第3章
第83話 新学期、始まる
色々あった……本当に『色々』あった新婚旅行も終えて、数日。
「今日からいよいよ学校、だねっ」
「楽しそうだな?」
夏休み明け初日の、唯華は朝からちょっとテンション高めに見えた。
俺の方は、流石に学校が始まることに若干のダルさを感じてるんだけど……。
「だって、二学期は楽しいイベント沢山あるでしょ? 文化祭に体育祭に、修学旅行っ」
「それは、確かにな」
ウチの学校は、三年生にも割とガッツリめにイベントが組み込まれている。
この程度の息抜きで受験がどうこうならないくらい普段から積み重ねてるよなぁ? という学校からのプレッシャーか……あるいは、内部進学を促すための施策なのか。
いずれにせよ、元々内部進学組の俺には関係ない。
尤も、だからといってイベント事を楽しむようなこともなかったんだけど……去年までは。
「楽しみ、だねっ」
「あぁ」
微笑んでくる唯華に、迷わず頷くことが出来た。
唯華が隣にいてくれるなら……最高の『親友』と一緒なら、どんな行事だって最高に楽しいに決まってるんだから。
「それはそうと、高橋さんと瑛太って夏休みの課題大丈夫だったのかな?」
「あっ……早めに確認しとこうと思ってたのに、忘れてたな……」
「んふっ……夏休みが、楽しすぎて?」
「……だな」
皆での旅行に、二人での旅行。
他にも、今年の夏休みは楽しいことばかりだったから……すっかり夢中になってしまっていた。
「まぁ、何も言ってこなかったってことは問題なかったんだろ」
「だといいけどー?」
「一応聞くけど……そう言う唯華は、ちゃんと終わってるんだよな?」
「もっちろん! 旅行の前には終わってたよー」
「流石だな」
最初期にまとめて片付けた俺と一緒にずっと遊んでたはずなのに、いつの間に……。
「だって……新婚旅行に心配事なんて、持ち込むわけにはいかないもんねっ?」
「……だな」
なんて言いながら朝食の準備を進めているうちに、ふと。
「ねっ、文化祭ってウチはどんな感じなの?」
「生徒の自主性任せな部分が大きいけど、割と力を入れてる方なんじゃないかな?」
「へーっ、楽しみっ。何食べよっかなーっ」
「まずは食い気なところが唯華らしいよな……」
「ふふっ、ちゃーんとステージも楽しむよっ」
「そういえば、高橋さんは友達と有志のバンドで出るんだっけ?」
「そーそーっ! 絶対見に行かないとっ」
「高橋さん、カラオケでも美味かったし……楽しみだな」
さっきまで感じていたダルさなんて、いつの間にか吹き飛んでいて。
俺まで、なんだかワクワクした気分になっていることに気付くのだった。
♠ ♠ ♠
そして、いつも通り別々に登校して。
「唯華さん、ヘールプ!」
「おぐふっ……!? 来るとわかっていても毎度新鮮なこの衝撃……!」
俺より少しだけ先に教室に着いていたらしい唯華が、高橋陽菜さんからタックルを食らっているお馴染みの光景を微笑ましく見守る……が、しかし。
「秀ちゃん、ヘールプッ!」
「ごはっ……!?」
今度は、俺の腹部に衝撃が。
後ろに倒れないようどうにか踏ん張ったけど、その勢いにズザザザザッと廊下まで押し出されてしまった。
「おまっ……! お前がやるとシャレにならんだろこれは!」
犯人、久世瑛太に向けて思わず叫ぶ。
チャラい優男に見えて名門道場生まれの格闘技ガチ勢であり、マジのタックルはマジでシャレにならない。
「ふっ……これで倒れないとは、流石は秀ちゃんだねっ」
「そういうのはいいから、犯行動機を供述しろ……!」
「今回はオレも、お願いする前に陽菜ちゃんスタイルで好感度稼いどこうと思ってねぇ」
「これで好感度が稼げないことは知ってるだろ……!」
「えっ!? これ、好感度稼げてなかったんですか!?」
「うん、まぁ……うん……」
教室内から、俺の言葉に反応したらしい高橋さんの驚きの声と、唯華のちょっと困った声が聞こえてくる。
唯華の半笑いが目に浮かぶようだ。
「ま、冗談はさておき?」
「冗談でダメージコンテストを開催しないでほしいんだが……」
「秀ちゃん、夏休みの宿題をちょこっとだけ手伝ってくんないかなっ?」
「マジで終わってないの!?」
パンッと両手を合わせて頭を下げてくる瑛太に、思わず目を見開いてしまった。
なお、教室内からは高橋さんと唯華によるほぼ同じやり取りが聞こえてきている。
「まさか、高三にもなって夏休みの課題間に合わない奴がいるとは……」
「おっと秀ちゃん、そいつはちょっと違うよんっ?」
チッチッチッと指を振りながら、瑛太はなぜかしたり顔である。
「宿題の提出は、各教科の最初の授業。つまり……オレはまだ、間に合ってなくない!」
「夏休みいっぱいが期限とされている宿題なんだが……」
「まぁまぁ、そう言わずに頼んます! あとは秀ちゃんにわかんないとこ聞くだけのとこまでは仕上げてきてあるから!」
「そこまで出来るのなら、普通に夏休み中に聞いてほしかったんだが……」
「でもさ」
そこで瑛太は声を潜め、俺の耳元に口を寄せてくる。
「夏休み中は、せっかくだし唯華ちゃんと二人で過ごしたかった……でしょ?」
「んんっ……!」
なるほど、そういうお気遣いだったか……!
「そういうことだったなら……謹んで手伝わせていただきます」
「センキュー心の友! 今度奢るよっ!」
「いらんいらん。よく考えたら、溜まってる借りを返すちょうどいい機会だ」
「おりょ? オレ、秀ちゃんに何か貸してたっけ?」
「そういうとこだよ」
瑛太には唯華のボディガードをやってもらっているのに加え、俺たちの婚姻関係を隠すのに色々とフォローしてもらっている。
それを思えば、この程度は些事だ。
「……ちなみに、もしかして高橋さんもそういうお気遣いで?」
高橋さんも、俺たちの関係にもう気付いているんだろうか?
実際、彼女には割と際どい場面を見られてしまったりもしているし……。
「や、陽菜ちゃんの場合は普通に遊びすぎで間に合わなかったってさ」
「あ、はい……」
そういうわけではなかったみたい。
♠ ♠ ♠
休み時間ごとにモリモリ課題を片付け、昼休み。
「だいぶ目処も立ってきたな」
「ふっ……キッチリ全教科の初授業のスケジュールを計算した上で、秀ちゃんのお力添えがあればギリ間に合うよう立ててる計画だからね」
「その几帳面さを、もう少しだけ別の方に向けることは出来ないものなんだろうか……」
なんて、瑛太と益体もない会話を交わしていたところ。
教室の扉が勢いよく開く音が耳に入ってくる。
とはいえ、今は昼休み。
珍しいことでも何でも……。
「あっ、いたいた! 秀一センパーイっ!」
俺は部活にも所属しておらず、俺を『先輩』呼びで……まして、ファーストネームで呼んでくる後輩など存在しない……はず、だった。
けど、今の声は……と、目を向けると。
「来ちゃった♡」
果たしてそこにいたのは唯華の妹、烏丸華音ちゃんだった。
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