第68話 お風呂の後には

 仕切りで区切られた……仕切り一つでしか女湯と区切られていない露天風呂を、ちょっと騒がしくも楽しんで。


『ぷはーっ!』


 自販機で買った冷えた牛乳を、俺たちは並んで飲み干していた。


「やっぱり、温泉といえばこれだよねーっ」


「ここまでがセットだよな」


 と、微笑みを交わし合い……俺は、そっと唯華から目を逸らす。


「うん? どうかした?」


「いや、フルーツ牛乳でも良かったよなーって」


「あっ、それ迷うよねー!」


 たまたま視線の先にあった自販機で誤魔化したけど、本当の理由はそれじゃなかった。


 俺も唯華も、今は浴衣に着替えている。

 それはいいんだけど……たぶん唯華は今、上を『付けて』なくて。


 まだ暑いせいか微妙に緩い胸元とかが、目に毒なんだよなぁ……。


「あっ、秀くんさ。化粧水って使ってる?」


「え? いや、使ってないけど……」


「日焼けするとね、角層から水分が失われて肌が乾燥しちゃうの。だから、化粧水で肌にたっぷり水分を補給した方が良いんだよー」


「へぇ、そうなんだ?」


 だから、化粧水を貸してくれる……って流れかと思ったんだけど。


「私が塗ったげるねっ」


「えっ、いや、自分で……」


 俺の返事の途中で、唯華はポーチから化粧水を取り出して自分の手に広げ始める。


「サンオイルのお礼っ」


 それから、ニコッと笑って俺の頬に手を当てた。


 結果、至近距離で見つめ合うことになる。

 唯華の頬はまだ上気していて、温泉の美肌効果のおかげなのかいつも以上に肌がつやつやして色っぽく見えるような気がして……。


「あっ、っと……目ぇ瞑ってた方が塗りやすいよな?」


「ん? うん、そうかもー」


 なんとも気恥ずかしくて、そう確認を取って目を瞑る俺なのだった。



   ♥   ♥   ♥



 秀くんの顔にゆっくりと手を這わせて、たっぷりの化粧水を馴染ませていく。


「前から思ってるけど、秀くんって肌綺麗だよねー」


「そう? 自分ではよくわからんけど」


「うん。スキンケアとかしてないんでしょ?」


「洗顔料で顔洗ってるくらいかな」


「いいなー、ちょっと嫉妬しちゃうかも?」


「唯華の方が断然綺麗だろ?」


「私はちゃんとお手入れしてるもーん」


 秀くんが目を瞑ってくれたのは、正直ありがたかった。

 ふとした思いつきでやってみたけど、この距離で長時間見つめ合ってると絶対ドキドキが限界を突破しちゃうもん……!


 ただ、その代わりに……ついつい、ちょっと俯いた秀くんの唇に目がいって……。

 なぜか、だんだん秀くんの顔が近づいてきていて……。


 パチッ。

 秀くんの瞼が、突然開いた。


「……今、なんかイタズラしようとしてたろ?」


「……んふっ、バレたかー」


「何しようとしてたんだ?」


「ひっみつー」


 あっぶな!!


 私、今完全にキスしに行ってたよね……!?

 秀くんの顔が近づいてきてたんじゃなくて、私の方から顔近づけてたよね……!?


 いやだって、目の前に秀くんのキス待ち顔があったから……!


 駄目駄目……!

 ちゃんと、『順序』は守らなくちゃだよね!



   ♠   ♠   ♠

   ♠   ♠   ♠



「はい終了! 私の三連勝~!」


「マジか……!? 唯華、昔っからスピードえげつなく強いよな……!」


「秀くんは数字を慎重に見すぎなんだよ」


「それもあるかもだけど、純粋に唯華が速すぎるわ……」


 温泉を楽しんだ後、別荘に戻った俺たちはトランプ遊びに興じていた。

 色々とゲームを変えてやっており、それぞれ得意分野が違ったりするんで総合の勝敗としては五分五分。


「やーっ、旅行でのトランプってなんでこんなに盛り上がるんだろうねー?」


「旅行のテンションだからじゃないか?」


「ふふっ、そうかも……ふわぁ」


「くぁ……」


 唯華のあくびに誘発されたみたいに、俺もついあくびを漏らした。

 それこそ旅行のテンションで忘れてたのか、一度疲れを自覚すると眠気が一気に襲ってくる。


「今日は、ここまでにしとくか」


「だねー」


 頷き合った後、もう一度二人のあくびが重なった。


「あー、なんかもったいないなー今日が終わっちゃうの」


 眠そうに目を擦りながら、唯華はまだ名残惜しそうだ。


「今回は二泊三日だから、むしろ丸一日使える明日が本番だろ?」


「あはっ、そうだね」


 そうは言いつつも、俺だって名残惜しい気持ちは多分にあった。

 家でだって、ずっと一緒にいるはずなのに……やっぱり、旅行ってイベントは特別なのかもしれない。


「それじゃ、また明日……おやすみ」


「あぁ、おやすみ……また明日」


 俺たちは、最後まで名残惜しさを顔に残しつつもそれぞれ自分の部屋に戻った。

 明日はきっと今日と同じか、それ以上に楽しい日になるだろうって確信しながら。


 ……この時点では、まだ。

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