第108話 クソでかハート伝説

 一般のお客さんに開放されてからしばらくは大忙しだった、私たちのコスプレ喫茶だったけど。


 お昼時を過ぎた辺りからは、ちょっとずつ客足も落ち着いてきた。

 今は列もなくなって、お客さんたちもゆったり談笑している。


 そんな中で、ふと。


「ねーねー、アレ知ってるー? 文化祭中に『巨大なハート』を手に入れたカップルは永遠に結ばれる、ってやつ!」


「あっ、それ私も部活の先輩に聞いた! この学校にもベタなジンクスあるんだねーっ」


 ウチの学校の、一年生かな?

 女の子二人組のそんな会話が、耳に入ってきた。


「そんなの、あるんだ?」


 一緒に待機してる高橋さんに、コソッと耳打ちして尋ねてみる。


「あっ、クソでかハート伝説のことですねっ?」


「……そんな名前で呼ばれてるの?」


「いえ、これは私が適当に付けたやつですけど」


「あ、はい……」


 思わず半笑いが漏れる。


「実は、私も今年になるまで知らなかったんですよーっ。皆、こんな面白そうなのがあるなら教えてくれればいいのにーっ」


「そうなんだ?」


「でも私のお父さんも高校はウチ出身なんですけど、聞いたら知ってましたっ。結構前からあるジンクスみたいですよーっ」


「へぇ……」


「これは、絶対に見つけねば! と私も意気込んでいるのですよーっ」


「えっ? 高橋さん、付き合ってる人いたんだっ?」


 初耳ーっ!

 誰だろ、私も知ってる人かなっ?


「いえ、ご存知の通りいませんけど?」


 いや、うん、なんで「何言ってたんだコイツ」みたいな表情なの……?

 それはむしろ、私の方が今浮かべたいやつなんだけど……、


「だったら、永遠に結ばれるジンクスとか関係ないんじゃ……」


「隠されたものがあるなら、暴いてみたいじゃないですかっ!」


「ふふっ、確かにね」


 気持ちはわかる。

 だって、私も今すっごくワクワクしてるもんっ。


 それに……。


「衛太、厨房交代の時間だぞーっ」


「あいあーい」


 厨房コーナーから出てきた秀くんに、思わず視線が向かった。


「……? 烏丸さん、どうかした?」


「んーん、なんでもっ」


「そう? ならいいんだけど」


 秀くんと永遠に結ばれるだなんて……最高だよねっ!


 ……あっ、でも一緒に探すのは難しいか。

 今更だけど、二人で文化祭回るなんてあらかさまにカップルだもんねー……。


 いや、高橋さんや衛太も一緒なら……。

 でもこの二人、私たちと休憩時間ズレてるんだよなー……うーん……。


「秀一っちゃんと唯華ちゃん、これから休憩だよね?」


「あぁ」


「そだよー」


「じゃあ、悪いんだけどさー。これを首からぶら下げて、二人で校内回ってきてくんない? 二人並んでるだけで、宣伝になるからさっ」


 と、『3─8 コスプレ喫茶』と書かれた札を差し出してくる。


 いかにも申し訳無さそうな表情してるけど、明らかにアシストだよねっ。


 衛太、グッジョブ!

 これで堂々、二人で回れる口実が出来たーっ。


「その代わり、休憩時間は長めに取ってくれていいから……って、流石にそれはオレの一存で決められることじゃないか」


 苦笑気味に頬を掻きながら、ホールメンバーに目をやる衛太。


「おーっ、いいんでない? 久世っち、ナイスアイデアじゃんっ」


「現状の客数だと、ここまでスタッフの人数もいらんしなー」


「言われてみれば、むしろお二人を室内で遊ばないておく方が勿体ないですね……」


 さりげに周囲の合意を取り付ける辺り、ホントこういうとこは如才ないよねー。


「そういうことなら、宣伝役引き受けさせてもらうよ」


「私もー」


 何気なく聞こえるように意識して返事しながら札を受け取って、踵を返す際。


 秀くんからは見えないよう親指をグッと立てると、衛太のウインクが返ってきた。



   ♥   ♥   ♥



「三年八組、コスプレ喫茶やってまーす! だいぶお腹も膨れてきたねー」


「第一校舎三階、お越しくださーい! 目につくとこ片っ端から食べてきたしな」


「美味しいお茶とお菓子に、バルーンアートもプレゼントしてまーす! そろそろ、華音かのん一葉かずはちゃんのクラス目指して回ってこっか?」


「……ホントにアートなので、ご注意をー。俺も今、そう思ってたとこ」


 一応ちゃんと宣伝もしながら、小声で会話を交わす。


 同時に私は、周囲に視線を走らせてもいた。


 うーん、ハート……ハート……あの壁の染み、ちょっとハートっぽくないっ?

 流石に無理矢理すぎかなー?


 あっ、ハート型の風船だっ!

 おっ、あの団扇もハート型!


 ……でもあのサイズじゃ、普通だよねー。


 ハート自体はあるにはあるんだけど、これだっ! っていう決め手に欠ける感じだなー。


「烏丸さん、何か探してるの?」


「んっ? や、色々あるなってまだまだ目移りしちゃってっ」


「ははっ、わかる」


 ギクリと顔が強張りかけるのを誤魔化しながら答えたけれど、幸い秀くんは笑ってスルーしてくれた。


 危ない危ない……こんなジンクス、一緒にいる時に必死に探してる時点で告白してるようなもんだもんね……いや、待てよ?


「そういえばさー」


 何気ない調子で切り出す。


「日本の文化祭って、色々ジンクスがあったりするって聞いたことあるけど。ウチの学校にもそういうの、あるの?」


「聞く相手を間違ってない? 俺には、去年まで文化祭について話すような相手さえいなかったんだからさ……」


「あはは……」


 と、ちょっと苦笑しつつ。

 やっぱり知らなかったか……と、確認完了。


 高橋さんでも今年まで知らなかったらしいし、マイナーなやつなのかな?


「ねーターくん、絶対ハート見つけようねっ」


「おぅ、俺たちの愛を永遠のものにしようぜっ!」


「みっちゃん、ハートってアレじゃなーい?」


「んー、言うほど巨大ではなくなーい?」


「僕が思うに、ハートは思わぬところ……例えば堂々と皆の目に付く場所にあり、角度を変えて見ればハートになる……そんな風に推理しているねっ」


「あはっ、雅紀クンかしこーい! きっとそうだよー!」


 ……そうでもないのかな?

 おっきなハートを探してるカップルの姿は、結構あちこちで見られた。


 ともかく、秀くんが知らないのは私にとって好都合。

 とはいえ今の秀くんならどこから聞きつけるとも限らないから、探すのは引き続きコッソリねっ。


「一葉たちのクラスは、カジノだったよな」


「そうそう、荒稼ぎしちゃおっ」


 考えてるうちに、華音たちの教室に到着。


「いらっしゃいませぇ♡」


「らっしゃっせー」


 ちょうどシフトに入ってたみたいで、媚び媚びの華音といつも通り抑揚の少ない一葉ちゃんが出迎えてくれた。


 ……バニーガール姿で。

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