第107話 文化祭、開幕

 ついに迎えた、文化祭当日。


『いらっしゃいませぇ!』


「ホットサンドセット、お待たせいたしましたぁ!」


「はいっ、ミルクティーですねっ。承りましたっ」


「お会計、五〇〇円でーす」


 幸いにして、俺たちのコスプレ喫茶は盛況だった。


 唯華仕込みの美味しい紅茶に、ぶっちゃけ学園の豊富な予算にあかせたコスパ抜群の価格設定。


 そして、何より……。


「お待たせ致しました、お嬢様っ♪」


「キャーッ、狼男で執事さんだーっ」


 茶色のウィッグに狼の耳と、顎から耳にかけて同じ色のヒゲも付けていつもよりワイルドな印象のイケメンになっている衛太。


「はーい、ご注文伺います定命の者よー」


「ノリの軽いエルフだなぁ……」


 先の尖った長い耳とカラコン、妖精のような衣装によって神秘的な雰囲気の美人になりながらもノリはいつも通りな天海さん。


「こちら、お熱くなっておりますのでご注意くださいねぇ」


「天使かな?」


「天使だよ」


 純白の衣装に同じ色の翼、頭の輪っかが小動物的可愛さによく似合っている白鳥さん。


「ここか、例のコスプレ喫茶って」


「おぉ、噂に違わぬ顔面偏差値」


「レベル高ぇな……!」


 などなど、繁盛の一番の理由はたぶんここだろう。


「はいっ、完成です! 作品名……『命』」


「おぉ……『花』を頼んだはずなのに……凄く……なんか、凄いのが出てきた……」


「散ってしまう花の儚さ、それでも咲き誇る気高さを表現してみましたっ」


「噂通りの現代アート、あざまーす!」


 高橋さんがノリで始めたバルーンアートのプレゼントも評判が良い。

 ミイラ女コスで視界がだいぶ塞がれてるはずなのに、凄いな高橋さん……。


 とはいえ、中でも一際人目を引いているのは……。


「ねーねーお姉さん、これもっと美味しくしてよー。萌え萌えキュン、みたいな?」


「申し訳ございませんお客様、当店そういったサービスは行っておりませんため……」


「いいじゃん、魔女なんだし得意でしょー?」


 ちょうど意識を向けたところで、唯華が男性二人組に絡まれているのが目に入った。


 黒のローブに、同じく黒のとんがり帽子。

 紫を基調としたメイクもしていて、今日はちょっとミステリアスな雰囲気の唯華……に、見惚れながらも近づいていく。


「てかさ、お姉さん。今から、俺らと一緒に回らない? 店員さんこんなに沢山いるんだし、一人くらい抜けても平気っしょー?」


「おっ、いいじゃんいいじゃんっ」


 にしても、本当にこんな典型的な厄介客が訪れるとは……練習しといて良かっ、いやよく考えたら全然ちゃんと練習できてねぇな?


 なんて、ぼんやり考えながら。


「お客様」


 唯華に手を伸ばそうとした男性客との間に、笑顔で割り込む。


「こちら当店の看板でございますので、持ち出されては困ります」


「え? あ、おぅ……」


 意表を突かれたのか、男性客は俺の顔を見てちょっとビクッとなった。


「それと、こちら。サービスです」


 それから俺は、用意していた小瓶をコトンとテーブルに置く。


 男性客二人は、それを一瞬怪訝な表情で見て……。


『げぇっ、血!?』


 そう見えたのはたぶん、俺が吸血鬼のコスプレをしているせいだろう。


 勿論、実際の中身は血なんかじゃなくて。


「イチゴジャムでございます。お砂糖の代わりに入れていただきますと、フルーティーな味わいとなって美味しいですよ」


『あ、はい……』


 俺の説明に、毒気を抜けれたような顔となる二人……そろそろ、頃合いだろう。


「それでは、ごゆっくりお楽しみください」


 ニコリと笑みを深めて、さりげなく唯華を伴って離脱する。


「ありがとねっ」


 小声で言いながら、小さく微笑む唯華。

 厳粛な魔女が俺にだけくれる笑顔って感じで、なんだか妙にドキドキしてしまう。


「……これも、仕事のうちだから」


 結果、ちょっと素っ気なく返してしまった。


 ……あと、今になって恥ずかしくなってきたんだけど。


 さっきの対応、キザっぽすぎたよなぁ……!?

