第63話 幼い頃の君

 皆での旅行から帰って、数日後。


「うん……?」


 リビングの机の上に見慣れないものを見つけて、俺はちょっと首を捻った。


「アルバム……?」


 何冊も積まれているそれは、当然俺のではない。

 ということは、正解は一つ。


「あっ、それ? こないだ実家帰った時に、持って帰ってきたんだー」


 果たして、ちょうど部屋から出てきた唯華が答え合わせをしてくれた。


「お婆様がさー。ウチにあっても仕方ないから持ってきな、って。酷くない? 孫の幼い頃の姿を振り返ろうって気がゼロだよ?」


「ははっ……」


 冗談めかす唯華に、苦笑する。


「せっかくだし、見せてもらっていいか?」


「えー? なんか恥ずかしいなーっ?」


 なんて、渋る素振りを見せる唯華だけど。


「ホントに見られたくないもんだったら、こんなこれ見よがしに置いとかないだろ?」


「にひっ、バレちゃったか」


 俺の指摘に、イタズラっぽく笑ってペロリと舌を出した。


「一緒に見よ! 実は私も、まだ中見てないのっ」


 それから、弾んだ声で言いながらソファに座って隣をポンポンと叩く。

 お誘いに従い、俺はその定位置に腰を下ろした。


「それじゃ、最初のページは……わっ、赤ちゃんだーっ」


 開かれた一ページ目には、たぶん生まれたばかりだろう唯華の写真がいくつも収められている。

 病院のベッドで眠る赤ちゃん唯華、お母さんに抱かれる赤ちゃん唯華、泣いている赤ちゃん唯華。


 全部が全部……。


「可愛いな」


 思わず、そう漏らしてしまった。

 ふくふくしていて単純に愛くるしいし、こんなに小さいのに今の唯華の面影も感じられるっていうのがなんだか面白い。


「あはっ、やっぱりちょっと恥ずかしいかも。泣いてる写真とかあんまり見ないでよー」


「いやいや、これもめっちゃ可愛いじゃん」


「やー、これは流石にぶっちゃいくでしょー」


「そんなことないって」


 なんて、ワイワイ言い合いながらページを捲って行く。

 かなりの枚数だけど、色んなシチュエーションがあって見ていて全く飽きない。


「おっ、ついに唯華が立った」


「掴まり立ちだねー。へー、生後半年と十六日かー。これって、早い方? 遅い方?」


「どうなんだろうな……? 俺も、自分がいつ立ったのかとか知らないし」


「あっ、ちょっ、これはホントに見ないで!」


「いいじゃん、小さい頃のオネショくらい」


「だとしても恥ずかしいってぇ……!」


「はいはい、じゃあ次いこうな」


「わっ……ここのページの私、積み木ばっかりしてるー」


「こうして見ると、日に日に『積む』って概念を理解していってるのがわかるな……最初は持ったり舐めたりしてるだけだったのが、ここではもう『積み木』になってる」


「ホントだねー。私、日々成長してるっ」


「にしても、この頃の唯華は普通に女の子の服着てるんだな……当たり前だけど」


「そりゃそうでしょ、自分で選ぶ歳でもないし」


「あっ……でも、なんか徐々にヤンチャな写真が増えてきたような気がするぞ……? もうブランコから飛び降りるとこが激写されてる!」


「私、こんな小さい頃からブランコ好きだったんだねー」


「ただ、その後の写真でめっちゃ泣いてんな……」


「お婆様に叱られたんじゃない? 写ってないけど」


「そのお約束も、こんな小さい頃からか……」


「物心付いた頃にはそんな感じだった気がするしねー」


「……ところで、さっきからちょっと気になってるんだけど」


 ページを捲る手を止めて、俺は今の唯華へと目を向ける。


「この写真って、誰が撮ってるんだろう……?」


「え? そりゃ、お母様かお父様辺りなんじゃないの?」


「でも、二人も一緒に写ってる写真めっちゃ多いだろ? タイマーって感じでもないし」


「あれ? 確かに……? じゃあ、高倉さん……?」


「今年でお手伝いさん歴十年って言ってなかったっけ? 唯華がこんな小さい頃なら、まだいないんじゃないか?」


「うーん、じゃあ先代の……あれっ?」


 眉根を寄せて唸っていた唯華はふと何かに気付いた様子で、アルバムに書かれた文字を指で撫でた。


 このアルバムには写真だけじゃなくて、最初からずっと撮影日時や場所や状況なんかが達筆な字で記録されている。

 たぶん、相当マメな人が作ったんだろう。


「これ……お婆様の字だ」


 ポツリと呟いた言葉は、俺にというより自分自身に言っているように聞こえた。


「だったら、この写真を撮ってたのも婆ちゃんなんじゃないか?」


「……思い出してきた」


 唯華が、少しだけ目を見開く。


「確かにこっちにいた頃、めっちゃお婆様に写真撮られてた記憶ある……!」


 どうやら、俺の推理で当たりだったらしい。


「当時は、監視の記録でも付けられてるんだって思ってたけど……」


