第61話 夜空を仰げば

 花火の後で、各々順番にロッジに備え付けのシャワーを浴びて。


「8切り、2のダブル、革命……上がりです」


「一葉、今革命する必要なかったよな……? なんで最後にかき乱していった……?」


「没落した自分に変わらず仕えてくれる執事に対して心苦しさを感じつつも彼と離れず済んだ嬉しさも確かに抱いているお嬢様と、表面上は主従という体を取りつつ実のところお嬢様より遥かに激重感情を抱えている執事のお話が好きだからです」


「それ、ホントに理由になってる……?」


「あっ、すみません……そうですよね。もちろん、没落お坊ちゃまとメイドさんのシチュも好きですよ。メイドさんの方が年上なら尚良しです」


「そういうことを聞いてるんじゃなくて」


「此度の革命により、今この世界には数多くの没落カップルが産まれたことでしょう。ふふっ、想像するだけで楽しいですね」


「自分の愉悦のためだけに世界を混沌に陥れるタイプの神様の物言いじゃん……」


「はっはー! ありがとうございます一葉ちゃん! おかげで我々庶民の時代が訪れました! 4のダブル! これで完全に私のターン……」


「残念、3のダブルでオレのターンだぜっ」


「おげぇ!? 最弱だったはずの俺が革命で最強になりました!?」


「だけど衛太も残念、私はジョーカーのダブルっ」


「おげぇ!? お嬢、なんて贅沢な使い方を……!」


「切り札は最後まで取っとかないと、ってね。はい、7のシングルで私も上がりー」


 ってな感じで、俺たちは大富豪に興じていた。

 それぞれが割と違ったプレイスタイルってこともあって、毎回白熱した勝負となっている。


 ……と、今回のゲームも終わったところで。


「もうこんな時間か……」


 ふと時計に目を向けると、既に深夜と呼んで差し支えない時刻だった。


「流石に、今日はここでお開きにしよっか」


 俺とほぼ同時に時計へと目を向けていた唯華が、そう提案。


「むーっ……でも、仕方ないですねぇ……」


「明日もあるわけだしねー」


「先輩方、トランプは私が片します」


 みんな名残惜しそうではあったけど撤収を始め、「おやすみ」の挨拶で別れたのだった。



   ♠   ♠   ♠



 それから、衛太と共に男子部屋に戻って。


「秀一っちゃーん、明日って何時に起きればいいんだっけかぁ?」


「九時に朝飯の予定だから、それに合わせて各自のタイミングってとこじゃないか?」


「オッケーイ……ぐぅ」


 ベッドにダイブしたかと思えば、衛太はすぐに寝入った様子だ。


 俺もベッドに寝転がって……しばらく。


「……なんか、眠れないな」


 心地良い疲れはあったけど、どうにも脳がオフに切り替わらない感じだった。


「ちょっと夜風にでも当たるか……」


 と、ベランダに出てみると。


『……あれ?』


 ちょうど隣の部屋の窓も開いて唯華が顔を覗かせ、俺たちは驚いた顔を見合わせた。


「秀くんも、眠れない感じ?」


「も、ってことは唯華も?」


「うん……なんだろう、今日が楽しすぎて眠るのがもったいなく感じちゃってるのかも」


「あぁ……なるほど、そうかもな」


 唯華の言葉に、俺もなんだか納得できたような気分だった。


「高橋さんと一葉ちゃんは、すぐ寝ちゃったけどね」


「衛太もだ」


 なんて言って、微笑み合う。

 皆を起こさないよう小声で、ベランダ越しの会話。


 いつも家で話しているのともまた少し違った感覚で、なんだか少しくすぐったいような気分だ。


「今日、楽しかったよねっ」


「あぁ、ずっと楽しかった」


 心からの俺の言葉に、唯華は嬉しそうに微笑みを深める。


「ただ、乗り換え時間の計算ミスってたのが発覚した時は焦ったよねー」


「だな。駅弁選ぶの余裕だと思ってたのに、ほぼファーストインプレッションで選んでレジまでダッシュすることになるとは……」


「でも、交換っこしたらどれも美味しかったよね」


「まぁ、言うて駅弁でそんなハズレ混じってることもないだろうし」


「流石に、高橋さんの納豆チーズトーストは見えてる地雷かと思ったけど……まさかの、一番美味しかったまであるよね」


「あの局面でフロンティアスピリッツを忘れない姿勢は素直にリスペクトだな……」


 なんて、今日を振り返りながら喋っていた中。


「わっ」


 ふと空を見上げた唯華が、小さく歓声を上げた。


「……ほぅ」


 俺も仰ぎ見ると、満天の星々の美しさに思わず溜め息が漏れた。


「凄い星の数だな……」


「ウチで見るのと、全然違うねっ」


 感嘆の言葉と共に視線を交わし合った後、自然と俺たちの目はまた星空へと向かう。

 そのまましばらく、お互い何も言わずに空を眺める……心地良い時間が続いて。


『……ふわ』


 俺たち二人のあくびが重なった。

 二人でいるうちに、感覚が『いつも』に戻ってきたのかもしれない。


「おやすみ、秀くん」


「ん……おやすみ、唯華」


 本日二度目のおやすみを交わし合い、俺たちは部屋に戻った。


 改めてベッドに寝転がると、すぐに眠気に満たされて。

 俺は、今度こそ夢の世界に旅立ったのだった。



   ◆   ◆   ◆



 推しカプが 夜空を仰げば 尊死オタク(辞世の句・九条一葉 享年十五歳)


 はぁっ、エモみで身体が満ちていく……!

 本日の放映は終了かと思いきや不意打ちCパートで殺しにきてくれるの、助かるぅ……!


 流石に、会話内容までは聞こえませんでしたが……二人きりだからか、皆さんといる時とも実家(ウチ)にいる時とも違った、気安くも甘い雰囲気……あれが、いつもお二人でいる時の空気感なのでしょうか……!

 私はついに、お二人の部屋に充満する空気に転生するという夢を叶えられたと言えましょう……!


 はぁっ、今度こそ天に召され……ま……。


「……すぅ」

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