第19話 彼女を看病していたら

 渋る唯華を、『なんでも権』まで行使して寝かしつけて。

 昼飯は普通におかゆを平らげてくれたし、その頃まではそこまで調子も悪くなさそうだったんだけど。


「唯華? 起きてるか?」


「うぅん……起きてるぅ……」


 小声で話しかけると、唯華はダルそうに身を起こす。


 夕方くらいからまた熱が上がってきたみたいで、だいぶしんどそうだ。


「リンゴ擦ってきたけど、食べるか? これなら、喉にも優しいと思うけど」


 たぶんこの調子じゃおかゆもキツいだろうと思って、せめてこれくらいは思って持ってきたものだ。


「食べさせてぇ……」


 と、唯華は甘えるような調子で口を開けた。


 熱を出すと、いつも以上に子供っぽくなるのが昔の唯華の癖だったけど……もしかして、今もその傾向があるんだろうか?


「はいはい」


 微苦笑を浮かべながら、ベッドの脇に椅子を移動させて腰掛ける。


「はい、あーん」


 擦ったリンゴをスプーンで掬って、唯華の口元に持っていく。


「あー、むっ」


 唯華が、パクッとスプーンに食いついた。


 むぐむぐと、しばらく咀嚼して。


「んっ……美味し」


 飲み込んでから、へにゃっと笑う。

 そのあけすけでいつもより随分幼く見える笑みに、不謹慎ながらちょっとドキッとしてしまった。


「ん゛んっ……次、あーん」


 それを誤魔化しがてら、もう一度リンゴを唯華の口元へと持っていく。


「あーん」


 その後、「あーん」を何度か繰り返して。


「……ありがとね、秀くん」


 全部平らげたところで、どこかしみじみとした調子で唯華がお礼を言ってくる。

 リンゴを食べている間に、さっきよりは少し意識もハッキリしてきたみたいだ。


「これくらい、お安い御用さ」


 実際、大した手間でもないしな。


「うん……リンゴもだけど、私の熱に気付いてくれて」


 ちょっとだけ気まずげだけど、素直に礼を言う様はいつもの唯華だった。


「あのままお出掛けしてたら、出先で動けなくなちゃって秀くんに迷惑かけてたかも」


「別にそれは構わんけど、そしたら今以上に悪化してたかもしれないしな」


 しかし、こうしてるとなんだか昔のことを思い出す。


「唯華、昔っからちょいちょいこんな感じで熱を出してたよな……身体が弱いっつーより、限界まではしゃいじゃう感じでさ」


「あはは……」


 唯華も覚えがあるのか、苦笑が浮かべられた。


「……ん、そうだね」


 それを微笑みに変えて、小さく頷く。


「最近ちょっと、はしゃぎすぎちゃってたかもね」


 目を細めて思い浮かべるのは、最近の日々のことなのか。


「今が……今の生活が、凄く楽しいから」


「それは……俺も、同じだよ」


 別にこれまでの日々が灰色だったとか、そんなことを言うつもりは全くないけど……唯華と再会してからの日々が、本当に楽し過ぎて。


「ま、少なくとも高校卒業まではこの生活が続くんだ。程々のペースではしゃいでこうぜ」


「あはっ、だねー……」


 自戒も込めての言葉に、唯華が苦笑と共に頷く。


「ふわぁ……」


 と、唯華は小さくあくびする。


「っと……それじゃ、俺はリビングにいるから。何かあったら、遠慮なく声かけてくれな」


「えーっ……? もういっちゃうのぉ……?」


 腰を上げると、目がトロンとしてきてまた若干幼いモードになっているらしい唯華が不満げに唇を尖らせた。


 そんな唯華が、なんだか可愛くて。


「わかった、唯華が眠るまで一緒にいるよ」


 再び腰を落ち着けて、唯華の手を優しく握る。


「んぅ……」


 すると唯華は、頷きなのか微睡みなのかよくわかない動きを見せながらも安心した表情となった。


 それから、いくらかもしないうちに。


「すぅ……すぅ……」


 唯華は、穏やかな寝息をたて始める。


「そー……っと」


 唯華を起こさないよう、慎重に手を離し。


「おやすみ、唯華」


 小さな小さな声でそう言ってから、俺は唯華の部屋を後にした。


 少しでも早く良くなりますように、と願いながら。



   ◆   ◆   ◆



 リビングで読書しながら待機すること、しばらく。


 ──カチッ……コチッ……カチッ……コチッ……


 時計の秒針の音が妙に大きく響いている気がして、なんだか落ち着かなかった。


 俺たちだって、別にいつも煩く騒いでいるわけじゃない。

 だけど、なぜだか今はかつてないくらい家の中が静かに思える。


「ん、もうこんな時間か……」


 時計が指し示すのは、既にすっかり深夜と呼んで差し支えない時刻だ。


 唯華もぐっすり眠ってるみたいだし、流石に俺もそろそろ休むか……。


「………………ぅん」


 ……ん?


 今、なんか聞こえたような……?


「…………くぅん」


 この声……唯華が俺を呼んでる……!?


 もしかして、体調が悪化したのか!?


「唯華ー……? 大丈夫かー……?」


 とはいえ寝言の可能性もあるので、小声で窺いながらそっと唯華の部屋に入る。


「秀くぅん……」


 唯華は、ベッドに臥せたまま。


「どうした? 俺に何かしてほしいこと、あるか?」


「ん……」


 だけど尋ねると小さく首が動いて、どうやら寝言ではないことが確認出来た。


「どうした? 何でも言ってくれ」


 足早にベッドへど歩み寄りながら、尋ねる。


「暑ぅい……」


「あっ、そっか。悪いな、気が利かずに」


 たぶん熱で体感温度が上がってるんだろうと思い、冷房の温度を一度だけ下げる。


「違うのぉ……」


 だけど、唯華は呻くように不満げな声を上げる。


「これぇ……暑ぅいのぉ……」


 これ、といいながら唯華はパジャマの胸元を引っ張った。


 暗闇の元でもそのが見えそうになって、俺は慌てて目を逸らす。


「そ、そうか、着替えが欲しかったんだな。わかった、今出すから……」


「違うのぉ……」


 衣装箪笥の方へと向かおうとすると、力ない手で手首を掴まれて。


「暑いからぁ……秀くん、これぇ……」


 これ、と唯華は変わらずパジャマの胸元を引っ張りながら。


「脱がせてぇ……?」


 ………………。


 …………。


 ……。


「はいっ!?」


 ヌガセテ!?

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