第23話 最初に浮かんだ言葉

 十年ぶりに訪れたにも拘らず、あの頃と変わらない姿で出迎えてくれた俺たちの秘密基地と再会して。


「えっ凄い凄い! そのまんま残ってる!」


「そんなこと、あり得るのか……?」


 唯華は純粋にテンションが上がってるみたいだけど、俺としてはちょっと受け入れがたい事実だった。

 いやまぁ、受け入れがたいも何も目の前に物証があるわけなんだけど……。


「中は……あれっ?」


 一方、ビニールシートを捲って中を確認した唯華はなぜか首を捻った。


「……?」


 不思議に思って、俺も中を覗くと。


「……あぁ」


 なるほどそういうこと・・・・・・か、と納得する。


 真新しいドングリやら、今年の戦隊ヒーローのオモチャやら。

 基地内には、明らかに最近持ち込まれたものが散見された。


 外観も改めてよく見てみれば、あの頃の姿そのままじゃなくて。

 俺たちがやった覚えのない改修なんかも加わってるみたいだ。


「どうやら、今は後輩さんたちに受け継がれてるみたいだねっ」


「だな」


 つまりは、そういうことなんだろう。


 俺たちが来なくなった後、別の子たちが基地を発見して自分たち用に改造していった。

 十年も経ってる割に随分綺麗なのは、何代かに亘ってずっと受け継がれているからだと思う。


 そう考えると、なんというかこう……。


「ふふっ」


「ははっ」


 言葉を交わさずとも、なんとも面映そうに笑う唯華と気持ちが通じ合っていることがわかった。


 どこか誇らしいような、秘密を暴かれて少し恥ずかしいような。


「ちょっとだけ、お邪魔しちゃおっか」


「そうだな……初代OBとして、少しくらいは許してもらえるだろ」


 そんな何とも言えない表情のまま、俺たちは基地の中に入り込む。

 かつて数え切れないくらいくぐった入り口なのに、なんだか初めての家にお邪魔するみたいでちょっと緊張するな……まぁ実際、今は他の子のお宅みたいなもんだしな。


 なんて思いながら、俺たちは体育座りで中に並んで座った……のは、いいんだけど。


「あはっ、流石に狭いねー」


「……だな」


 当然ながら、子供サイズで作ってある基地は今の俺たちには随分と窮屈だ。


 唯華は、ただただ楽しそうだけど。

 俺としては、完全に腕が密着するこの距離感……緊張していることを悟られないようにするのに、意識の大半を割く必要があった。




   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 いやぁ、ねぇ?


 この距離感はさ。


 すっっっっっごいドキドキするよねぇ……!


 どうしよう、緊張が表に出ちゃってないかな?

 急に口数が減っちゃうと露骨だし、何か話題話題……!


「私たち、ホントよくここ来たよねー」


「そうだなぁ」


 ……はい、会話終了!


 ってならないように、どうにか繋いで繋いで……!


