第119話 後夜祭

 文化祭の熱はまだ冷めやらず……だけど流石にピークは過ぎ去って、校内全体がちょっとまったりした雰囲気に包まれている。


 今は、後夜祭の真っ最中。


 はーっ。

 結局、『巨大なハート』だって自信を持って断言出来るようなのは見つけられなかったなー。


 それだけは、ちょっと残念だけど。


 ……でも。

 それ以上に嬉しいことが、あったもんねっ♪


 なんて、そっと唇に指を当てる私。


 はぁっ、何度思い出しても心臓の高鳴りがヤバい……!


「そういえばさ」


「うん?」


 秀くんが視線を向けてきたから、サッと手を離して何気ない調子で応じる。


 あのキスの件について、あれから私たちは一言も触れていない。

 それは、一葉かずはちゃんが気にしちゃわないように……っていうのも、勿論あるけれど。


 下手に触れてしまうと……何かが、変わってしまいそうだったから。


 秀くんも同じ気持ちなのかは、わからないけれど。


「財前会長が、今年は試験的に文化祭中だけ屋上を開放するって言ってたろ?」


「あーっ、あったねそんな話っ」


 少なくとも表面上、私たちは今までと何も変わらず接している。


「せっかくだし、ちょっと行ってみないか?」


「行く行くーっ! わーっ、楽しみーっ!」


 クラスの出し物の時間も終わり、私たちは文化祭実行委員としての仕事も全部完了済み。

 後はもう完全にフリーだった。


 というわけで。


「オープーンっ」


 ちょっとだけ重い屋上の扉を、ググッと開ける。

 今の時間は皆グラウンドのキャンプファイヤーの方に行ってるからか、屋上には誰もいなくて閑散としていた。


「へーっ、屋上ってこんな感じなんだーっ」


「意外と広いんだな」


「あっ、こっからキャンプファイヤーがよく見えるーっ」


「おぉ、ホントだなー」


 秀くんと一緒に、フェンス越しにグラウンドを見下ろす。


 キャンプファイヤーを囲んでフォークダンスを踊ってる皆も、とっても楽しそう。

 その中には瑛太と踊る高橋さんや、華音かのんにちょっと振り回され気味の一葉ちゃんの姿なんかもあった。


「なんか……いいよな、こういうの」


「……ん」


 秀くんと二人、目を細める。


 楽しんでる皆の姿を見てると、こっちまで楽しくなってきて……。

 それを二人っきりで眺めるっていう状況に、なんだかちょっと胸がくすぐったいような気分だった。


 しばらく、そのまま無言の……心地良い時間を、二人で過ごしていると。


「……あれ?」


 ふと視線を外した秀くんが、何かに気付いたような声を上げた。


「どうかした?」


「あっち、特別教室楝なんだけどさ」


「うん? ……あっ!?」


 秀くんの指差す方を見て、私は思わず目を見開く。


 後夜祭中は使われていないはずの特別教室楝だけど、いくつかの窓から光が漏れていて。

 それが……。


「たまたま、消し忘れが重なってあぁなったのかな? ハート型に、なってるよな」


「うん……うん! 確かにハート!」


 まさしく、『巨大なハート』を描いていたんだもん……!


 流石に、これなら文句ナシでしょ!


「秀くん、やっぱり知ってたのっ?」


「知ってたって、何が……?」


 と、不思議そうに首を捻る秀くん。

 やっぱり、ジンクスについて知ってるわけじゃないみたいだけど……知らずに見つけてくれたっていうなら、それってもう運命だよねっ!


「あのね、文化祭中に『巨大なハート』を手に入れたカップルは永遠に結ばれる、っていうジンクスがあるんだってっ」


「へぇ、そうなんだ? なら……」


 今度は何か思いついた表情で、秀くんは両手で丸を形作る。


 それを、特別教室楝に向けて。


「手に、入れた……なんてな?」


 ちょっとイタズラっぽい笑みを私に見せてくれる、


「あはっ、天才の発想じゃーん!」


 その素晴らしい思いつきに乗っかって。


 私も手で輪を作って……その中に、光のハートをすっぽりと収めた。


「私も、『手に入れた』っ!」


 たまたま来た屋上でついに念願のハートをゲット出来ちゃうなんて……ホント、運命的じゃないっ?

 ジンクス効果……あると、いいなっ。


「これで、私たち……永遠に、結ばれちゃったね?」


 ニッと笑って見せると、秀くんはどこか照れくさそうに頬を掻く。


「それは……ジンクスなんてなくても、元からそのつもりだったけど」


「っ!」


 あぁもう、ホント秀くんったらさぁ……!

 サラッとこういうことをいっっちゃんだからっ!


 今でもすっごく好きなのに、もっともっと好きになっっちゃうでしょーっ!



   ♠   ♠   ♠



 俺は一つ、嘘を吐いていた。


 それは、元から永遠に結ばれるつもりだったという言葉……では、勿論ない。


 それについては、本当に心から誓っていることだから。

 無論、唯華がこの関係を望んでくれている限りは……という注釈は付くけれど。


 では、何が嘘なのか。


 それは……唯華の前では、ずっと知らないフリをしてたこと。

 俺は文化祭のジンクスについて、当然知っている・・・・・・・


 なぜなら、その噂を流したのは俺・・・・・・・・・・だから・・・


 正確には、学園OBである父さんから聞いたことのあるジンクス……いつしか途絶えていたその噂を、再度流布した形である。


 始めたのは、文化祭実行委員が初めて集まったあの日のこと──

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