第77話 混浴でも良いとは言ったけど

 途中から開き直って、秀くんの背中を堪能……もとい、背中越しに楽しくおしゃべりしながら別荘に戻って。

 私たちは、今日も……今日は華音も伴って、例の温泉に向かう。


 雑談しながら歩く中で、ふと。


「あれ? てかお姉さ、それバスタオルしかタオル持ってなくない?」


「えっ……?」


 華音に言われて手元のお風呂セットを確認すると……確かに。

 お風呂内で使う用のフェイスタオルが見当たらなかった。


「うわホントだ」


「ははっ……唯華、意外とそういうとこあるよな」


「むぅ……」


 確かに私は割とケアレスミスをしがちなので、否定できなかった。


「じゃ、ちょっと取ってくるねー」


「ほいほい、先入って待ってるよーん」


 華音とそんなやり取りを交わしてから、私は一旦別荘に戻るのだった。


 うーん……でも、確かにフェイスタオルも入れたような気がするんだけどなぁ……?

 気付かないうちに、どっかで落としちゃったのかなぁ……?



   ♠   ♠   ♠



 なんて一幕もありつつ、しばらく後。


 温泉に浸かってリラックスしていた俺の耳に、ガラッと脱衣所の扉が開く音が届いた。

 続いて、誰かが入ってくる気配……あれっ、貸し切りなんじゃなかったっけ?


 あぁでも、今日は唯華に確認取ってないな……予約してなかったのか。

 まぁ、別に他に人がいても問題ないけど。


 昨日みたいに、唯華と堂々と話せなくなるのは、少し残念かな。


 洗い場から聞こえるシャワーの音を聞くともなしに聞きながら、ぼんやり景色と温泉を堪能することしばらく。

 一通り洗い終えたのか、ペタペタと足音が近づいてきて……。


「華音ー、お待たせー……んっ? あれ……? なんかシルエットが……?」


 ………………は?


 えっ、いや、この声って……。


「唯華!?」


「はぇ……?」


 叫びながら思わず振り返ると、ちょうど湯煙の向こうから姿を現した唯華と目が合った。

 手にしたタオルで辛うじて大事な部分は隠れているものの、本当に辛うじてって感じで今にも……って、見るなっての俺!


 半ば以上反射的に自分の下半身に目を向け直すけど、角度的に唯華からは見えてないはず……! 見えていないと良いですね……!


「秀くん!?」


 今度は、唯華の叫び声が露天風呂にこだまする。


「ちょっ、なんで女湯に……!? あっいや確かに混浴でも良いとは言ったけど流石に事前に言っといていただかないと私としても心の準備がっていうか今は華音もいるわけであれもしかして今まで華音と二人きりでお風呂に……!?」


