした調子でそんな風に切り出す。続いて、口を開き……。


「今のお姉って、下着つけてないんだよねー」


「ごふっ!?」


「ちょっと華音なんで今その話するの!?」


 華音ちゃんの言葉に、俺は咳き込み唯華は悲鳴に近い声を上げた。


 そして俺は……やっぱり・・・・、と思う。

 背中に当たる感触が、妙に柔らかすぎるというか……せっかく落ち着き始めていた心臓の鼓動が、グングンと速まっていくのを自覚する。


「ち、違うの! 華音が、私の持ってきてる下着だと浴衣のシルエットがちょっと崩れるかもって言うから……! それに、堂々としてればバレないって……! それで……!」


「秀くんには一番綺麗なとこ見てもらいたいから、ってね?」


「華音それは言わなくていいやつ!」


「そ、そうなんだ……」


 その場面を想像……しかけて、慌てて脳内から打ち消した。


「ま、まぁ、下着付けてないからなんだって話だけどなっ」


「んんっ、そうだよねっ。それくらい、何でもないよねっ」


 白々しい会話を交わすも、ちょっと声が裏返り気味の俺たちである。


「んふっ」


 そんな俺たちを見て、華音ちゃんは嬉しそうに笑っている。


 イタズラ成功、ってところかな……?

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