SS9 うっかり遭遇

 これは、私たちが同棲を始めて間もない頃にあったお話。



   ◆   ◆   ◆



 その日、私たちは一緒にお昼の分の洗い物を片付けていた。


 私が洗剤担当で、秀くんが水洗い担当。

 基本的に洗い物は秀くんの担当なんだけど、時間がある時は私も積極的に手伝うことにしている。


 だって……こうやって並んで家事をするのって、凄く『夫婦』っぽくて良くない?

 なんてねっ。


「部屋決める時は特に重要視してなかったけど、何気にシンクが広いのいいよねー」


「だなー、こうして二人で作業しても余裕あるし」


 何気なく、そんな会話を交わしていた時のことだった。


「……ん?」


 ふと秀くんが、窓の外へと目を向ける。


「どうかした……?」


 私もそちらを見るけど、特に変わったようなことは……いや。


 ──ポツ……ポツ……


 最初は、数滴の雫が窓に当たっただけだったけど。


 ──ポツポツポツ……! ザァァァァァァァァァァァァァ!


 見る見るうちに、大雨になってきた……!


「やだもー、今日はずっと晴れって予報だったのにぃ! 急いで洗濯物取り込まないと!」


「や、いいよ俺が行くから」


 慌てて手についた泡を洗い流し始める私の傍ら、サッとタオルで手を拭いた秀くんがベランダの方へ。


「こういう時、ウチの旦那様は判断が素早くて頼りになるよねー」


 その背中を見送りながら、何とはなしに呟く。


「ふふっ……『旦那様』、だって」


 それから、自分で口にした単語にちょっと照れてみたり……んんっ?


「……そういえば、何かを忘れているような?」


 ふと、そんな疑念が浮上してきた……その、直後のことだった。


「うぉわっ!?」


「秀くん……!?」


 ただ事じゃない感じの叫び声に、私も慌ててベランダの方へ向かう。


 すると、そこでは……。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



「何があったの……!? って、あー……」


 俺の後を追ってきたらしい唯華が、言葉の途中で何かを察した様子の声となる。

 固く目を瞑って一部・・から顔を逸らしているという俺の状態から、何があったか悟ったんだろう。


「はいはい、これ・・は私が取り入れるから」


 なんとなく、微苦笑を浮かべている様が瞼の裏に浮かぶ。


「はい、もういいよ」


 言われて目を開けるとベランダからアレ・・が消えていたため、ホッと胸を撫で下ろし。

 後は、素早く洗濯物を取り入れる。


「……ごめん」


 全部取り入れ終えたところで、だいぶ気まずい気持ちと共に唯華に謝罪。


「あはっ、結局ほとんど濡れてないし何も謝ることなんてないでしょ?」


 軽く笑う唯華は、洗濯物を取り入れるのに手間取ったことに対する謝罪だと受け取ったみたいだけど……というか、わざとそう言ってくれてるんだろうけど。


「そっちもそうなんだけど……見ちゃった・・・・・からさ。不可抗力とはいえ、ごめん」


「んふっ……秀くんは真面目だねぇ」


 改めて謝罪を重ねると、唯華は「仕方ないなぁ」とばかりに苦笑する。


こんなの・・・・くらいでさ」


 そう言いながら唯華は、後ろ手に持っていたものを俺の方に差し出し……って!


「いやいやいやいや、だからってあえて見せるなよ!?」


 その女性用下着・・・・・から、俺は慌てて目を逸らした。


「ていうかそういうのって、もうちょい見られないように干すもんなんじゃないのか……!?」


 無造作に干されていた事実に、思わず疑問をぶつける。


「うん、だから外からは見えないようにちゃんと外側にバスタオルとか干して隠してたでしょ?」


「こっちから丸見えなのが問題なんだよなぁ……!」


 うーむ……前からちょいちょいその疑念はあったけど、もしかして俺は男としてみなされていないんだろうか……?


「んー、私たちの間柄でそこまで恥ずかしがることなくない? 洗濯前ならまだしも、洗濯後ならそれはただの清潔な衣料品でしょ?」


「な、なるほど……?」


 言われてみれば、いやらしい目で見る方が不健全なのかもしれない…………いや、そうかなぁ?


「だから……ねっ、秀くん」


 内心で葛藤していると、すすすっと身を寄せてきた唯華がそっと耳元で囁く。


「今度はこれ……着てるとこ、見せてあげよっか?」


「っ!?」


 その発言に、思わず思いっきり唯華の顔を凝視してしまった。


「ふふっ、なーんてねっ」


 そこに浮かぶのはイタズラを成功させた子供みたいな笑みで……またも、からかわれてしまったらしい。


「それじゃ、洗濯物畳んでから洗い物の続きしよっか」


 と、唯華は洗濯物を半分抱えて踵を返す。


「あ、おぅ……」


 残る半分を抱えて、俺は何とも言えない表情でそれに続くのだった。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 見られちゃった見られちゃった見られちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 ブラと! おパンツを!!


 表面上平静を装っている私は、内心ではそんな風に身悶えていた……!

 テンパって、なんか変な小悪魔ムーブみたいなのも入れちゃった気がするし……!


 あぁもう、自分で取り入れるからいいやって思って完全に油断してたよぅ……!


 しかも、よりによって持ってる中でも地味~な方のやつ!

 せめてもっと可愛いのだったら……!


 くっ……そうだ、思えば実家感覚のまま過ぎたんだ……!

 これからは、普段からもっと下着にも気を使おう……!


 今後もこういうことはあるだろうし……それどころか。


 秀くんに言ったのは、冗談だったけど?

 私たち、もう『夫婦』なわけだし?


 そういうこと・・・・・・だって、あるかもしれないもんねっ?



   ◆   ◆   ◆



 なお。

 この日から私は実際、普段から気合い入れ気味の下着を選ぶようになり。


 その甲斐あってか、秀くんに着てるところを見られるどころか下着姿で全身を拭いてもらうっていう事案が後々発生するわけだけど……そんな甲斐は、出来ればあってほしくなかった……。

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