第92話 俺は、唯華のことが

「それじゃ秀一センパイ、行きましょ行きましょっ」


「あぁ、うん……」


 俺の腕を掻き抱いたままの華音ちゃんに引っ張られ、人目に付かない物陰に移動して。


「こんなとこに連れ込まれた私は、どんなや~らしいことされちゃうのかにゃー?」


「連れ込まれたのは、どっちかっていうと俺だけどね……」


 って、軽口を返してる場合じゃない。


「華音ちゃん」


 出来る限り、真面目な表情を意識する。


「ごめん」


 そして俺は、大きく頭を下げた。


「この間の旅行で告白してくれた時……俺は、君の冗談だと思ってた」


「ま、普通はそう思うよねー? しょーがないっ」


 当の華音ちゃんは、あっけらかんとした様子だ。


 俺は、一度顔を上げて華音ちゃんと目を合わせる。


「今は、君が本当にそう思ってくれてるって知ってる」


「うん……ありがとう」


 華音ちゃんの表情も、少し真剣味を帯びてきた。


「その上で」


 だからこそ。


「ごめん」


 あらん限りの誠意を込めるつもりで、もう一度頭を下げた。



   ◆   ◆   ◆



 とっても真摯に、お義兄さんは頭を下げてくれる。


「俺は、君の気持ちに応えることは出来ない」


 予想した通りの言葉に対して、私は。


「うん、それでいいよ?」


「えっ……?」


 普通に返すと、お義兄さんはちょっと意味がわからないって表情で顔を上げた。


「むしろそれがいいよ?」


「うん……?」


 付け加えたら、今度はだいぶ意味がわからないって感じで眉根を寄せる。


 私がフラれる度に推しカプの愛の深さを生で体感出来るこの神システム、マジ最強じゃない?

 うひひっ……っとと。


 お姉じゃあるまいし、顔には出さない出さないっ。


 さて、それじゃ改めて……さっきの言葉へのお返事を続けましょう。


「お義兄さんが何て言おうと、私の気持ちは変わらないもん」


 だって、これは……お義兄さんの気持ちなんて、ぜーんぶ知った上で動かし始めた初恋なんだしねっ。

 そんなの、今更今更っ。


「私がお義兄さんを想い続けるのは、私の自由でしょ?」


「それは……まぁ、そう……かもしれないけど……」


 お義兄さんは、困ったような顔で自分の頬を掻く。


「正直……それだけの気持ちを俺に対して抱いてくれてることは、嬉しく思う」


 おっ、デレイベント来たか?


「でも……どれだけ想われたとしても、俺が君の気持ちに応えることはないよ」


 ですよねー、知ってた。


「それは、お義兄さんが」


 さってと。そんじゃ、ここらでちょっと進捗確認でも入れてみますかーっ。


「お姉と、結婚してるから?」


「そ……」


 一瞬頷きかけた、お義兄さんだけど。


「……違うよ」


 少し考えた末に、否定した。


「俺は」


 そして。


「唯華のことが、好きだから」


 ハッキリ、言い切った。


「にひっ」


 いーじゃんいーじゃん!


 本人不在の場で、私をフるためとはいえ、自分でちゃんと言えるようになったんだー?


「うんっ! お姉とのこと、応援してるよっ!」


「え? あ、うん、ありがとう……うん?」


 お義兄さんは、「何かが上手く伝わってないのかな?」って感じの表情で首を捻る。


「最初に言ったでしょ? 私は、二人のことを邪魔するつもりなんて少しもないの」


「え……? あー……っと。そういえばそんなこと言ってた気もするけど、あれって旅行の邪魔はしないって意味じゃなかったの……?」


「大好きなお姉と自分の大好きな人が結ばれるとか、最高じゃんっ」


「そう……なの? えっ、そういうものなの……!?」


「そういうもんだよっ!」


 お義兄さんの疑問を、勢いで押し切る。


「だから、お義兄さんはお姉にアタックする。私は、お義兄さんにアタックする。恋愛って、そういうもんでしょ? お義兄さんに私の行動を止める権利なんて、ないよね?」


 私は、ちょっと顔を下げてお義兄さんを仰ぎ見た。


「だってお義兄さんとお姉は、夫婦だけど……恋人同士じゃ、ないんだもんね?」


「それは……」


 押し黙るお義兄さん。

 弱点が似た者夫婦で助かりますわー。


「だーかーらー?」


 私は、スススッとお義兄さんとの距離を詰める。


「こういうのを止める権利も、お義兄さんにはないのだっ」


 言いながら、またお義兄さんの腕に抱きついた。


「そう……だね………………いや待って!? 好きな子に、よりにもよって『私の妹とイチャついてる』とか誤解されるっていうエゲつないデメリットが俺に存在してない!?」


「そこはほら、今まで通り妹扱いしてればチャラなんでっ」


「ホントにそれでチャラになるかなぁ……!?」


「なるなるーっ。実際、そこんとこお姉に疑われてるわけじゃないんでしょっ?」


「それは勿論、唯華は信じてくれてるけど……えっ、じゃあこれが最適解……? 確かに形式上は、全て丸く収まる……いやホントに!? ホントにこれが正解で合ってる!?」


「合ってる合ってるーっ。ほら、そろそろ戻らないと? 陽菜センパイから、ホントにやらしいことしてたって思われちゃうよーっ?」


「あ、うん……うぅん……?」


 未だ混乱状態なお義兄さんさんの腕を引いて、皆の方へと戻っていく。


 ……ちなみに。

 今お義兄さんに語ったことは、嘘偽りない私の本心である。


 全てを語ったわけでも、ないけどねっ?


 私だって、自分が恋に恋してる状態だってことくらいわかってる。

 この想いは、放っておけばいつかは風化する感情なんだって理解してる。


 でもさ……結局、十年も温まっちゃった恋心なんだよ?

 ちょっとくらい供養させてほしいっていうか……この『好きな人にアプローチしてる』感を、楽しみたいじゃんっ?


 塩対応されるのも、それはそれで恋の醍醐味、ってねっ。


 それにそれにっ?

 人の心なんて移ろいゆくものって言うし?


 ガチ十年モノのお姉とは違って、お義兄さんの恋心は最近自覚したくらいのものでしょ?


 ぶっちゃけ私は、女としての魅力でお姉に明確に劣っているとは思っていない。

 勿論、勝ってるとも思ってないけどねっ?


 お義兄さんは私と出会ってまだ数日なわけだし、これから私の魅力をどんどん伝えていけば……ワンチャン、マジで二番目くらいはあるかもだよねーっ?

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