第57話 妹もいる旅行

 雨に降られてダッシュでロッジで駆け込んだところ、なぜかメイド服姿の一葉に迎えられて。


「なんでここに……!?」


 口を衝いて出た俺の疑問の声は、当然のものと言えよう。


「期間限定イベントが開催されるとの報せを受けたため、イベントスチルを回収しに参りました」


「なんて?」


 一から十まで全部聞こえた上で、ちょっとよく意味がわからなかった。


「陽菜先輩にお誘いいただきましたので、と言いました」


「そ、そうなのか……」


 今度は言葉の意味はわかったものの、状況がわからなかった。


「高橋さん、なんで一葉を……?」


「え? そりゃ、九条くんの妹さんですもの。せっかくですし、お誘いしますよーっ」


「うん……?」


 高橋さんに確認してみても、意味がわからなかった……が、一瞬遅れて気付く。

 もしかして、『友達の友達は友達』理論の使い手って、『友達の妹も友達』判定なの……!?


「あれ? 九条くん、一葉ちゃんが来るって知らなかったの?」


「なんで一番の当事者が知らねぇんだ?」


「それは俺が一番知りたいよねぇ……!」


 唯華と衛太の口ぶりから知らなかったのは俺だけらしく、心からの声が漏れた。


「サプラーイズ」


 一葉は後ろ手に持っていたらしいクラッカーを俺に向けて、パンッと鳴らす。

 飛び出してきた紙テープが、俺の濡れた髪や服に貼り付いた。


「メイド姿の妹がいきなり出迎えてくれたら兄さんも嬉しかろう、と思いまして」


「お、おぅ……秀一っちゃん、そういう趣味が……」


「びっしょびしょの濡れ衣着せるのやめてもらえるか!?」


 俺にそんな趣味はない………………あんまり。


「ふふっ、物理的に濡れた服を着ている現状と掛けた兄さんの面白ギャグですね」


「そんな意図はない! なんか俺が滑ったみたいになるからやめて!?」


 いや、そんなことよりも……。


「にしても高橋さん、どうやって一葉と連絡取ったの……?」


「同じ学校に通ってることは聞いてましたので、一年生のクラスに聞いて回りましたっ」


「相変わらず行動力の化身だね……」


 事もなげに言う高橋さんだけど、それを実際に実行できる人はなかなかいないと思う。


 しかし俺に連絡先を聞くっていう一番手っ取り早い手段を選んでない辺り、サプライズは元々高橋さんの計画なのかもしれないな……メイド服は一葉の趣味だと思うけど。


「兄さん」


 そこでふと、一葉が表情を改めた。


「兄さんに事前連絡無しで来てしまってすみませんでした。邪魔ならすぐ帰りますので」


 平静な顔に見えて、その瞳は少しだけ不安げに揺れている。


 俺は、思わず「ふぅ」と息を漏らした。


「お前のこと、邪魔だなんて思うわけないだろ?」


 俺の顔に浮かんでいるのは、微苦笑ってとこだろう。


「皆が良いって言ってるんなら、それでいいに決まってる。一緒に楽しもう」


「兄さん……!」


 少しだけ、一葉が目を見開く。


「今のは、妹ルートも視野に入れてのフラグ立てということですね?」


「ということではないけども」


 よくわからないけど、ここは否定しておかないといけない気がした。



   ◆   ◆   ◆



 基本的に、私自らが推しと絡む展開は解釈違いなのですが……以前、それで義姉さんに誤解を与えてしまった件もあります。

 それに、複数人でのイベントでしたらモブが一人くらい混じっても問題ないでしょう。


 そう思って、陽菜先輩からのお誘いをありがたく受けることにしました。


 皆さんと一緒に楽しみたいという気持ちだって、勿論本当です。


 ですが、やはり一番の目的は……。



   ♠   ♠   ♠



「さて……」


 男子部屋と女子部屋に分かれ、それぞれ荷物を置いてきて。


「この後、どうしようか?」


「どうしましょうね?」


「どうすっかね」


「ふふっ、どうしようね」


 俺たちは共有スペースのテーブルに再集合し、今日この後の予定について話し合うことにした。

 基本的に、晴れることを前提にしてプラン立ててきたからな……。


 ……というのは、ともかくとして。


「一葉は座らないのか?」


 俺と唯華、高橋さんと衛太がそれぞれ二人掛けの椅子に座って向かい合っている中、一葉はテーブルの横に立ちっぱなしだった。

