第25話 膝枕と、あなたの「好き」

 なんだかんだとありつつも、唯華の作ってくれたお弁当を二人で平らげて。


「くぁ……」


 お腹が膨れたらちょっと眠くなってきて、あくびが漏れた。


「眠いんなら、一眠りしちゃえば?」


「ん……そうしようかな……」


 唯華の言葉に甘えて、レジャーシートの上で横に……なろうと、したところで。


「あっ、待って待って」


「……?」


 なぜか今度は止めてくるもんだから、首を捻ることになる。


「ここ、使っていいよっ」


 ……と。

 唯華は座ったまま、自分の太ももをポンポンと叩いた。


 顔には、満面に笑みが浮かべられている。


「や、それは悪いよ」


「むっ」


 だけど俺が固辞すると、口を「へ」の字に曲げた。


「遠慮しなくていいんだよ?」


「でも、それじゃ唯華は逆に疲れちゃうだろ?」


「そんなの気にしなくていいってば」


「そういうわけにもいかんだろ……」


 ……うん、まぁ、というか。


 実際のところは、唯華に膝枕なんてされた状態で眠れる気がしねぇ……!

 ……っていうのが、一番の理由なんだけど。


「むむぅ……!」


 唯華は、ますます表情に不満を募らせる。


「それじゃ、さっきもらった『なんでも権』を使用します!」


「げっ……」


 しまった、それがあったか……。


「秀くん、言ってくれたよね? 何か、してほしいことはないかって」


「あぁ、まぁ……」


「これが私のしてほしいこと、だよっ」


「いやいや……これじゃ、俺がまたしてもらう方になっちゃうじゃんか……」


「いいからほら、『なんでも権』まで使ったんだから観念してこっちに来なさいってばっ」


「……はいよ」


 そう言われてはこれ以上拒否することも出来ず、唯華の隣へとにじり寄る。


「はい、どうぞ!」


 両手を開いて、いつでもどうぞアピールする唯華。


「それじゃ、えーと……お邪魔します?」


 こういう時に何て言ったらいいのかわからず、謎の挨拶を口にして。


 唯華の腿へと、ゆっくり頭を下ろしていく。


 やがて……後頭部が、程よく柔らかい感触に迎えられた。


「ふふっ、どう?」


「んっ、あぁ、これは……」


 思っていたより、ずっと心地良い。


 高さも柔らかさも、ちょうど俺の頭にフィットしているように感じられた。

 さっきまで川で遊んでたからか、ちょっとひんやりしているのも気持ち良いな……。


 ……なんて、そのまま伝えると流石にキモいので。


「そうだな、思ったより……恥ずかしいな」


 同時に抱いているもう一つの感想を、口にする。


 実際、この距離で見下ろしてくる唯華と目を合わせるのはなんだか気恥ずかしかった。


「そ? 私は、秀くんの顔がじっくり見れて楽しいけど」


 だけど、唯華は言葉通り平気そうな顔だ。


「秀くんってさ」


 唯華の手が、俺の目の前に伸びてきて。


「睫毛、長いよねー」


 そっと、俺の睫毛を撫でた。


 普段触られることのない場所だけに、くすぐったくて……同時に、なぜだか妙な心地よさも感じる。


「お肌も綺麗……女子が羨ましがるんじゃない?」


 続いて、俺の頬をさわさわと撫でる唯華。


 これまた、くすぐったさと心地よさが同時にやってきた。


 だけど、それ以上に照れ臭くて。


「肌なら、唯華だって……つーか、唯華の方が断然綺麗だろ」


 それを誤魔化すのも兼ねて、そんな言葉を返す。


「ふふっ、私はちゃんとお手入れしてるもん」


 いつもよりずっと近くで浮かべられる笑顔に、いつも以上にドキリとしてしまった。


「私さ」


 引き続き俺の頬を撫でながら、唯華はどこかしみじみとした調子で再び口を開く。


「秀くんの顔、好きだなぁ」


「っ!?」


 お前、そういう不意打ちっつーか不用意な発言はやめてくれよ……!?


 もちろん、『顔の造形が好ましい』以上の意味なんてないんだろうけど……一瞬、深読み・・・しそうになっちゃうだろうが……!


「ん……俺も唯華の顔……好き、かな」


「あはっ、ありがとー」


 どうにか平静な顔を保ちつつ返すと、唯華は笑みを深める。


 あぁ……だけど、本当に。

 拗ねた顔の唯華や、イタズラっ子みたいな顔の唯華も可愛くて好きだけど。


 やっぱり、この笑顔が一番好き……だなぁ……。


「くぁ……」


 もう一度、あくびが漏れる。


 気が付けば、随分と頭がぼんやりしてきたな……。


「遠慮なく、いつでも寝ちゃっていいからね?」


「ありがとう……そうさせてもらうよ……」


 目を瞑ると、たちまち眠気に引き込まれていく。


 最初は、唯華の膝枕で眠れるわけなんてないって思ったけど……全然そんなことはなさそうだ……。


 むしろこうしていると、とても落ち着く気分で……なんだろうな……枕の心地良さもそうなんだけど、さっきからなんだか甘いような香りが感じられて……それがまた、落ち着く気が……あぁ、そうか……この香りって……。


「唯華の匂いも……好き、だなぁ……」


 んぁ……?


 俺今、何か言っちゃったかぁ……?



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



「……秀くん? 寝ちゃった?」


 問いかけても、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息が返ってくるばかり。

 どうやら、本格的に寝ちゃったみたいだね。


 と、いうわけで。


「……ふっ」


 最初に私の口から出てきたのは、笑い声に似たような音。


「っはぁっ……! 危なかったぁ……!」


 それから顔を横に逸らしながら、私は大きく息を吐き出した。


 同時に、自分の顔がだらしなく弛緩していくのを自覚する。


「『好き』の二連発は、危険水域超えちゃうってぇ……!」


 そりゃ一回目は、私が釣り出したようなもんだけどさぁ……!


 二回目は、しかも『匂い』って……!

 なんかこう、フェティシズムを感じるというか……! ちょっとエッチな感じがするっていうか……!


 余計にドキドキしちゃうでしょぉ……!


「もう、いっつも不意打ちばっかりなんだから……」


 そっと、秀くんの両頬を両手で包み込みながら。


「だけど……それなら、私だって」


 私は、小さく小さく囁いた。


「たまには仕返ししちゃっても、文句はない……よね?」


 ゆっくり、自分の顔を秀くんの顔へと近づけていく。


 私たちの距離は、どんどん縮まって……唇が、触れ……。


「……なんてね」


 触れる直前で、私は止まった。


「流石にこれは……ダメ、だよね」


 これ・・は、ちゃんと気持ちが通じ合って……お互いが、望んでからじゃないとだもの。


 ……いつか。


 今日この場で日和ったことを、後悔する日が来ないといいんだけど。


 ……なんてね。

 ネガティブに考えちゃうのは、良くない良くない。


「そうだ、唇の代わりに……」


 ふと思いついて、私は秀くんを起こさないよう注意しながらそっと自分のポケットからスマホを取り出し……。


 ──パシャシャシャシャシャシャッ!


「んぅ……」


「っ……!」


 やばっ、シャッター音で起きちゃった……!?


「……すぅ」


 あっ、良かった……そういうわけじゃなかったみたい。


 ホッと、安心してから。


「……んふふふふぅっ」


 スマホに新しく保存された写真を確認して、私はニンマリ笑った。


 無邪気な寝顔っていう、秀くんのレアショット。


「これくらいは、もらってもいいよねっ?」

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