 吸血鬼らしい、クールなキャラ? を意識してみたけど、あぁいうことじゃなかった気がする……!



   ♥   ♥   ♥



 はぁっ、かっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっこよ!!


 なに今のなに今の!?

 めちゃめちゃスマートに、お客さんを怒らせることなく、しかもさりげなく要求にも応えてるっていう神対応……!


 ていうかもう今日の秀くん、見た目からして反則なんだよねぇ……!


 オールバックでいつもよりグッと大人びた雰囲気に、黒のコートがベストマッチ!

 そして、口元からチラリと覗く鋭い犬歯がセェクシィ!


 このミステリアスイケメンが急に現れたら、そりゃビクッとなるよねっ。

 私なんて、今日何度見惚れてることかっ。


 はぁっ、秀くんに血を吸われたいっ……!


「ねぇねぇ、吸血鬼さん? 私の血、吸って吸ってーっ?」


 ……あれ? 私今、声に出しちゃった?


 あっ、いや違う……。


「ほらほら、首筋にカプッとどうぞっ♡」


「申し訳ございませんお客様、当店そういったサービスは行っておりませんため……」


 うわ、今度は秀くんが厄介客に絡まれてるじゃん。


 なら次は、私がヘルプに入る番……んんっ?


「じゃあじゃあ、店外ならオッケーってこと? おにーさん、シフト終わるのいつー?」


 ていうかあれ、華音じゃん!?

 何やってんのあの子!?


「……お客様、店員に絡まれては困ります」


「えーっ? 楽しくお喋りしてただけなのになー?」


 ビキビキッとこめかみ辺りが強張るのを自覚しながらもどうにか笑顔をキープして注意するけど、華音に悪びれた様子はない。


「あれ? てか、お姉じゃーんっ。いつも以上に美人さんだから、気付かなかった♡」


「何を白々しく……」


 そうは言いつつも、褒められて悪い気はしない私のビキビキ具合はちょっと収まった。


「ていうかていうか、魔女と吸血鬼さんってとってもお似合いって感じじゃないっ?」


「ふむ……店員さん、写真を撮らせていただいても良いかい?」


 ……んんっ?

 背後からの、今の声……まさか!?


「お祖母様まで!?」


 振り返ると、そこにいるのは果たして私のお祖母様だった。

 いつの間に入店してたのか、テーブル席に座ってデジカメを構えている。


「な、なんでここに……!?」


「一般公開されてるんだ、あたしが来たって構わないだろう」


「それはまぁそうなんですけど……!」


 こういうの、身内に見られるのなんか恥ずかしくない……!?


「それより写真、良いのかい? 駄目なのかい?」


「えっ、っと……」


 お祖母様の言葉に、私は秀くんと顔を見合わせる。

 お店の規則的には、本人が了承すれば撮影もオッケーってことになってるけど……。


「俺は、構いませんよ」


「……じゃあ、私も別にいいですけど」


「なら、撮らせていただくよ」


 と、お祖母様はデジカメのレンズをこちらに向けてくる。


「二人共、かったーい! ほらほら、ポーズ取ってっ?」


 ぎこちない笑みで二人並んでいたところに、華音からそんな声が。


 まぁ確かに、せっかくの衣装なのに棒立ちっていうのも味気ないか……。


「えーと……こんな感じ、かな?」


「私は……これでどう?」


 秀くんは尊大に腕を組み、ニッと不敵に笑って牙を見せる。


 一方の私はちょっと上体を後ろに逸らして、クールな表情を意識して秀くんの顎に指なんて当ててみる。

 なんだかんだ、ノリノリな私たちである。


「おーっ、いーじゃんいーいじゃんっ! そんじゃ、はいチーズっ」


 なぜか華音の合図に合わせて、パシャリとシャッター音が鳴った。


「ほら、見て見てーっ! 完璧っ!」


 華音がお祖母様の手元を覗き込むものだから、私もちょっと遠慮がちに倣うと……確かに、かなりそれっぽい雰囲気を演出できてるような気がする。


 ていうか、秀くんのレア衣装にレア表情!

 めちゃめちゃいいなー! 私も……!


「後で、データを送ってあげるよ」


 欲しいなー、と思ってたところにお祖母様がポソリと呟く。


「……はい、よろしくお願い致します」


 私の答えは、それ以外ありえなかった。

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