第58話 妹が仕切るBBQ

「火の準備、出来たぜー」


「はいはいっ! 材料も切り終わりましたーっ!」


 男子陣と女子陣に分かれてそれぞれ進めていた作業は、ほぼ同時に完了。


「それじゃ、どんどん焼いてっちゃいましょーっ」


 高橋さんの号令の元、肉や野菜を各々が網の上へと載せていく。


 BBQの開始である。


「んーっ、美味しいですーっ! 高い! お肉の! 味がする!」


 肉を頬張り、幸せそうに顔を綻ばせる高橋さん。


 ちなみに今回、予約とかのメインの幹事役は高橋さんにお願いしていて、代わりに他のメンバーでこういう食材なんかを用意していた。

 肉は、衛太からの提供だ。


「こちらのお肉も良い焼き加減ですのでどうぞ、陽菜先輩。衛太先輩、それはもう少し火を通した方がよろしいかと。兄さん、好物のカボチャが仕上がっていますよ」


 なお、BBQの統括は一葉。

 引き続きメイド服姿で、テキパキ網の上を仕切っている。


「一葉ちゃん、メイドさんだからってそんなことまでしなくても良いんですよ?」


「いえ、これは趣味ですので」


 気遣ってくれる高橋さんへと、手を止めないまま答える一葉。


「一葉、昔っからこういうとこで仕切るの好きだもんな」


「はい」


 俺の言葉に、やっぱり手を止めないままコクンと頷いた。


「私のことは、BBQ同心とでもお呼びください」


「奉行じゃないんだ……」


 一葉の自称を聞いて、唯華が半笑いを浮かべる。


「私如きが御目見以上など、恐れ多いので」


「誰に対する何の謙遜なの……?」


 それを微苦笑に変化させ、唯華は焼き上がった肉を箸で取る。


「でも、一葉ちゃんもちゃんと食べなきゃ。ほら、あーん」


「あむ」


 唯華によって運ばれた肉を、一葉は素直に口に入れた。

 しばらくもむもむと咀嚼した後に、ゴクンと飲み込む。


「ありがとうございます、義姉さん」


「どういたしましてっ」


 小さく微笑み合う二人。


「姉さん……?」


『っ……』


 そこに高橋さんの疑問の声が上がって、俺と唯華の表情が若干強張ってしまった。


「失礼しました。唯華先輩のようなお姉さんがいてくれれば良いのになぁという思いが、つい口から出てしまったようです」


 一方、当の一葉は表情を変えることもなくしれっと言い訳する。


「なるほどっ! 一葉ちゃん、私のことも姉さんって呼んでくれて良いんですよっ!」


「申し訳ございません、陽菜先輩からはあまり姉力あねぢからを感じられませんので……」


「あねぢからっ!」


 いかにも申し訳なそうな表情で謎の概念を持ち出す一葉に、高橋さんは目を見開いた。


「確かに私は一人っ子ですが……でも、唯華さんだってそうですよね?」


「あれ? 言ったことなかったっけ? 私、妹いるよ?」


「あねぢからの正体!」


 謎の概念に対して、高橋さんなりに答えを見出したらしい。


「あの子も二学期からウチの学校に転入してくるから、そのうち紹介するね。特に、一葉ちゃんとは同学年になるし」


「二学期から……? あっ、唯華さん前は海外に住んでたんでしたよねー。妹さんは、向こうのスクールを卒業してからこっちに転入ってことですか」


「そそっ。っていっても、もう卒業式は済んでるんだけどね。せっかくだしこっちの夏休み期間まではってことで、まだ向こうに残ってるんだよねー」


 唯華の妹、烏丸華音かのんさん。

 存在は勿論知ってたけど、実は俺も会ったことはないんだよなぁ……。


 小さい頃には、会う機会もなかったし。


 両家顔合わせの時にも、来てもらうことはなかった。

 そのためだけにわざわざ帰国してもらって、向こうでの最後の時間を使ってもらうのは申し訳なかったから。


 帰国後ならいつでも会えるわけだし。


 唯華の妹なんだから、きっと凄く可愛い子なんだろうなぁ。会える日が楽しみだ。


「……兄さん」


 なんて考えていると、なぜか一葉がジト目を向けてくる。


「実の妹がすぐ隣にいるというのに、他所様の妹さんに思いを馳せるとは……少々、浮気癖が過ぎるのではないですか?」


「ははっ、悪い悪い」


 謝りながら頭を撫でると、一葉はムフーッと満足げな表情となった。

 つっても、ほとんど変化してないんだけど。


「今日の兄さんは、いつもより兄力あにぢからが高いですね。ミニスカメイドさんと迷いましたが、やはりロングスカートのクラシカルスタイルを選んで良かったです」


