第120話 あの日のことと今日のこと

「失礼します、財前会長。ちょっとよろしいですか?」


 文化祭実行委員が初めて集まった日、。

 会議が終わって解散した後に俺は、そっと財前会長に歩み寄って話しかけていた。


「つかぬことを伺いますが……この学園に、文化祭にまつわるジンクスがあることはご存知でしょうか?」


 話をそう始めると、財前会長はこちらを見ながら軽く首を捻る。


「寡聞にして存じませんね……その手の噂には耳ざとい方だと思っていましたが」


「あった、というのが正確な表現ですけどね。十年程前に途絶えたようですが、『巨大なハートを手に入れたカップルは永遠に結ばれる』というジンクスが存在したそうです」


「なるほど? それで、その話をなぜ私に?」


 探るような財前会長の目つき。

 ほぼほぼ想定通りの反応に、俺は口の端をニッと上げて見せた。


これ・・、あった方が文化祭が盛り上がると思いませんか?」


 会長は思案するように一度視線を外した後、すぐに俺の方へと目を向け直す。


「……ちなみに。そのハートとやらを見つけた人は、存在するのですか?」


「各世代OBの方々にお話を伺ってみましたが、自信を持って『巨大』と言えるハートを見つけたという人についての証言は得られませんでした。そんなものは『存在しない』と結論付けるのが妥当でしょう。

噂が廃れたのも、結局はそれが原因だと思います」


「それでは、意味が……ないとまでは言いませんが、流石に全くの虚言を流布するのに協力するわけには参りませんね」


 これも、想定通りの返答だ。


 だから、返す俺の言葉のも事前に用意していたもの。


「答えが存在しないなら、作ってしまえばいい」


「……ほぅ?」


 財前会長のメガネが、興味深げにキラリと光った……ような、気がする。


「こういうのはどうです? 例えば文化祭期間だけ屋上を解放し、特別教室楝で──」



   ♠   ♠   ♠



 その後は、会長もノリノリで協力してくれたおかげで無事にジンクスの噂は学校中に広がってくれた。


 無論、特別教室楝の明かりがハート型を描いているのもたまたまじゃない。


 文化祭中に特別教室楝を使用していた文化部の皆さん……その部長方に、それぞれ『忘れず消灯してください』と『後夜祭中に実行委員で使用するので明かりは付けたままにしておいてください』って異なるお願いをした結果である。


 真の目的は明かさなかったけど、文化祭実行委員の肩書きのおかげで幸いにして怪しまれることもなかった。


 あとは、頃合いを見て唯華を屋上に誘うだけ。


 つまりは、全ては俺の自作自演である。

 ついでに言えば、俺がいないタイミングで唯華に聞こえるようジンクスの話をしてくれた二人も実家ウチの関係者であり俺の仕込みだ。


 ──この件、本当に……文化祭を盛り上げるためだけに、わざわざ?


 俺の行動に関して、財前会長はそう尋ねた。


 ──……違います。財前会長を利用する形になってしまって、申し訳ないですけど

 ──では、その真意は?


 それに対して、俺はこう答えたんだ


 ──決まってるじゃないですか


 そう……こんな行動の目的なんて、一つしかないじゃないか。


 ──好きな子に、俺のハートを届けるためですよ


 とてもとても迂遠でただの自己満足な、本人には届かない俺の告白。


 まだ、直接この想いを伝える勇気はないけれど。

 この状況に、さっきは事故とはいえキスまでしてしまって。


 少しは、俺のこと……異性として意識してくれていたりはしないだろうか?



   ♥   ♥   ♥



 ねぇ、秀くん。


 ジンクスの話もしてさ。

 実際に、ハートを手に入れて。


 この状況に、ちょっとは私のことを異性として意識してくれたりはしないのかなー?


 ズルいよねぇ、私ばっかりドキドキしちゃって。


 ……なんて考えていたところで、バン! と屋上の扉が勢いよく開いて。

 さっきまでとはまた別の意味で、ちょっと心臓が跳ねる。


「あっ、こんなとこにいたーっ」


 振り返ると、華音が私たちを指差していた。


「二人でしっぽりもいいけどさ、フォークダンスに今日の主役がいないと締まらないでしょーっ! ほら、行こ行こっ!」


 と、駆け寄ってきた華音は私たちの腕を両手で抱いて引っ張る。


 私と秀くんは、一瞬視線を交わし合って。


「まぁ、せっかくのお祭りだし?」


「今日なら、変に勘繰られるようなこともないだろうしな」


 そんな、露骨な言い訳を並べるのだった。

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