第71話 ずっと前から好きだったもーん♡

 お昼は華音が用意してくれてたみたいで、それを食べることになった。


「やっぱ、海とはいえば焼きそばだよねーっ! まぁ私、日本の海初めてだけどっ!」


 ということらしい。結果的に、私たちが想定してたメニューとも合っている。


「ん、凄く美味しいよ華音ちゃん」


「やたっ」


 秀くんの微笑みに返す嬉しそうな笑顔は、我が妹ながら可愛い。

 普通の男の人なら、一発で惚れるまであると思う。


「好きな人に美味しいって言ってもらえるのが、一番の幸せだよねーっ?」


「うん? うん、そうかもね」


 ただ、秀くんに動揺の気配は少しも見られなかった。


 華音の言葉も、やっぱり家族愛的な意味で取ってるんだと思う。


「ごちそうさま……ごめん、ちょっとトイレ行ってくるな」


 全員が食べ終えて手を合わせたタイミングで、秀くんが席を立った。


「ちょいっ! 華音、ちょいちょいっ!」


 この隙にと、私は華音を小声で呼び寄せる。


「ねぇちょっと、さっきのどういうつもりなの……!?」


 尋ねるのは、勿論さっきの『二番目に愛して』発言について。

 秀くんには伝わってないけど、それが華音の『愛の告白』だったと私はちゃんと認識している。


「どうって……さっき言った通りだけど?」


 すると、華音は不思議そうにコテンと首を傾けた。


「でも、華音が秀くんのこと好きだなんておかしいよね……!?」


「なんで?」


「今日が初対面でしょ!? 華音、一目惚れとかするタイプでもないよね!?」


「うん、一目惚れじゃないよ? だって、ずっと前から好きだったもーん♡」


「それこそ話がおかしいでしょ! 会ってもない相手を……」


「でも、お姉からずっと『秀くん』の話を聞いてたから」


「どういうこと……!?」


「話を聞いてるうちにね? いつの間にか私も、お義兄さんのこと好きになっちゃってたんだー。実際に会ってみて、やっぱりこの気持ちは本物だったって確信しちゃった♡」


「ウソでしょ、話を聞いてただけで好きになったってこと……!? そんなことあるの……!? 顔もわからないんだよ……!?」


「あぁ、お姉はビジュアルがないと推せないタイプ?」


「なんて?」


「私、文字だけで全然イケる人だから。何なら、脳内のイメージと違う可能性を考慮するとイラストない方が良いまである」


 あぁ……一葉ちゃんと話してると時々なんか懐かしいような感覚になる気がして不思議に思ってたんだけど、思い出した……。

 ウチの妹も、こういうこと言うんだった……。


 最近あんまり出てなかったから、忘れてた……。


「でさぁ。私、主人公にガチクソ感情移入するタイプでしょ?」


「知らんけど……」


「お姉が話す『秀くん』の話って、お姉視点の恋物語なわけじゃん? だからお姉の話を聞いているうちに、お姉の恋心はいつの頃からか私の恋心にもなってたってわけ」


 つまり、私がこのモンスターを生み出してしまっていたというの……!?


 確かに、ずっと秀くんの話を聞いてもらってたけど……!


「そんでお姉、こっち戻って以来秀くんとあれしたこれしたって話ばっかするでしょ?」


「それについては申し訳なく……」


「や、全然楽しく聞いてるしそういう話じゃなくてさ。聞いてる間、ずっと思ってたの」


 と、なぜか目を輝かせる華音。


「私も『それ』、やりたいって!」


 その表情は無邪気なもので、悪びれた様子はない。


「次元の壁に阻まれてると、せいぜい赤スパにメッセージくれたらラッキーくらいしかないけどさ。フルダイブ型VRゲーム『現実』が舞台なら、私も参加できる!」


「うん、まぁ、Vもゲームも付いてないただのRだけどね……」


「えっ……? ……あっ。お姉はまだ、『真実』に『気付いて』なかったんだ……ごめん」


「ちょっと、なんか怖くなるからそういうのやめて!? 急に悲痛な表情で言われると、ワンチャンあるかもって思っちゃうでしょ!?」


「そんなわけで……来ちゃった♡」


 私の抗議は完全無視で、またイタズラっぽい笑みを浮かべる華音。


「話はわかったけど……」


 そして、経緯はともかくとして華音が本気なのもわかった。


 姉としては、妹の初恋? を、無下にしたくないという気持ちもないではない。

 でも……。


「安心してよ、お姉」


 そんな私の複雑な思いを見抜いているのか、華音は笑みを深めた。


「私,NTRは食べないタイプだから」


「なんか一葉ちゃんも似たようなこと言ってた気がするけど、何なのそれ……」


「お義兄さんを取ったりするつもりはないってこと。勿論『奥さん』の座はお姉で良いし、そこに収まるつもりなんて少しもない。むしろ……」


「むしろ……?」


「ん、なんでも」


 なんだろ、やけに意味深だけど……。


「さっきも言った通り、私は二番目で良い……だけど私も、この恋を体感したいの。いいでしょ? ホントの夫婦じゃないんだし」


「うーん……」


 実のとこ、こう言われると私の立場上拒絶もしづらいんだよねぇ……。


 他ならない私が、この結婚はあくまで表面上のものってスタンスなわけで……。

 その建前を崩さないっていうなら、私が秀くんへのアプローチを禁ずる理由がなくなっちゃうというか……。


 だって、『親友』が恋愛するのを奪う権利なんてあるわけないもんね……。


 少なくとも秀くんの前では、大っぴらに邪魔するわけにもいかない……よねぇ……。

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