第64話 海に来た
真夏のある日。
『うーみーっ!』
俺と唯華は、水平線に向かってお決まりのやつを叫んでいた。
今度は、二人きりでの旅行である。
ちょうど海沿いに烏丸家の別荘があるってことで、宿泊地としてはそこを使わせてもらう予定だ。
この砂浜も付近の別荘の利用者くらいしか来ないそうで、確かに海岸沿いに人はまばらに見える程度だった。
これなら、知り合いにばったり……なんて可能性も低いだろう。
「それじゃ、到着きねーん! はい、チーズ!」
唯華の手にしたデジカメで、海を背景にしたツーショットを撮影。
約束した通りに俺たちは事あるごとに写真を撮っており、ここまでの道中の分だけでも結構な枚数になる。
「この辺でいいかな?」
「いいんじゃなーい?」
撮影も終わったところで、適当な場所にパラソルを設置。唯華がその下にレジャーシートを敷いて、端の方を手頃な石で押さえていく。
「それじゃ、着替えてまたここ集合ねっ」
「あいよー」
一応の場所取りも済ませ、俺たちは一旦分かれて更衣室に向かうのだった。
♠ ♠ ♠
それから数分後、サーフパンツに着替えた俺はパラソルの下で唯華を待っていた。
そういえば、「当日のお楽しみっ」って言って結局どっちの水着買ったのか教えてもらってないんだよな……まぁ、どっちにせよ心の準備はできてるけど。
「秀くん、お待たせーっ」
だから、そんな声に何気なく振り返って。
「っ!?」
唯華の姿を目にした俺は、咄嗟に目を逸らすこととなった。
目に飛び込んできたのが、あの日のタンキニタイプよりずっと大胆な……花柄の黒ビキニだったためである。
「んー? 秀くん、どうしたのかなー?」
見なくとも、唯華がニマニマと笑っていることはわかる。
「や、その、ちょっと大胆すぎやしないかと思いまして……」
そして俺は余裕がなくて、素直にそう答えることしか出来なかった。
「うーん? 似合ってないってこと?」
「凄く、似合ってはいる……けど……」
実際、スタイルの良い唯華は大胆な水着も完璧に着こなしている。
けど、だからこそ……。
♥ ♥ ♥
おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
流石に! 大胆な水着を! 選びすぎたかもしれない!!
タンキニはもう見せちゃったし、本番ではもっと大胆にいかないとねー、とか思ってノリノリで選んだけど……実際にこの恰好で秀くんの前に出ると、急に恥ずかしさが込み上げてきたよねぇ……!
これ、もう下着じゃん……! もじもじしちゃいそうになるのを堪えるのに必死だよぅ……!
肝心の秀くんは、あんまりこっち見てくれないし……!
……にしても、こうして直で見るのは初めてだけど。
やっぱり秀くん、良い身体してるよねぇ……細身だけど筋肉質で、鍛えられてるのが良くわかる。
胸板とか腹筋とか、触ってみたいなぁ……。
触っちゃ駄目かな……。
……いいんじゃない?
だって、私のモノになったんでしょ?
それなら、ちょっとくらい……。
「……唯華」
「ひぇっ、ごめんなさいっ!」
半ば無意識に手を伸ばしかけたとこで呼びかけられて、つい反射的に謝ってしまった。
「……? 何が?」
ただ、秀くんは不思議そうに首を捻っている。
良かった、私の魂胆が見抜かれたわけではなかったみたい……。
「や、うん、なんでもないよっ! それより、どうかした?」
「うん、悪いんだけど……パラソルとシート、あの岩の向こうに移しても良いかな?」
「……? いいけど、なんで?」
今度は、私の方が首を捻る番だった。
「向こうの方が人、少なそうだから」
「別にここも、邪魔になる程の人はいないと思うけど……?」
ざっと見回しても、まばらに人影が確認出来る程度だし。
「……それでも」
と、秀くんはなぜかとても気まずそうに言い淀んで。
「今の唯華を、他の人に見せたくない」
「っ……!」
思わぬ言葉に、心臓が撃ち抜かれた。
それって……俺にだけ見せろ、ってことだよねっ?
んふふっ……心配しなくても、秀くんに見せるためだけの水着だよっ。
でも……大胆なの選んだ甲斐、あったかもっ。
♠ ♠ ♠
だいぶ恥ずかしいことを言ってしまった気がするけど……いやでも、今の唯華を他の男性が見たら絶対ナンパとかされるだろうし?
ほら、危機管理的な意味で?
極力人の目がないところに行った方が良いかなーと思って提案した次第でして……決して、筋違いの独占欲が生じたとかそういうわけでは……うん、誰に言い訳してんだろうな俺は……。
なんて、唯華の方をまともに見れないままパラソルとレジャーシートを移動させる俺なのだった。
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ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
本作、おかげさまで書籍版1巻の重版が決定致しました。
ご購入いただきました皆様、誠に誠にありがとうございます。
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