第38話 お婆様と私と、

 お婆様が私に見せてきたスマホの画面上、動画サイトに投稿されたその動画のタイトルは……。


【高校生のカップルが全力でブランコ漕いでるんだがwww】


 んんっ、あれっ……!?


 これ、もしかして……!?


『せーの、で一緒に飛ぶからね? いい?』


『あぁ、了解だ』


『せー……のっ!』


 あの時、誰かに動画撮られちゃってたの……!?

 顔は隠してくれてるみたいだけど……見る人が見れば、私たちだってことは明白……!


 ていうかお婆様、こんな百も再生されてない動画どうやって見つけてきたの……!?


「随分と、『女の子らしく』なったもんだねぇ?」


「うぐっ……!」


 ぶっちゃけ、証拠十分で言い逃れ不可能……!


「あたしが、何も知らないとでも?」


 と、お婆様がスッと目を細める。


 この様子だと、普段の私たちのことも伝わってると思った方が良さそうかな……。


「た、確かに、ちょっとはしゃいでしまうことがあるのも事実です。ですが家事もマスターしましたし、お料理だって十年もかけて……」


「そもそも」


「っ……」


 小さい頃から叱られてきたからか。


 お婆様に睥睨されると、それだけで言葉が出なくなる。


「あたしに黙って結婚の話を進めたってぇ事実そのものが、アンタ自身合格ラインに到達してないと認めてるって何よりの証左なんじゃないのかい?」


「そ、れは……」


 実際、否定出来ない。


 今でも私は、お婆様の方針全てに納得出来ているわけではsないんだから。


 女に生まれたからって、私の『らしさ』は誰にも決められたくなんてない。

 決められた誰かになんてなりたくない。


 私に『唯華』と名付けたのは、お婆様で……唯の華であれ、と願われているのかもしれないけれど。

 私は、誰かの隣でただ微笑んでいるだけみたいな存在にはなりたくなかった。


「唯華、あたしぁね」


 続く言葉はお説教か、これからの実家での『矯正』計画か。


 いずれにせよ、私にとって良い話であるはずがなくて……私がキュッと手を握った、その時だった。


「ちょっ、そちらは困ります……!」


「すみません、正式な謝罪は後ほど」


 廊下の方から、そんな声と慌ただしい足音が聞こえてくる。


 最初のはお手伝いさんの高倉さんの声で、次のは……この私が、聞き違えるはずもなく。


「ここか?」


 襖を勢い良く開けて顔を覗かせた、その人のことを。


「おっ、ようやく見つけた」


「しゅっ……!?」


 驚きのあまり、ちゃんと呼ぶことが出来なかった。


 まさかこの場に現れるなんて、思ってもみなかったから。


「……主の許可も得ずに上がりこんでくるたぁ、九条もチンピラに成り下がったもんだねぇ」


「おっと、これは失礼。お邪魔しても?」


 眉根を寄せるお婆様に対して、秀くんは挑発的な笑みを浮かべて襖をノックする仕草。


「尤も、人のいない間にパートーナーを掻っ攫うようなチンピラ相手には相応な態度という気もしますが」


「ほぅ……? 言ってくれるじゃないか」


 あわわわ、お婆様もニンマリ笑って……完全に臨戦態勢に入っちゃってない……!?


「そっちが然るべき筋を通さなかったせいで、わざわざ重い腰を上げて来てやったっていうのに」


「そんな筋なんぞ、こっちとしちゃあ知ったことじゃありませんので」


 嗚呼……こんな時なのに。


「おや、相手の家のことも尊重出来ないような輩の結婚生活が上手くいくものかねぇ」


「尊重はしますが、それは全てを受け入れることとは別でしょう。明らかにおかしな古い因習なんぞに従う道理はない」


 本当に……こんな時に、こんなことを考えるべきじゃないって。

 わかっては、いるんだけど。


「くくっ、お宅の古い因習に従って結婚を決めた小僧が言うと説得力があるねぇ」


「確かに理不尽を感じたのも事実ですが、最終的には自分の意思で決めた結婚です。無理矢理に決められたものでも、まして妥協したものでもありません」


 お婆様と睨み合い、火花を散らす秀くんは……今までに見たことがないくらい苛烈で、荒々しくて、どこか傲慢にすら感じられるその表情は。


「……なんて。無駄な腹の探り合いは、ここまでにしましょう」


「せっかちだねぇ、若いのに。年寄りの話に付き合ってくれるってぇなら、粗茶くらい出してやらんでもないよ」


「いいえ結構、すぐにお暇しますので」


「ほぅ、あたしがすぐに結婚の許可を出すような妙案を用意していると?」


「ふふっ……貴女も最初からわかっているんでしょうに、白々しい」


 笑っているのに、いつもの優しさや気遣わしげな雰囲気は少しも感じられなくて。


 慇懃無礼なそんな態度は、今までに見たこともないもので。


「この度は、貴女の許可を得に来たわけではなく」


 グッと力強く私の肩を抱き寄せる、秀くんは。


 秀くんは……!


「俺の一番大切なものを、攫い返しに参りました」


 かっっっっっっっっっっっこよ!!


 はぁっ、こういう秀くんも新鮮でしゅきぃ……!

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