 すぐそこに、一人掛けの椅子もあるんだけど。


「私は、ロールプレイに徹する派ですので。というわけで皆様、お飲み物はいかがでしょうか? 紅茶が本日のオススメです」


「……じゃあ、紅茶をいただこうかな」


「かしこまりました」


 ペコリと一礼し、キッチンスペースへと向かう一葉。

 まぁ、やりたいって言うなら止めることもないだろう。


「おろ? 雨、上がってきてないです?」


「おっ、確かにねぇ。ただの通り雨っぽいか?」


 高橋さんが背後の窓を指し、衛太も振り返って同意する。

 確かに、雨はだいぶ弱まって見える……と、俺も窓の外に目を向けていると。


 椅子に置いている手が、ツンツンと突かれる。


「何……」


 唯華の方を振り向きながら尋ねようとしたところ、「しっ」と口元に人差し指を当てる唯華と目が合った。

 知らんぷりしとけってことかな……? と判断し、顔を前に向け直す。


「この分なら、お昼のBBQはいけそうですねっ」


「だにゃー、飯抜きにならずに済みそうで良かったぜ」


「流石にその辺りは、セカンドプランも考えてありますってー! 今は、電話一つでピザでもお寿司でもガパオライスでも、何でもデリバリーしてくれる時代ですよっ!」


「いやまぁ、流石に山の中までは配達エリアに入ってないと思うけどね……」


「えっ!? 現代、未だに配達エリアなんて概念に囚われてたんです!? そんなの、とっくに科学の力で乗り越えてるのかと……! 自分で注文したことないんで、知りませんでしたっ」


「……マジで、晴れてくれそうで良かったね」


「あはっ、ですねーっ。まぁ、最悪屋内で普通に調理すれば良いだけの話ですけど、そのために、ちゃんとしたキッチン付きのロッジを選んだんですし」


「一応、ちゃんとしたセカンドプランもあったんだな……」


 なんて話しながら、高橋さんと衛太もこちらに向き直る中……こしょこしょっ、と。


「ふっ」


 唯華に手をくすぐられて、思わず笑い声が少し漏れてしまった。


「? 九条くん、どうしました? あっ、また高笑いの衝動ですかっ!?」


「そ、そんなとこかな……」


「出そうなら遠慮なく出しちゃってくださいねっ! 皆、気にしませんから! ねっ?」


「オレは今、高笑いの衝動という謎ワードが割と気になってるけどな……」


 高橋さんに水を向けられた衛太は、めちゃくちゃ微妙な表情となる。。


 ツンツン、さわさわ。

 その間も、唯華が俺の手を突ついたり撫でたりしてきてくすぐったい。


 でも、表面上は何もありませんよって顔。

 なるほど……『そういう』ルールか。


 理解して、俺も二人にバレないよう唯華の手を突付いたり撫でてみたりし始める。


「それじゃ、雨が上がり次第お昼にしようか」


「そうだねー……んっ」


「あれ……? 唯華さん、なんか顔が赤くないです?」


「そ? ちょっと暑いからかな?」


「あっ、確かに私もちょっと暑いと思ってたんですよー」


「衛太、そこのリモコン取ってもらえるか?」


「……や、オレの方で温度下げとくぜー」


 なんてやり取りの間にも、唯華と手をくすぐり合う……と。


「……?」


 ふと背後から視線を感じた気がして、振り返る。


「………………」


 けれど、後ろでは背を向けた一葉が黙々と紅茶を準備しているだけだった。


 気のせい、だったかな……?



   ◆   ◆   ◆



 エッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!


 あっあっ、エッチです……!

 とてもエッチです……!


 他の人に隠れて絡み合う、指と指……手ックスはもはや、本番行為も同然……!

 レーティング大丈夫ですか!? R-18タグ必要じゃありませんか!?


 はぁはぁ……!

 義姉さんならば、この旅行でも何かしらの攻め手を講じてらっしゃるだろうとは思っってはいましたが……予想以上にエッチ!


 やはり、義姉さんはエッチでした……!

 それこそが世界の真理……!


 そして今回の限定イベント、予想以上の神イベです……!

 密かにお二人を観察し、心のハードディスクに余さず永久保存せねば……!

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