 唯華も、もう気付いているんだろう。

 確かにかなり細かく記録されてはいるけれど、このアルバムはそんな無味乾燥なものじゃ決してなくて。


「こんなの、作ってくれてたんだなぁ」


 端々から、深い愛情を感じられるということに。


「また一つ、婆ちゃんのことがわかったな」


「……うん」


 少しの戸惑いと、それよりずっと多くの喜びが感じられる顔で唯華は小さく頷いた。


「アルバム持ってけって言ったのも、婆ちゃんはもう全部心のアルバムに残ってるからなんじゃないかな? よく見たら、何度も読み返されてるっぽいし」


 さっきの言葉も、そういう意味なら理解出来る。


「お婆様……」


 唯華は、自分の胸にそっと手を当てて小さく俯き……。


「……いやぁ、そんなタマかなぁ?」


 上がってきた顔には、冗談めかした笑みが浮かんでいるけれど。

 でも、それはきっと照れ隠しだ。


 だって、やっぱり凄く嬉しそうでもある笑みだから。


「まっ、それはともかく! 続き見よ見よっ!」


 微笑ましくそれを見る俺の視線がくすぐったかったのか、唯華はポンッと手を打った後にページを捲る手を再開させた。


「わっ、ここで髪バッサリ切ってる!」


「ついに反抗開始か?」


 蒸し返す気もなかったので、俺もアルバムへと視線を戻す。


「だんだん、俺の知ってるゆーくんに近づいてきたな」


「服も男の子っぽいものになってきてるねー。今にして思えば、お婆様があの教育方針だったのにお母様もお父様もよく着せてくれてたなー」


「防波堤にもなってくれてたんだろうな」


「だねー」


 なんて言いながら、既に何冊目かになるアルバムを閉じる。


「次が最後の一冊、か」


「……うん」


 唯華がどこか名残惜しそうなのは、これが華乃さんとの絆を再確認出来る旅路でもあったからだろう。

 表紙をそっと撫でた後、一ページ目から捲っていく。


「お……? なんか、この辺りから急激に時が加速するっつーか……今までに比べて、写真の日付がだいぶ飛び飛びになってるな?」


「お婆様が飽きちゃったんじゃないのー?」


 なんて茶化す唯華だけど、きっと本当の理由にも気付いてる……俺と同様に。


「俺と出会った頃から、だな」


「秀くんと遊びに行くばっかで、家にいる時間も激減してたもんねー」


 それでも記録自体が途切れてないのは、その希少な機会を華乃さんが逃してこなかったってことなんだろう……なんて、考えていたら。


「……秀くんとの写真は、ないね」


 ふと、どこか寂しそうに唯華が小さく呟く。


「俺も、撮ってもらった覚えとかないしな」


 だから、俺はあえて冗談めかした。


「今度は、俺のアルバムも持ってこようか? たぶん実家にあるはずだし」


「あはっ、すっごく見たーい」


 これもきっと、本心から言ってくれてるんだろうとは思うけど。

 そういう問題じゃないことは、俺もわかっている。


 たぶん、俺も同じ気持ちを抱いているから。


「赤ちゃんの秀くんとか、絶対可愛いもん。ま、出会った頃もまだ全然可愛かったけど」


「あんま、男に可愛い可愛い言わないでくれる……?」


「あっ、でも今だってちゃんと可愛いから安心してね?」


「ちゃんとって何だよ……」


 俺の子供の頃の写真も、沢山あると思う。

 今は一葉が使ってるゴツいカメラは元々爺ちゃんのもので、子供の頃からそれで撮ってもらってきた記憶があるから。


 ただ……ゆーくんと一緒に写真を撮った記憶は、やっぱりなかった。


 あの頃に二人で過ごしたとても濃密な日々は、形としてはどこにも残っていない。


「でも、アレだよな。これからアルバムを作っていくならさ」


 だけど。


「二人で写ってる写真ばっかになるな」


「……!」


 俺の言葉に、唯華はハッとした表情になった。


「うん、そうだね……! 二人で写ってる写真を収めてくアルバム、絶対作ってこ!」


 それはきっと、すぐにこのアルバムの冊数だって追い越して。


 何冊も何冊も、積み上がっていくものになるんだと思う。


「今度、選びに行こうねっ」


「最近だとデータで残すのが主流なのかもしれないけど……こういうのを見ると、やっぱモノでも残しておきたくなるよな」


 そして……今から、積み重ねていくとなると。


「いっぱい写真、撮ってこうねっ!」


「あぁ、まずは」


『明日からの旅行で!』


 ということになるだろう。






―――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。

書籍版2巻、7/29(金)発売です。

今回も結構加筆・修正を加えておりますので、こちらもどうぞよろしくお願い致します。

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