第8話 春休みが明けて
「おっはよー」
「あぁ、おはよう」
こうして朝の挨拶を交わすのも、何度目かになるけれど。
パジャマ姿の無防備な唯華の姿には、何度見ても未だに慣れなかった。
「トースト、ちょうど焼けたところだ」
その気まずさを誤魔化すのも兼ねて、トースターから食パンを取り出し皿に乗せる。
マーガリンと一緒に、唯華の席へ。
「ありがと! んー、良い焼き具合! やっぱ朝は、カリカリのトーストにたっぷりのマーガリンだよねー!」
「それとオレンジジュース、だろ?」
「はいパーフェクト!」
オレンジジュースを注いだコップを差し出すと、唯華はグッと親指を立てて返してきた。
先に盛っておいたサラダとヨーグルトも並べれば、朝食完成だ。
『いただきます』
お互いに手を合わせて、食べ始める。
「さて……今日から登校なわけだが」
それから俺は、考えていた件を切り出した。
昨日で春休みも終了。
登校時間とか諸々を考慮し、今日から唯華もウチの高校に転入してくる手筈になっている。
「一応聞くけど、俺たちの関係は学校では伏せるってことでいいよな?」
「そうだねー」
念のため確認すると、唯華は軽い調子で頷いた。
「何しろ、九条と烏丸の縁談だもんねー」
「変なタイミングで情報が漏れるとシャレにならんよな……」
ぶっちゃけ、色んなとこの株価に影響が出るレベルである。
「それじゃ、家を出るのも別々にした方がいいな。どこに人の目があるかわからんし……とりあえず今日は、唯華の方が先に出るってことでいいか? 職員室への挨拶とか、早めに行った方がいいだろ?」
「お気遣いありがと。それじゃ、そうさせてもらうね」
こうして、学校での方針は特に揉めることもなくサクッと決まった。
「……ところで、秀くん」
けれど、なぜか唯華は神妙な表情となる。
「やっぱり今でも、他人は受け入れられない?」
……唯華との出会いが出会いだ。
俺の学生生活に、察するものがあったんだろう。
「あの頃より更に拗らせてるよ。おかげで、友人の一人もいない立派なぼっちだ」
俺は、苦笑しながら肩をすくめてみせた。
「そっか……じゃあ」
唯華は、コクンと頷いてから微笑んで。
「私と、友達になろう!」
いつかと同じ言葉を口にしながら、俺に手を差し出した。
◆ ◆ ◆
そして、約一時間後。
「ねぇ、烏丸さんってあの烏丸の?」
「前の学校って、どこなんですかー?」
「一度パーティーでお会いしたことあるんですが、覚えてらっしゃいます?」
「部活やってた? 良ければ、軽音楽部どう?」
朝のHR終了後、唯華は早速級友たちに囲まれていた。
我が校では二年進級の際に文理で分かれて以降、三年進学時にはクラス替えがない。
唯一の新顔に、興味津々ってところだろう。
まぁ、一部は単なる興味だけじゃなく何かしら腹に抱えてそうだが……そういうのも、唯華は上手く捌いているように見えた。
お見合いでの大人びた姿とも家で見るラフな格好とも違う印象で、こうして制服姿で同じ教室内にいるというのはなんとも不思議な感覚だ。
にしても、俺と同じクラス、しかも前後の席っていうのは、たまたまなのかどっちかの家の意向が働いているのか……。
「ねぇ、九条くん……だったよね?」
なんて思っていたところに、唯華が振り返ってくる。
同時に、唯華を取り囲んでいる奴らが「あっ、やべ……」的な空気感になった。
何も知らない転校生が、俺に拒絶されて傷付くのを恐れてのことだろう。
「私、クラスの皆さん全員とお友達になりたいと思ってるの」
一方の唯華は、綺麗な微笑みを俺へと向ける。
「だから、九条くんも仲良くしてくれると嬉しいのだけれど……いいかな?」
さて……ちょっと匙加減が難しいが……。
「……あぁ、よろしく」
仏頂面のままそう返すと、、周囲がちょっとザワついた。
友達になろう、と言ってきた唯華の真意。
それは、学校では友人同士として振る舞おうってことだった。
俺としては学校で唯華と接点を持つのはリスクになると思ってたんだけど、むしろ全く接点がない方がリスクだっていうのが唯華の主張だ。
確かに、唯華と一緒に出かける機会も多いわけで。
完全に他人同士だと思われている二人が一緒にいるのを目撃されれば色々勘繰られるだろうが、普段から友人関係として振る舞っていればいくらか言い訳も作りやすいだろう。
問題は、俺に友人が出来るという設定自体が不自然だって点だけど……。
「九条がデレた……?」
「九条、美人に弱い説……? いや、それはだいぶ前に否定されたな……」
「流石の九条も、烏丸家との関係は気にせざるを得ないというだけでは?」
「あー、ね?」
「上流階級の方も色々大変だなぁ……。」
ひそひそと聞こえる声から、どうやらそんな風に納得されたらしい。
概ね、計算通りである。
……つーか俺だって、誰が相手だろうと流石に今のを突っぱねる程に尖っちゃいねぇよ……いや、割と最近似たような状況で突っぱねたような気もするな?
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
その日の夜、自宅で。
「上手くいって良かったねー」
「とりあえず初手は及第点ってところか……?」
私は小さく笑って、秀くんは苦笑を浮かべる。
「しかし、問題はここからだ」
それから、秀くんは悩ましげな表情になった。
「学校で友達と過ごすって、どうすればいいんだ……?」
「あはは……」
本人は真剣なんだろうけど、思わず苦笑が漏れる。
「別に、そんな気負うことはないと思うよ。時々雑談するとか、一緒に教室を移動するとか、そんな程度で」
「なるほどな」
素直に頷く秀くんを見ていると……これまでの秀くんの学生生活を思うと、胸が苦しくなってくる。
秀くんとの友人設定について、実は秀くんに説明したのは理由の半分だけ。
もう半分は、学校で秀くんが一人ぼっちで過ごしている姿なんて見ていたくなかったから。
きっと秀くんは、そんなのなんでもないって言うんだろうけど……本人は、本心からそう思ってるんだろうけど……単純に、私が嫌なの。
あとはまぁ……私が学校でも秀くんと一緒にいたいがための言い訳作り、って理由もなくはないけどね。
「残り一年の高校生活、エンジョイしようねっ」
「えっ……?」
私の言葉に、秀くんは初めて聞いた言語を耳にしたみたいに固まっちゃった。
きっと秀くんは、学校っていうのを楽しむ場として認識してなかったんだろうと思う。
だけど……驚き顔が、ゆっくりと笑みを形作っていって。
「あぁ、そうだな」
そう言って、頷いてくれた。
私が、秀くんの高校生活を彩ってあげる……なんて、自惚れるつもりはないけれど。
秀くんにとって、最後の一年が良い思い出として刻まれてくれば良いなぁって……心から、そう思う。
「っと……そろそろ風呂の準備してくるわ」
と、秀くんは少し照れくさそうに早口で言ってリビングを出ていく。
「……あっ、そういえば」
ちょうどそのタイミングで、思い出したことがあった。
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