第69話 来ちゃった♡

 二人きりでの旅行、二日目。


「ねーっ、見て見て秀くんっ! すっごい綺麗に焼けたーっ! 秀くんが丁寧にオイル塗ってくれたおかげだよーっ!」


 珍しく朝からテンションの高い唯華が、こんがり日焼けした腕を見せてきた。


「おーっ、ホントに綺麗だなー」


 色白な唯華も勿論素敵だけど、小麦色の肌となった唯華は普段より活発的な印象になってまた違った魅力がある。

 そういや子供の頃は外で遊び回ってたから、夏のゆーくんといえば真っ黒だったな……なんて、ふと思い出した。


「ほら、水着の跡がこんなクッキリ!」


「んんっ……!」


 シャツの襟口をグイッと開いて肩を見せてくる唯華から、反射的に目を逸らしそうになる。

 いやいや落ち着け、これくらい水着姿に比べれば何でもない……はず。


「……ホントだな」


 とはいえ単純な露出とも異なる妙な背徳感みたいなのがあるような気がして、どうにかそう絞り出すのが精一杯だった。


「秀くんの方は、そんなに変わってないね?」


「あんま焼けない体質なんだよ」


「あっ、そういえば昔っからそうだっけ」


 なんて言いながら唯華がようやく襟口から手を離してくれたんで、密かにホッとする。


「今日も海、出る? それとも、別のとこ行ってみよっか?」


「とりあえず午前は海でいいんじゃないか?」


「それじゃ今度は、サーフィンとかどうかなっ? 物置きにボードも置いてあるしっ」


「おっ、いいねぇ。俺は初めてだけど、唯華は経験者?」


「うんっ。向こうじゃ結構やってたから、教えてあげるねー」


「あぁ、頼むよ」


 昨日余らせといた食材で朝食の準備をしながら、直近の予定について話し合う。


 俺たちの旅行は、まだまだ始まったばかりだ。



   ♠   ♠   ♠



「やーっ、やっぱサーフィン楽しーっ!」


「上手く波に乗れた瞬間、めちゃめちゃテンション上がるな」


「にしても流石は秀くん、上達が早くてビックリしたよ」


「教え方が上手いからさ」


「ふふっ、かもねー? せっかくだし、午後からもやる?」


「とりあえず、昼を食べながら考えようか」


「オッケー。何にせよ、一旦サーフボード置きに戻らないとだね」


 午前中いっぱい使ってサーフィンに興じていた俺たちは、ひとまず宿泊地である別荘に向けて歩き始めた。

 すると、しばらくして……。


「なんか、良い匂いしてきたね? ソースの香りだー」


「お昼時だし、どっか近くで料理してるんだろうな」


「ねぇねぇ。お昼、焼きそばにしないっ?」


「めっちゃ影響されてんな……」


「焼きそば、イヤ?」


「んなわけないってか、俺も焼きそばの口になってるわ。まだ食材残ってたよな? これ以上はあんま残しときたくないし、豪快に海鮮焼きそばで使いきろうぜ」


「おーっ、いいねーっ」


 空腹を刺激する香りのおかげで、お昼のメニューもサクッと決まった……けど、

 なんか唯華んちの別荘に近づくにつれてどんどん香りが強くなってきてるような……?


「……あれっ?」


 ドアに鍵を差し込んだところで、唯華が首を捻る。


「鍵、空いてる……?」


「えっ……?」


 唯華の言葉に、俺も眉根を寄せた。


「今朝、ちゃんと鍵かけたよね……?」


「あぁ、間違いなく」


 唯華が鍵を掛けた場面が、しっかり記憶に残っている。


『………………』


 俺と見合わせる唯華の顔は、少し強張っていた。

 俺も、似たようなもんだと思う。


「管理会社の人が、何か連絡事項でもあって来てるのかな……?」


「……かもな」


 気休めの会話。

 スマホの番号も伝えてるんだから、直接来る必要があるような用事なんてさほど思いつかない。


 というか最低でも、事前に訪問を伝える連絡は来るだろう。

 勿論、絶対ってわけじゃないから可能性はあるけど……警戒するに越したことはない。


「俺が先に行くから」


「ん……気を付けてね……?」


 不安げな唯華を背に、玄関の扉のノブに手をかける。


 それから、ゆっくりと扉を開けて中を覗き込んだ。

 真っ先に感じられたのは、さっきから漂ってきてたソースの美味しそうな香りが一層濃厚になったこと。


 そして……。


「おっ、帰ってきたーっ! やっほー!」


 中にいたのは、親しげにそんな声を掛けてくるエプロン姿の……えっ、誰?


「……えっ!? なんでここに!?」


 後ろから、唯華の驚きの声。

 どうやら知り合いっぽいけど……んっ?


 よく見ると、なんか顔立ちが……。


「お姉、久しぶりーっ! そしてお義兄さん、初めましてっ! 烏丸華音かのんでっす!」


 そう言いながら一礼する女の子は果たして唯華の妹、華音さんらしく。


「来ちゃった♡」


 イタズラっぽく微笑む様は、確かに唯華によく似ていると思った。



   ◆   ◆   ◆



「……そういえば、妹さんのアカウントをまだ確認していませんでしたね」


 SNS巡回中、ふと私はそのことを思い出しました。


 二学期からクラスメイトになる可能性もあるということで、どんな方か気になる、といったことを義姉さんに先日お伝えしたところ。

 妹さんの承諾を得た上で、アカウントのIDを送ってくれたのです。


 その後も雑談が続いたため、すっかり忘れていました……。


 というわけで、早速義姉さんからのメッセージを開きます。


「ん……? このID、見覚えがあるような……?」


 アカウント名ならともかくIDに覚えがあるとなれば、それなりに交流のある相手のはず。

 既に、ネットの海で出会いを果たしていたということですか。


 ふふっ、不思議な縁を感じますね。

 仲良くなれそうです。


 さて、相互のどなたが……。


「……は?」


 どこかワクワクした気持ちでIDを入力して妹さんのプロフィール画面を開いた私は、その瞬間に固まってしまいました。

 これは、見覚えがあるどころではありません……!


「この女が、義姉さんの妹……!? ……えっえっ? ということは? まさかまさか? 彼女がしょっちゅう書いている、『十年来の推し』というのは……ハッ!? 待ってください!? この投稿……! 昨日見た時は、義姉さんたちと同じ方面に向かうとはなかなかの偶然ですねと思っただけでしたが……! この女のこれまでの行動を考えれば……! いけません、今すぐ兄さんにメッセージを送らねば!」


 兄さん! その女は危険です!

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