第27話 妹の気持ち

 一葉に持ってきてもらったタオルで一通り身体を拭いた後、俺と唯華はとりあえずびしょ濡れになった服を着替えることにし。

 まずは先に、唯華に俺の部屋で着替えてもらっている。


「秀くん、ありがとー。これ、借りたよー」


 なんて言いながら、着替え終えたらしい唯華が出てきた。


「あぁ、遠慮せず好きなの……をぉ!?」


 何気なくそれを出迎えようとしていた俺は、唯華の格好を目にした瞬間に慌てて視線を逸らす。


「なんでシャツしか着てねぇんだよ……!?」


 唯華が、ダボダボのシャツの下に何も履いていなかったためである……!


「ちゃんと下着は着けてるけど?」


「そういう問題じゃなくて……!」


「だってさー、流石に秀くんのじゃ下はサイズが合わないよー」


「まぁ、それはそうかもだが……」


 ……?

 なんか、視線を感じるような……。


「……うぉっ!?」


 何気なく目を向けると、またも廊下の角から顔を覗かせて俺たちのことをジィィィィィィィィィィィッと凝視している和葉と目が合って思わず叫んでしまった。


 さっきといい、一体なんなんだ……?


 ま、まぁいいや、ちょうどいい。


「一葉、悪いんだけど唯華に何か履けるの貸してやってくれないか? ダボッとした系のやつなら、ギリいけるだろ」


「……えぇ、私のもので良ければいくらでも。義姉さん、ついてきていただけますか?」


「あっ、うん。ありがとう……ごめんね?」


「特に謝っていただくようなことはなかったかと思いますが」


「あははっ……確かにそう、かもね」


 一葉の考えがイマイチ読めないせいだろう。

 唯華にしては珍しいことだけど、どうにもやりにくそうな雰囲気を感じる。


 うーん、仲良くしてくれるといいんだけど……。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 一葉ちゃんの部屋に向かう途中。


「あの……一葉ちゃん。もしかして、怒ってる……かな……?」


「? 私が、何に怒るというのです?」


 恐る恐る尋ねる私に、一葉ちゃんは不思議そうに首を捻った。


「や、ううん、違うならいいの。ごめんね、急に変なこと聞いちゃって」


「別に構いませんが」


 義妹がいる環境で『彼シャツ』とか、発情したメス猫か何かですか? とか思われてらどうしよう、ってちょっと心配だったんだけど……どうやら、本当に怒ってるわけではないみたい。


 だけど、なーんかこう「思うところがあります」って顔に見えるんだよなぁ……。


「私は、ただ」


 話はもう終わったのかと思ってたけど、意外にも一葉ちゃんはそう言葉を重ねた。


「次はどんな手・・・・を考えてらっしゃるのかな、と考えているだけですよ」


 んんっ……!?


 それだけ言って、一葉ちゃんは今度こそ黙って前を向いてしまったけれど。

 これって、たぶん……牽制、だよねぇ?


 うーん、流石に実家こっちにいる間は自重しないとかぁ……。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



「ところで一葉、今日爺ちゃんは?」


「幹部の皆さんと飲み明かすと言って夕方から出掛けましたので、戻るのは早くて明日の昼ではないですか」


「ははっ、相変わらず元気だな……何よりだ」


「お義父様とお義母様は今、海外なんだっけ?」


「えぇ、ヨーロッパのどこか辺りにいるかと」


「ふふっ、アバウトだね」


 義姉さんに私のスウェットパンツを貸して差し上げた後、リビングに場所を移した私たちはそんな会話を交わします。


「ねぇねぇ秀くん、今日は一晩中『勝負』出来ちゃう感じじゃない?」


「怒ってくる人がいないからって、子供じゃないんだから……つーか別に、それは普段でも出来んだろ?」


「やだなー、実家こっちにしかない懐かしのゲームだからこそいいんじゃない!」


「ははっ、まぁそれには同意だけどな。ツアー、続きは明日やるんだろ? 程々のところで切り上げようぜ」


「秀くんがそれ出来たらだけどねー」


「ふっ……言ってくれるじゃないか」


 最初は気を使ってくださっていたのか私にも話題を振っていただいてたものの、たちまち二人で盛り上がり始めました。


「はぁっ……」


 思わず小さく溜息が漏れますが、もちろん二人に届いている様子はありません。


 本当に……何なのでしょう、この人たちは。


 幼馴染で? 十年ぶりに再会して?

 かと思えば、再会した日に即結婚?


 あり得ない・・・・・でしょう。


 現実は、甘くありません。

 子供の頃にどれほどの絆を築いていようと、十年もの時はそんなものを風化させてしまうのに十分な歳月です。


 昔は仲が良かったからだなんて理由で結婚して、上手くいくはずがありません。


「……ですが、あり得てしまった・・・・・・・・のなら」


 少々感情が昂り、頭の中の言葉が漏れ出てしまいました……いけないいけない。


「まぁ、真面目な話。唯華、弁当を作ってくれるために今朝は早起きだったろ? 今日は早めに寝るとしようや」


「そうは言うけど、たっぷりお昼寝した秀くんはそんなに早く眠れるのかなぁ?」


「う……それはまぁ、そうかもだけど……」


「秀くんが眠くなるまで付き合うよ?」


「それは悪いっつーか、そもそもの話……たぶん、テンション上がっちまって眠くならねーだろ……」


「あはっ、それはそうかもね」


 そう……あり得てしまったのならば。


 十年の時を経て尚、褪せぬ絆があるというのなら。


 互いを想い合い、尊重し。


 親友のような、恋人のような。

 昔と変わらないような距離感でありながら、同時に夫婦関係も成立するというのなら。


 それは、あまりにも……。


「……無理」


 限界・・が来て、私は二人からそっと目を逸らします。


「オッケー、そんじゃ最初から時間を決めとこう。二十三時までな」


「えーっ、つまんないなー?」


「納得してくれよ……唯華を、何より大切だと思ってるからこそなんだからさ」


「あ、はっ……その言い方はズルいってー」


 そう……何を隠そうこの私、九条一葉は。

 この二人を……。


「尊い……! うぉぇっ……! 無理ぃ……! 尊すぎて、これ以上直視出来ないぃ……!」


 兄さんと義姉さんを推しとする、限界オタクである。

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