「仮に一文目が正しいとしても、二文目の理由からではないからな!?」


「ドロワーズまでキッチリ履いてきた甲斐がありました」


「それについては初耳の情報だし……!」


「いやですね、兄さん。流石に、この場でお見せるするのはちょっと……せめて、向こうの草むらに移動しませんか?」


「会話機能バグってんのか……!?」


 少し赤くなった頬に手を当てる妹にツッコミを入れていると、後ろから肩を叩かれた。


「大丈夫ですよ、九条くん。私たちは、ちゃーんと理解してますから」


 振り返ると、妙に優しげな笑みを浮かべた高橋さんにそう言われる。


 いやまぁ、こんなもん冗談だってそりゃわかるだろうけど……。


「九条くんがどんな趣味だろうと、否定したりはしませんよっ」


「俺本人が否定してるんだけどねぇ……!」


 まぁ、流石に高橋さんも冗談だろうけど………………冗談だよね?



   ♠   ♠   ♠



「ねねっ」


 皆の意識がBBQに戻った頃、唯華が何やらニンマリ笑いながら身を寄せてくる。

 また何かイタズラでも思いついたか……? なんて思っていると。


「メイドさん、好きなの?」


「ごふっ!?」


 耳元で囁かれて、思わず咳き込んでしまった。


「? 九条くん、どうしました?」


「や、ごめん、ちょっと肉が変なとこに入ってさ」


「それは大変。ほら、お水だよー」


 高橋さんが振り返ってきた瞬間にサッと離れた唯華が、しれっとコップを渡してくる。


「……どうも」


 唯華にそう返す俺の目には、若干恨めしげな色が宿っていることだろう。


「大丈夫です?」


「うん、大丈夫大丈夫。もう平気だから、ありがとね」


「なら良かったですー」


 と、高橋さんは微笑んでBBQに戻った。


「誤解だってずっと言ってるだろ……!?」


 そして、俺は小声で唯華に抗議する。


「ホントかなー? 今日の一葉ちゃんを見る目、なんだかちょっとエッチじゃない?」


「どんな服着てようが、妹にそんな目向けるわけないっての……!」


「ふーん? じゃあ、私がメイド服を着てたら?」


 言われて、思わず想像してしまった。

 メイド服に身を包まれた唯華はいつも以上に清楚な印象で、上品な笑みを浮かべてお茶を淹れてくれる様なんかは……。


「んふっ」


 と、ここで俺は自らの失態を悟る。これ、考えはお見通しって笑顔だよなぁ……!


「今度着てあげるね……ご主人様っ?」


「っ……!」


 耳元での囁きは、なんだか妙に蠱惑的に聞こえる気がして……まぁ、その、着てくれるんならお願いします、という思いを込めて小さく頷くことしか出来ない俺だった。


 きっと、今の顔は真っ赤になっていることだろう。

 誰にも見られてないのが幸いだな……。



   ◆   ◆   ◆



 はぁっ、尊みぃ……!


 皆と一緒にいるところでコッソリ内緒話、この時点で既にエモポイント百点満点中五万点……!


 その距離感は幼い頃と同じでありながら、話す内容は成長した二人だからこそ……!

 男子みたいだったあの子のメイド姿を想像して、ドキドキする日が来るなんて……!


 口では否定しつつもホントは嫌いじゃないって即座に見抜く義姉さんの兄さん理解度に兄さんの照れ顔も高ポイントで、合わせてエモポイント八億点!


 ……は? メイドさんはエッチではありませんが?


「一葉ちゃん、もうお腹いっぱいになっちゃったんですか? なんだか、凄く満足そうな表情ですけれど……全然食べてなくないです?」


「もう…喰ったさ。ハラァ…いっぱいだ」


「そうですかー、少食なんですねー」


 なお、先程の兄さんの映像は心の『メス顔』フォルダに保存しておくこととします。






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ラノベニュースオンラインアワード、本日20時が締め切りです。

『男子だと思っていた幼馴染との新婚生活がうまくいきすぎる件について』もエントリされておりますので、本作面白いと思っていただけましたらご投票いただけますと嬉しいです。

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1作より、簡単に投票出来ます。

↓にて、投票方法の詳細についても記載しておりますのでよろしければご参照ください。

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