「私なんて、緊急避難場所みたいに使ってたし」


「あー……遊びに来ないと思って覗いてみたら、ここで泣きべそかいてた……なんてこともあったよな」


「そーそー、家族と喧嘩……っていうかお祖母様に反発して、家を飛び出してきちゃった時とかね」


 話しているうちにふと、印象深い場面が脳裏に蘇ってきた。


 大抵、私の涙の理由は悔しさとか怒りから来るものだったけど。

 あの日・・・の涙の理由は、いつもとちょっとだけ違ってた。


「ねっ、秀くん。覚えてる?」


 なんて尋ねてみるけれど、きっと秀くんは覚えてないと思う。

 たぶん、秀くんにとってはそんな些細な出来事だったはずだから。


 その日も私は、女の子らしくあれって方針を押し付けてくるお祖母様に反発して、家を飛び出して。


 ここで、秀くんが来てくれるのを待ってた。

 彼に「ゆーくん」って呼んでもらえる時間だけが、本当の私でいられるように思えて。


 だけど、ふと思ったの。


 秀くんは、あくまで『ゆーくん』……男の子の友人と、接しているつもりなわけで。

 別にそんなつもりもなかったんだけど、結果的には彼を騙すような形になっているわけで。


 私が女の子だってバレたら、嫌われちゃうんじゃないかって。


 そう考えると怖くて、泣きそうになっちゃって。


「私が、『もしもボクが女の子だったどうする?』って訊いた時のこと」


 顔を覗かせた秀くんに、つい聞いちゃったの。


 秀くんにしてみれば、「何を言ってるんだろう?」「意味わかんないな」って感じの質問だったと思う。


 だけど……。


「どうもしないよ」


「えっ……?」


「ゆーくんが男の子でも女の子でも、友達なのは変わらないから」


 秀くんの、その言葉は。


「って答えたよな、俺」


 茶化すでも流すでもなく、ただ真摯にそう答えてくれたあの日と同じものだった。


「覚えてて……くれたんだ」


「なんとなく、印象に残っててな」


 秀くんは、どこか照れくさそうに笑う。


「あのね……私、秀くんのその言葉でなんだか救われたような気がしたの」


「ははっ、そんな大げさな」


「ホントだよ?」


 本当は、私だってわかってた。

 いつまでも、男の子みたいな振る舞いをしてるわけにもいかないんだろうって。


 そんな『いつか』が、訪れた時に。


 秀くんが受け入れてくれるなら……私自身も、女の子な自分を受け入れられそうな気がしたの。


「ま、あの時はそんな深く考えて答えたわけじゃなかったけど……」


 と、秀くんは軽く苦笑。


「ちょっとでも、唯華の力になれてたのなら良かったよ」


 それから、私に向けて微笑みかけてくれる。


 きっとそれは、当時の私の心境を慮ってくれたから。

 その気持ちが、じんわり暖かく胸に広がっていく。


「ふふっ、それじゃさ」


 それから、ふとちょっとしたイタズラ心が芽生えてきた。


「今の私が、実は男の人だったー、って判明したら……どうする?」


 もちろん、別に本気で答えが聞きたいわけじゃない。


 秀くんなら、どう答えるのかなって……ちょっと、困らせてみたかっただけ。


「そうだなぁ……」


 でも、秀くんは意外な程に真面目な顔で考えてくれてるみたい。


「やっぱり、どうもしないんじゃないか?」


 遠くを見るような目で、私の方じゃなくて真っ直ぐ前を見つめながらの言葉が……私の胸に、複雑に響く。


 それは、私が男の人だろうと変わらない『友情』を誓ってくれる言葉で。

 同時に、女性としての私のことは……。


「どんな唯華だろうと、最終的には愛していくんだろうと思うよ」


 ………………。


 …………。


 ……。


「っ……!?」


 あ、愛っ……!?



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 未だに密着からくる緊張感を誤魔化すために脳のリソースの大半を使っており、唯華との会話は半ば反射のような感じで答えてたんだけど。


「……ん?」


 ふと、我に返った。


 ちょ、ちょっと待て、俺は今、何を言った!?


 愛っ……! がどうたらとか、言っちゃってたよな!?


「や、今のはその、別に変な意味じゃなくて! 友愛とか親愛とか、そういう意味だから!」


「あ、ははっ。わかってるって」


 唯華はそう言って笑ってくれるけど、やっぱりちょっとだけ頬が引き攣っていた。


「そ、それよりほら、基地の今の主が来ちゃったら困るし! そろそろ次の目的地に行こうぜ!」


「うん、そうだねー」


 俺の露骨な誤魔化しに唯華も乗ってくれて、二人でいそいそと基地を出る。


 いや、しかし……なんであんなこと言っちゃったんだろうな?

 ぼんやり唯華のことを考えてた時、ふと頭の中に一番最初に思い浮かんだのがあの言葉だったんだよなぁ……。


 もちろん、親友として唯華に対して愛……のようなものを抱いているのは事実だけど。


 よりにもよって、なんでそんなドン引き必至な表現が最初に出てくるかなー……!



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 愛していく……!

 愛していく、だって……!


 もちろん、秀くんの言った通りそういう・・・・意味じゃないのはわかってるけど。

 それでも……それでもっ……!


 頬が緩みそうになるのを堪えるので、必死だよぅ……!


 もちろん私も愛してるからね、秀くん!


 ……なんて、軽い調子で返しかけたんだけど。

 冗談めかしてようと、一度口にしてしまうと全部の気持ちが溢れ出ちゃいそうで……どうにか、ギリギリで飲み込んた


 私の「愛してる」は、そういう・・・・意味だから。


 いつか……秀くんも、今度は私と同じ意味で。

 お互いに、その言葉を交わせる日が……来て、くれないかなぁ。

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