「待て待て待て!」


 早口で捲し立てる唯華だけど、俺にも言い分はあった。


「いや俺、確かに男湯って書いてあるの確かめてから入ったぞ!? 日によって男湯と女湯が入れ替わる方式なんだなって! 華音ちゃんも向こう入ってったし!」


「うっそ、そんなシステムだっけ……!? じゃあ私、なんか無意識に昨日と同じ方に来ちゃったとかそういうこと……!? 確かに考え事はしてたけど……!」


 信じられないって声の唯華だけど、これに関しては俺の記憶が正しいと断言出来る。


「ご、ごめんなさーい!」


 背後の気配が、爆速で遠ざかっていく。


 程なく、脱衣所の扉が再び開閉する音がどこか虚しく響いたのだった。



   ♠   ♠   ♠



 それから、もうしばらく経って。


 なんとも言えない気持ちで湯に浸かっていると、今度は女湯の方から扉の開閉する音が聞こえてきた。

 たぶん、唯華が入ってきたんだろう。


「いやー、お姉さー。まさかのベタなやらかしだよねー」


 どうやら、先の騒動は華音ちゃんにも伝わってしまっていたらしい。

 まぁ俺ら、めちゃくちゃ大声で叫んでたしな……。


「うぅ……もうお嫁に行けない……」


「むしろもうお嫁に行ってない?」


「それは確かに……じゃあ問題ないかも……」


 唯華は、未だ混乱状態にあるようだ。


「ねねっ……お兄さんの・・・・・、どんなだったっ?」


「そんなの見たわけないでしょ!?」


「あれれー? お姉ったら、なんでそんな赤くなってんのかなー? お義兄さんはどんなシャンプー使ってるのかな、って聞いただけなのにー」


「それは私と同じメーカーのメンズ用のやつだけど……」


「おっ、さっすがー。お姉も、お義兄さんのことなら何でも知ってるねー?」


「流石に、何でもは知らないけどね……」


「お義兄さんのアレが、どれくらいかとか?」


「……どれのこと?」


「マラ」


「だから知るわけないでしょって!」


「マラソンのタイムを聞こうとしただけなのに、なーんかまた変なまた勘違いしちゃってなーい? お姉って、結構ムッツリだよねー」


「……そんなことないし。あと、フルなら三時間二九分三八秒が秀くんの最高タイム」


「うっわ、マジでタイム正確に把握してんのは普通に引くわ。カレのことなら、なんだって知っておきたいの♡ ってか? なーんかそれって重くなーい?」


「たまたま覚えてただけだし……私は重さとは無縁の女だし……」


 そんな会話が聞こえてくる。


 姉妹、仲良いなぁ……って感想で、合ってるんだよな……?


「さって……それじゃ私はもう上がるから。後は二人でごゆっくりー」


「今二人にはしないでほしいんだけど……!?」


「そんなこと言っても、私もうのぼせそうだもーん」


 唯華とほとんど入れ替わりで、華音ちゃんは出て行ったみたいだ。

 俺も上がろうかな……でも、今の唯華を置いてくのもなんか不安な気がするな……。


「あの……秀くん」


 なんて俺が迷っている間に、女湯の方から遠慮がちな唯華の声。

 昨日より、少し遠くから聞こえるような気がする。


「ホントごめんね……確かに、そっちに男湯って暖簾掛かってた……」


「だよな……ま、まぁでも、済んだことだしあんま気にすんなよ」


「うん……」


 そう返ってくるけれど、やっぱり声にはまだちょっと元気がなかった。


「あの、でもねっ!」


 かと思えば、一気に声量が上がる。


秀くんの・・・・、ホントに見てないからねっ!」


「う、うん……」


 そうだね、その確認は大切だね……大切かなぁ?


「それで……」


 唯華は、言いにくそうにそう続ける。


「秀くんの方は……見ちゃっ、た……?」


「い、いや、見てないよ! タオルで全部ちゃんと隠れてたしすぐ目ぇ逸らしたから! 全然見てない! 見るわけないだろ!?」


 実際に見てはいないわけだけど、我ながら必死すぎて逆に怪しいなこれ……!?


「……秀くんはさ」


 やはりというか、唯華の声はさっきより落ち込んでいるように聞こえた。

 そうだよな、いくら親友相手とはいえこの歳で男に見られたら流石に……。


「見たいとか、ちょっとは思わないの……? その……私の、を……」


 んんっ、そっちかぁ……!?

 確かに、「見るわけない」とまで言っちゃうと唯華に女性としての魅力がないみたいだもんなぁ……!


 ……いやでも、これどう答えるのが正解なんだ!?

 見たいって言って平気なの!?


「見たい……と、思って……ます……ちょっとは……」


 悩んだ末、恐る恐るそう返す。

 いやまぁ、本音を言うならば『ちょっとは』ってこともないんだけども……流石にそれを言うのはちょっと……。


「ふふっ、そっか」


 果たして正解だったのかはわからないけど、声には少し元気が戻ったように聞こえた。


「あのね? 突然だったからビックリしちゃったけど、前もって言ってくれれば……混浴だって、ホントに良いんだからねっ?」


 というか、戻りすぎたかもしれない。


「はい……その件につきましては、検討の上でいずれご回答させていただければと……」


 だから、どう答えるのが正解なんだよこれ……!?

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